第13話 お茶会の招待状 2

「あの、お茶を淹れますか?」

「カトリーナ嬢を正妃に据えることはない」

「はい?……ああ、さっきの聞いてたんですね」

「それとその招待状、俺は許可は出していないからな」


 ヴァレンスがお茶の用意をしようとしたクリスティーナの肩を掴んで言った。


「(ミューゼオ侯爵が宰相の権限で勝手に許可を出しただけなんだ。決してティナを軽んじた訳じゃない。正妃にするならティナしかいないし、あんな女は一晩の相手だとしてもごめんだ。いや、そんな不誠実なことは誰ともするつもりはないが。俺が愛しているのはティナだけだ)」


 相変わらず心の声がうるさい。


 肩が出るドレスを着ていたせいで、ヴァレンスの心の声がクリスティーナの頭にガンガン響いてくる。実際には必要最小限のことしか言わない癖に、心の中では弾丸トーク炸裂だ。


「わかってますから、とりあえず座ってください」


 クリスティーナは、手袋をした手でヴァレンスの手を引き離すと、そのままヴァレンスを椅子に座らせた。


「このお茶会には参加した方がいい?しなくてもいい?」


 お茶を淹れてヴァレンスの前に置くと、クリスティーナはヴァレンスの対面に座った。


「……好きにすればいい」


 その間は何だろう?クリスティーナにお茶会に参加して欲しい理由でもあるんだろうか?


 クリスティーナはやれやれと思いながら手袋を外した。通常は、なるべく心の声なんか聞きたくないから、ロング丈の手袋をつけて完全防備なのだが、今日は……というかいつもなのだが、誰にも会う予定がなかったから、手首までの短い手袋をつけていた。ちなみに、潔癖症で素手で触られるのに拒絶反応が出るからと嘘をついて、リリアンにも手袋をはめるようにお願いしている。


「ヴァル、手貸してみて」

「手?」

「私、マッサージうまいのよ」


 ヴァレンスは険しい表情で右手を前に出した。表情だけ見ると、本当に嫌々というふうに見えるが……。


「(ティナのマッサージ!?しかも手?手を握ってもらえたりするのかよ。まじか!)」


 大興奮で大喜びしているようだ。ヴァレンスの手を広げるように指を差し入れ、親指で手のひらを押す。


「ねえ、ミューゼオ侯爵令嬢ってどんな人?」

「五月蝿くて……香水臭い(自分が魅力的だと勘違いしている勘違い女だな。俺の前ではか弱いフリをしているが、自分より立場の低い人間の前では、高飛車で冷酷なようだ。性格の悪さが滲み出た顔つきをしていて、これっぽっちも好感が持てない)」


 これは正妃はなさそうだ。心の声がボロカス過ぎて、口に出した言葉がソフトに聞こえる。


「臭いって、女性ならみんな香水臭いんじゃないの?」

「おまえは臭くない(というか、ティナの匂いは甘くて心地良い。かすかに香る石鹸の香りと、ティナ自身の匂いが混ざって、なんともいえない芳しい香りになるんだよな。いつまでも嗅いでいられる。いや、むしろずっと嗅いでいたいくらいだ)」


 もしかして寝汗かいてて汗臭い?お風呂はこまめに入るようにしているんけど……と、クリスティーナは自分の腕の匂いを嗅いでみた。特に無臭で、ヴァレンスの言う通り、わずかに石鹸の香りがするくらいだった。


「ヴァルも香水の匂いはしないよね。夜会とかだと、男性もかなり臭めに香水ふるじゃない?」


 クリスティーナがヴァレンスの手を引き寄せて、手首の匂いをクンクン嗅いだ。


「よせ、おまえは犬か!(ウオーッ!ティナの息が手にかかる。ヤバイ、興奮する!どうせなら、嗅がれるよりも嗅ぎたい。耳の後ろとか胸元とか……とにかく全身くまなく嗅ぎたい!)」


 変態かな?


 クリスティーナは若干引き気味になりつつも、さりげなくヴァレンスの手から鼻を離す。そして、クリスティーナの色んなところの匂いを想像し出したヴァレンスの意識をお茶会に戻す為に、再度お茶会の話をふってみる。


「ところで、私がお茶会に参加しないと、ヴァルは何か困ったりする?」

「別に。おまえごときのことで、俺が困ることはないな(ティナが病弱過ぎる説のせいで、もう一人娶るべきだとせっつかれているんだよな。しかも、第一候補がミューゼオ侯爵令嬢で、ティナが病弱認定されると、議案に上がって婚姻をゴリ押しされる可能性が高い。あの女を妃にするとかまっぴらごめんだ。ティナが健康であると知らしめる為にも、茶会に出席して欲しいのだが、無理強いはしたくない!)」


 つまり、出席して欲しいと?正直じゃないというか……、クリスティーナが嫌がることを強要したくないのだろう。我が強そうな俺様気質に見えて、優しい人なのである。全くもって見えないけれど。


「ふーん。……はい、マッサージはおしまい」


 クリスティーナはヴァレンスの手を離した。険しげな表情がさらに険しくなったのは、マッサージが終わったからではなくクリスティーナの手が離れたからだろう。そのくらいは、触れていなくてもわかるくらいにはヴァレンスの表情が読めるようになったクリスティーナだった。


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