第16話 侯爵令嬢のお茶会3
「何で離す必要がある?(せっかく昼間に会えたし、離れたくないんだが)」
「これはお茶会でしょ。ちょっと令嬢達とお話しようと思って」
「話したい令嬢がいるのか?(俺と話すよりもか?社交も面倒なタイプだと思っていたが……)」
よくおわかりで。そこまで把握されていると、逆に楽で居心地が良い。
クリスティーナはそうねと、まずは同じガゼボにいる黒髪の令嬢を指差した。それからガゼボの下のテントにいる数人の令嬢の特徴を上げて指名する。彼女達は、カトリーナを賛美するような会話に入らなかった令嬢達だ。
「アンナ、彼女らをここに連れてこい」
「かしこまりましたわ」
ヴァレンスを呼び捨てにしたばかりか、第一妃さえ顎で使う(命令したのはヴァレンスだが)のか!?と、令嬢達は驚愕の表情になる。しかも、カトリーナを無視した形でクリスティーナを優遇するヴァレンスにも驚きが隠せない様子だった。
五人の令嬢がクリスティーナの前に並んだ。
クリスティーナは手袋を外すと、まずは黒髪の令嬢に手を差し出す。握手を求めているのではなく、王族が臣下に礼を取らせる時にする動作だった。
黒髪の女性は片足を引き、深々と頭を下げると、クリスティーナの指先に額をつける服従の礼を示した。
「クリスティーナ様にご挨拶させていただきます。サーシャ・ヤンデス。ヤンデス辺境伯次女でございます(ミューゼオ侯爵令嬢ごときが顔を利かせている社交界には興味なかったけれど、何か面白くなりそうだわ)」
頭を上げたサーシャは、その黒い瞳に愉快そうな光を浮かべていた。
クリスティーナに向けるその視線は明らかに不遜だが、そこにはクリスティーナに対する興味が現れていた。
クリスティーナはそれを不快とは感じなかった。
同じように他の令嬢達にも手を差し出し、その心の声を聞く。
そのうちの三人は、毒にも薬にもならない平凡な令嬢で、気が弱く話に入れなかっただけらしかった。
最後の一人はハンナ・ストレベル子爵令嬢で、心の声が無茶苦茶パワフルだった。興味の塊のような娘で、ありきたりなカトリーナを褒め称える会話よりも、他のゴシップなどに興味津々だったらしい。そして、今彼女の興味の対象はクリスティーナとカトリーナの対立に向いているようだ。
それはそれでまた不快ではなかった。
「ヴァレンス、本宮の管理って本当に私がやらないといけないの?」
「そうだな(もちろん、ティナが全部仕切る必要はないんだ。最後の決定をしないといけないが、士官に丸投げで全然かまわない。なんなら、俺が最終判断したものに判子だけ捺せばOKだ)」
「じゃあ……やる。ただし、その補佐としてヤンデス辺境伯令嬢とストレベル子爵令嬢を任命したいんだけど」
「おまえの好きにしろ(それはいい案だ!さすが俺のティナ。人選が的を射ている。ミューゼオ侯爵と対抗できるのはヤンデス辺境伯くらいだし、子爵令嬢は情報通で有名な令嬢だ。しかも二人の家門はミューゼオ侯爵の派閥に属していない。多くいる令嬢達の中で、彼女達を選ぶとか、ティナは人を見極める天才だ)」
相変わらず、心の声が騒がしい。しかし、手放しで褒められて悪い気はしない。
「わかった。好きにする。ところで、お茶会はもう……。眠くて眠くて……、帰ってもいいかな?」
クリスティーナがフワァと欠伸をすると、ヴァレンスがクリスティーナを抱き上げ、その様子を見た令嬢達から、「キャーッ」と歓声が上がった。
「じゃあ俺が寝室まで運んでやろう。おまえの寝不足の原因に心当たりがないこともないしな」
深夜のお茶会のことだろうか?まさか、クリスティーナが心の声を読む精霊力を使ったから睡魔に襲われていることに気がついたわけじゃないだろう。
「ヴァレンス様、年頃の令嬢達の前で破廉恥な発言は避けて下さい」
破廉恥?
アンナの言葉に、令嬢達から再度「キャーッ」と歓声が上がる。
「あ……二人共……、明日にでも、私の部屋に……来て……ね」
睡魔には勝てず、サーシャとハンナに簡単に手を振ると、クリスティーナはヴァレンスの腕の中で丸くなった。その、全て安心して預けたような態度に、ヴァレンスの唇がほんの数ミリ上に上がる。
「寝ましたわね」
「行くぞ」
クリスティーナを抱いたヴァレンスが歩き出し、その後ろをアンナがついて行く。
「結局、クリスティーナ様はやはり病弱なんじゃ?」
「いえ、あれはどう見ても健やかな寝顔でしたわよ」
「え?皇帝陛下に抱き上げられて眠れるとか、どういう神経してますの?」
「私は、皇帝陛下に驚きですわ。無情無慈悲な戦場の悪魔なんじゃありませんでしたの?抱き上げて運んでくださるとか、なんてお優しいんでしょう」
「本当、素敵でしたわよね。可憐なクリスティーナ様を抱き上げる皇帝陛下」
「あなた!そんな不遜なこと……」
キャーキャー騒ぐ令嬢達の中、カトリーナだけが一人怒りで失神寸前の様子で、手をきつく握りしめてクリスティーナ達の後ろ姿を睨みつけていた。
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