第22話 二人の令嬢

 昨晩、無事に側妃の役目を果たしたクリスティーナは、珍しくお昼寝することなく一日を過ごしていた。


(まぁ、役目っていうか、なんか愛情が爆発しちゃったというか、義務感なんか皆無で、すっごく大切にされた記憶しかないけど)


 常に頭に響く、「(可愛い、愛してる)」の言葉に、ズクズクに蕩けてしまい、一晩でヴァレンスへの愛情を認識してしまったクリスティーナだった。


 元が一応姫だったから、婚姻は政略であり、結婚に愛情が伴うものではないと思っていた。だから、元婚約者との婚約が決まった時も、嫌だったけれど、最終的にはしょうがないと諦めた。(ちょっと逃げ回りはしたけどね)結婚は国同士の契約だし、子作りって義務さえ果たせば良いものだと思っていた。

 でも、今はそんなの無理だったってわかる。


 あんなこと、義務じゃできない。特に、触れることで心の声が聞こえてしまうクリスティーナにとって、お互いに義務感しかない交わりは、まさに地獄だったかもしれない。


「クリスティーナ様、今日はお昼寝をなさっていませんが、体調が優れないのでしょうか?」


(うん、普通は逆だよね)


 心配そうにするリリアンに、クリスティーナも首をすくめてみせる。


「正直に体調は悪くないの。ちょっと違和感というか、下腹部がアレだけど、具合が悪いとか立てないとかはないのよ。なんでか私もわからないんだけど、眠くならないのよね」


 今までは一日中眠くて、いつでも眠れる状態だったのに、今日に限って全く眠くならない。何かの拍子にリリアンとかの心の声が聞こえてきても、その後に襲ってくる睡魔も全くなかった。


(体質改善?)


 ヌー自治領に戻れば、何かこの症状についての資料もあるかもしれないけれど、今のところ別に困ってはいないから様子見だ。これで、一睡もできなくなったらさすがに辛そうだから考えるけれど。


「体調が悪くないのなら良かったのですが。本当に大丈夫ですか?」

「うん、元気」

「ならば、面会の申請がきているのですが、よろしいですか?サーシャ・ヤンデス辺境伯令嬢と、ハンナ・ストロベル子爵令嬢です」


 昨日お願いした通り、訪ねにきてくれたらしい。


「もちろん会うわ。談話会は空いてるかな?支度したらすぐに行くから、先にお通ししておもてなししといてくれる?」

「はい、すでに手配してあります」


 さすがリリアンだ。できる侍女は仕事も早い。クリスティーナは通常着ている簡易ドレス(いつでもお昼寝できるようにね)から、セミフォーマルなドレスに着替えた。化粧はいつも薄めだから、特に手直しすれことはなかったが、ドレスに合うように髪の毛は結ってもらう。


 リリアンを伴って談話室へ向かうと、クリスティーナが部屋に入ると同時に、令嬢二人が席を立って礼をとった。黒髪黒目の落ち着いた雰囲気の令嬢がサーシャで、焦げ茶色の髪にピンクブラウンの瞳の好奇心旺盛そうな令嬢がハンナだったと思う。


「あ、堅苦しい挨拶はなしにしましょ。どうぞ、座って」


 それから当たり障りのない会話をしつつお茶をし、二人の様子を伺った。


 サーシャは思慮深く寡黙ではあるが、自分の意見はしっかり言うタイプのようだった。辺境伯という国の盾であり剣となる立場から、先陣を切って自ら戦うヴァレンスを武人として尊敬しているが、ミューゼオ侯爵を宰相とし、皇帝に継ぐ権利を与えてしまっていることで、傀儡政権になっているのでは?と不安を感じ、それを見極める為に帝都まで来たと、隠すことなく語った。


「ミューゼオ侯爵令嬢を正妃にするようでは、帝国も長くないと思ってましたが、皇帝は宰相を切る決断をしたようですね。英断ですわ」


 サーシャの言葉にハンナもウンウンと頷く。


「ミューゼオ侯爵はカトリーナ様を正妃にできると思って色々画策してましたもん。正妃がまだいないという理由で本宮の管理を手に入れてからは、さらに大きな顔して色んな貴族から賄賂もらい放題。カトリーナ様も、勝手に正妃面して社交界仕切ったりしてましたね。昨日のお茶会は、カトリーナ様の面目を叩き潰せて、正直笑えました」


 正直、社交界などはさらさら興味はないが、今はヴァレンスが他に妃を迎えるかもしれないとなると、少し……いやかなり嫌な気分になる。たった一晩で変わるものだと、クリスティーナは昨晩のことが頭をよぎり、思わず赤くなる頬を手で扇いだ。


「ハンナは、カトリーナのことが好きではないのね」

「正直、嫌いですね。ただ、彼女のお茶会は色んな令嬢がくるから、面白い情報が手に入れやすいんですよ。じゃなきゃ女王様のお茶会なんて行きません」

「女王様のお茶会?」

「女王様みたいにカトリーナ様を崇め立てることを目的とするお茶会の略です。ミューゼオ侯爵に取り入りたい家門の令嬢達が、カトリーナ様をよいしょする為に開かれてて、カトリーナ様にプレゼントをする体で、公然とミューゼオ侯爵に賄賂を渡す機会にもなってるんです」


 サーシャが説明してくれ思い出してみると、自分はカトリーナにプレゼントなんか用意して行かなかったが、確かにプレゼントの箱がテーブルに山積みになっていたかもしれない。


「ミューゼオ侯爵って、そんなに偉いんだ」

「まぁそうですね。皇帝陛下が後継者争いに勝てたのは、ミューゼオ侯爵が味方についたからでしょうし、戦で忙しかった陛下に代わって、国の内政を仕切っていたのはミューゼオ侯爵ですから」


 一応、恩もある感じなのか?


「陛下は、内政に頭を悩ませるよも、剣をふるっていた方が良いタイプですからね。うちの父親もそのタイプですし、辺境の男なんて皆似たり寄ったりですからわからなくはないのですが、そのせいでミューゼオ侯爵が好き勝手するのは違いますよね」

「そうですね。しかも、ミューゼオ侯爵の対抗馬として内政の補佐役にしようと娶られたのがジャンヌ様ですが……いくらジャンヌ様が天才でも、若さゆえに侮られるのはしょうがないですよね。せめてあと八歳、ジャンヌ様が年が上なら良かったんですが」


 ハンナが残念そうに言い、サーシャもその通りだと頷く。


「あら、私は天才じゃなくて、秀才タイプなんだけど」


 鈴を転がすような可愛らしい声がし、振り向いたらそこにジャンヌ・サレド・レキシントン……ヴァレンスの第二側妃が立っていた。





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