第12話 お茶会の招待状

「お茶会の招待状?」


 リリアンが差し出した豪華なカードを見て、クリスティーナは首を傾げた。


 レキシントン帝国に嫁いできてからはや一ヶ月たつが、いまだにぐうたら生活は続行中で、クリスティーナが社交のようなものを求められたことはなかった。一ヶ月の間、多分茶会のお誘いも夜会もあった筈だが、クリスティーナの目に留まる前に破棄されていたようだ。

 つまり、そんな中差し出された招待状ということは、側妃といえども無視できないお茶会ということだろうか。


「はい。ミューゼオ侯爵令嬢主催のお茶会でございます」


 ミューゼオ侯爵といえば、前アーツ国時代、何人も正妃を出したことのある家系で、数ある派閥のうちの一派の長だった。前アーツ国の後継者争いにより内乱が起きた当初は中立を表明していたミューゼオ侯爵だったが、ヴァレンスとカラナン第二王子の二人が生き残って国を二分する戦になった時、優勢だった第二王子ではなく、やや劣勢気味だったヴァレンスに加勢した。それにより、多数の貴族がヴァレンスに加担し、戦況は一転、ヴァレンスは第二王子を討ち取ることができた。

 つまり、ミューゼオ侯爵はレキシントン帝国の立役者であり、今でも権勢を誇っていた。


「へー、宮殿で開催されるんだ。しかも本宮?凄いね」


 クリスティーナの住まいも本宮にあるが、基本宮殿の中心である本宮は皇帝と正妃の住まいとなる。皇家主催の夜会や茶会は本宮にある会場や庭園で行われる。つまり、ミューゼオ侯爵令嬢が本宮で茶会を開くということは、正妃に準ずる扱いを受けていると周りに知らしめていることになる。


「凄いねじゃございません。クリスティーナ様がお住いの本宮で、ただかか侯爵令嬢が我が物顔でお茶会を開くとか、普通じゃありえませんよ。クリスティーナ様が開催するならまだしも」

「でも、それを皇帝陛下が許したからお茶会が開催できるんでしょ?なら、私は別に言う事ないよ。それに、私も側妃だからね。ここに住んでるのがおかしな話なんじゃないかな?」

「クリスティーナ様が側妃のままなのは、ミューゼオ侯爵を警戒してです。ミューゼオ侯爵は、いまだに娘のカトリーナ様を正妃に推していますから。大きな戦争が起こりそうな今、ミューゼオ侯爵を簡単に排除もできないんですよ」


 リリアンは、ヴァレンスがクリスティーナを正妃に考えていると言いたいようだ。いやいや、第一側妃のアンナ様がいるだろうに。


「そのカトリーナ様とやらを正妃にすればいいんじゃないの?他国の元王女を正妃にするより、元アーツ国の貴族令嬢を取り立てた方が、国民感情的にも良い気がするけど」

「誰を正妃にするって?!」


 地の底を這うような声がし、リリアンは反射的に壁際まで下がって礼を取った。クリスティーナが振り返ると、不機嫌さを丸出しにしたヴァレンスが立っていた。

 昼間に会うのは、それこそ婚姻の儀ぶりだ。いや、あの儀式は夕方からだったから、昼間は初めてかもしれない。


「リリアン、クリスティーナと話がある。席を外せ」

「しかし……」


 怒りを隠していないヴァレンスを見て、リリアンはクリスティーナとヴァレンスを二人にするのは危険だと判断したのか、ヴァレンスの命令にも関わらず退席を渋った。


「リリアン、大丈夫よ。お話が終わったら呼ぶから」

「何かありましたら、すぐにベルをお鳴らしください。扉の外に控えておりますから。皇帝陛下、無体な真似だけは止めてくださいよ」


 リリアンはヴァレンスの遠い親戚だからか、冷徹陛下にも強気な態度だった。


「そんなことするか!いいから出て行け!」


 リリアンを追い出したヴァレンスは、忌々しそうに扉を閉めると、ガチャリと鍵を閉めた。扉の向こうで、リリアンが「鍵をかけて何する気ですか!開けなさい!」とドアを叩いている。一応夫婦であるから、閉め切った部屋に二人でいても問題はないと思うのだが……。逆に、毎晩寝室でお茶を飲むだけで、いまだに婚姻の儀でしたキス以上の関係は何もない今の状況の方が問題なんじゃないかと思わなくもない。


 ヴァレンスはフンッと鼻を鳴らすと、扉の向こうで騒いでいるリリアンを無視して、大股でクリスティーナの前まで歩いてきた。


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