第11話 真夜中の来訪者 3

「クリスティーナ……」

「おはようございます、皇帝陛下」

「おはよう……いや、まだ夜中だ」

「そうみたいですね」


 クリスティーナが起き上がると、ヴァレンスの手は自然とクリスティーナから離れた。これでは心の声が聞こえない。


「具合はどうだ?」

「健康ですよ。私がよく寝るのは、体質なんです」

「体質?」


 嘘ではない。精霊力のせいか、体が睡眠を欲しているのだから。また、食が細いのは、心の声を聞くと何故かお腹いっぱいになってしまうのだからしょうがない。ヴァレンスの心の声を聞くと、甘過ぎて胸やけする気がしないでもない。


「省エネ体質とでもいいましょうか?どこでも、いつでも、何時間でも眠れるのが特技ですから」

「病気ではなく?」

「ですから健康ですってば。熱もないでしょ」


 クリスティーナは、ヴァレンスの手を取って自分の頬に当てさせる。


「(俺が触れてもいいのか?!嫌がったり、また気絶したりしないか?)」

「皇帝陛下、どうですか?熱なんかないですよね」

「(ああ!ヴァルと呼んでくれないだろうか。ティナに愛称で呼ばれたら、一日で敵連合国を制圧できる気がする)」


 そういえば、クリスティーナのヌー国のように自発的に帝国領に取り込まれる国もあれば、何カ国かで連合してレキシントン帝国と敵対しようとしている国もあるとか聞いた。今まで、いっきに数カ国を制圧したという実績のせいで、ヴァレンスは制圧者であり戦争狂のように思われているが、ヴァレンスから仕掛けた戦はなく、売られた喧嘩を買っていたらいつしか帝国にまで成長してしまったというのが正しかった。故に、連合国もレキシントン帝国にちょっかいさえかけてこなければ平和でいられるのに……というのが帝国側の見解だった。

 いまはまだ小競り合い程度の戦ではあるが、いつ世界を二分する(レキシントン帝国とその他の国々)大戦争になるかわかっていなかった。その為の準備や、帝国内の問題解決の為に、ヴァレンスは寝る間もないくらい政務に追われているのだ。


 ヴァレンスが政務で忙しくしている一方、側妃という立場でありながら、日がなぐうたらしている罪悪感に、クリスティーナはヴァレンスの小さなお願いくらい叶えてあげても良いかなという気分になる。


「ヴァル?」

「ングッ(◯■△?☓□……)」


 ヴァレンスの手を頬に押し付けたまま、上目遣いでヴァレンスを見上げると、ヴァレンスは変な風に喉を鳴らしたかと思うと、凄まじい勢いで思考し始めた。早口で捲し立てられると理解が追いつかないように、何を考えているか理解不能になる。しかし、なんとなくだが……表情からも全くわからないものの、喜んでいるんだろうなというのは読み取れた。


「ヴ、ヴン……いや、まぁ、婚姻したのだから、二人の時は愛称で呼ぶことも許可しよう(本当は常にそう呼んで欲しいが、ティナが攻撃対象になったらやっかいだ)」


 攻撃対象?誰から何を攻撃されるの?第一側妃?第二側妃?それとも彼女達を担ぐ貴族達?

 攻撃されるほど誰かに会うこともないし、何かあったらその時に対応すればいいか。


 可憐な見た目からは想像できないくらい大雑把な性格のクリスティーナは、それは受け流す内容じゃなくない?ということも、スルーして


「ありがとうございます。私のこともティナでいいですよ」

「そ……そうだな。二人の時はそれも良いだろう」


 公に出ることはほとんどない(本当は駄目なんだろうが)し、求められてもいないから、大勢の前でヴァレンスを呼ぶことなんかないだろう。何をそんなに「二人の時」と連発しているのか。


「(二人の時だけの特別な呼び名とか、親密な感じがしてイイ!凄くイイ!)」


 なんか、理由が乙女っぽかった。


 ゲップが出そうなくらいお腹いっぱいになったクリスティーナは、ヴァレンスから手を離した。しかし、クリスティーナの頬を触ったままヴァレンスの手は離れない。


「ヴァル、あなた明日も朝が早いんでしょ。もう寝た方が良いんじゃない?」

「寝る……(一緒に寝たいが、怖がらせたくないし、もう少し距離が近づいてから……って、親しくなれる時間が取れない!この一週間、寝顔しか見れなかったじゃないか!)」


 確かにそうですね。とても健やかに過ごさせていただきました。


「そうだな……ティナも寝た方が良いだろう(名残惜しい!せっかく一週間ぶりに話せたのに)」


 ストレートに好意いっぱいな心の声に、胃もたれ感が半端ない。ハーブティーが飲みたいくらいに。


「あの、寝る前にお茶を飲まない?良かったらだけど」

「お茶?飲む!(ティナとお茶!何杯でも飲むぞ)」


 ヴァレンスはベッドから立ち上がると、クリスティーナに手を差し出した。


「あ、ベルは鳴らさないで。リリアンが起きちゃうから。お茶くらいなら、私が淹れるから。一杯分すぐに飲めるように、リリアンが茶葉を小分けに袋に入れてくれているの」


 食が細くて、あまり食べないクリスティーナの為に、少しでもお腹に入るようにと、部屋にはお茶菓子や軽食も常に置いてくれていた。ほとんど食べないからもったいないと言ったのだが、クリスティーナが食べなければ、侍女達のお菓子にさせてもらうから気にしないでと言われ、実際にクリスティーナが食べないと、掃除係の侍女達が持って帰って食べているらしい。高級なクッキーなどが食べられるから、クリスティーナの部屋の掃除係は争奪戦になるんだとか。


 クリスティーナは、カップを二つ用意し、違うハーブの小袋を入れてお湯を注いだ。ヴァレンスには、疲れが取れて安眠作用のあるカモミールを、自分用には胃もたれに良いレモングラスのハーブティーを選んだ。


「良かったらクッキーや軽食もあるわよ。どうぞ」


 テーブルの上は簡易お茶会のような様子になった。対面に座り、クリスティーナはヴァレンスにお茶を勧めた。


「リンゴのような香りがするな」

「それ飲むとよく眠れるんですって」

「そうか」


 淡々とした様子でお茶を飲み、軽食をつまむヴァレンスだったが、今は離れて座っているから何を考えていりかわからないが、さっきの心の声からすると、クリスティーナとの時間を切望しているということはわかっているのだが。


 大して会話が進んだ訳ではないが、ヴァレンスはクリスティーナのいれたお茶を二杯飲み、リリアンが容易してくれていた軽食とクッキーを全てたいらげ、三十分ほどで内扉からではなく護衛の立っている主扉から主寝室に戻っていった。


 この深夜のお茶会はそれから定番になり、クリスティーナの寝室の扉は毎晩ノックされるようになった。

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