第21話 初夜 2

「無理はするな。別に俺は女に不自由はしていないし、義務なんか必要じゃない(女を知らないんだから不自由に思うこともないっていうのが正しいな)」


(女を知らない?びっくりする真実が飛び込んできたよ)


 ヴァレンスは皇帝になるまで、自分で剣をふるい、戦の先陣に立って戦ってきた武人だ。戦で勝利した後は、気持ちも身体も昂るから、戦に出る時は専属の娼婦も連れて行くと聞いたことがある。アンナと白い結婚だったとしても、いわゆる娼婦のお姉さんとは経験済みだと思っていた。


「無理はしてないよ」

「嘘つけ。キスしたくらいで気絶するくせに(あれがなきゃな……。せめてキスできれば、その先の進展も……)」


 クリスティーナはガヴァレンスの上にのしかかると、エイヤッと思い切り唇に唇を押し付けた。鼻がぶつかったが、キスの仕方なんかわからないからしょうがない。


「(ウオ〜ッ!ティナからキス?!○△✕☆✕‼)」


 何を考えているのかわからない状態になり、ヴァレンスは目を見開いたまま硬直していた。一見憤怒の表情にも見えなくもないが、多分喜んでる?心の声はパニック状態になっているけど。


 クリスティーナは、しばらく唇をくっつけていたが、ヴァレンスが微動だにしない為、考えた結果……ペロッと唇を舐めてみた。


「(☆✕○△◇‼‼‼)」


 ヴァレンスの思考に頭がガンガンしている間に、いつの間にか体勢が逆転し、ヴァレンスがクリスティーナの上にのしかかり、唇を貪られていた。


「(大好きだ!愛している!可愛い!なんて甘い唇なんだ。ああ、舌まで小さくて可愛い。もっと、もっと全部食べてしまいたい)」


 言葉にはしてくれないが、頭の中にはクリスティーナのことでいっぱいだった。荒々しいキスに酸欠になりながら、ヴァレンスの甘い思考にクリスティーナの身体の力が抜け、ヴァレンスにされるがまま舌を絡める。


(キスって、こんなに気持ちがいいの!?)


 ヴァレンスの唇が離れ、クリスティーナはトロンとした目でヴァレンスを見上げた。


「……もっと」


 濡れた唇をペロリと舐め、ヴァレンスの首に手を回して引き寄せるように力を入れた。


「ゥグッ……」


 ヴァレンスの喉仏が上下し、何かに耐えているように眉毛の間に深い皺が寄る。


「(ティナも俺のこと!?いや、これも義務感からか?俺は……俺は……)」


 しょうもないことを考えているなと思いつつ、さっきのキスがもう一度欲しくなる。誰のキスでもいい訳じゃないし、ヴァレンスじゃないと嫌だなって思うんだから、きっとこれは好きってことなんじゃないかと思う。

 ヴァレンスの心の声を聞き過ぎて絆されたってこともなきにしもあらずかもしれないけれど、この感情は自分だけのものだとクリスティーナは自覚した。


(私もヴァレンスが好き?)


 ヴァレンスはクリスティーナのような能力がないから、きちんと口にしないとわかってはもらえないだろう。


「ヴァル……好きよ」

「(!!!)」


 ヴァレンスの理性がプッツンと切れた音を聞いた気がした。


 その後は……ご想像通りの展開になりました。


 ★★★


 ヴァレンスと同じベッドで迎えた朝。ガッツリとした筋肉を素肌に感じ、クリスティーナはこの気持ちの良いものはなんだろう?と、ペタペタとその筋肉に手を這わせた。


「(可愛いな、寝ぼけて俺の存在を確かめているのか?)」


 ヴァレンスの心の声が響き、クリスティーナはパチリと目を開けた。


「おはよう(寝起きのティナも可愛いな。身体は大丈夫だろうか?無理はさせたくないが、ティナが可愛いから歯止めが効かない)」


 今まで表情筋が動かず、無表情だったヴァレンスが、目元に甘い笑みを浮かべてティナを見つめていた。

 その表情を見た途端、クリスティーナの顔がボッと赤く染まり、あまりの恥ずかしさに布団に潜り込んだ。


「ティナ?クリスティーナ?(恥ずかしいのか?まさか、昨日のことが嫌だったんじゃ……。俺も初めてだったから、ティナに無理させ過ぎてしまったのかもしれない。それで嫌われたんじゃ?!)」


 ヴァレンスの心の声が、心痛を通り越して悲壮感が漂ってきた。

 このままだと勘違いされそうだと思い、クリスティーナは目元だけ布団から出した。


「おはよう」

「おはよう(身体はきつくないか?痛いところはないか?気分は大丈夫だろうか?)」


 さっきの笑みは引っ込み、いつもの無表情のヴァレンスがそこにいた。

 恥ずかしくて、自分が布団に潜り込んでしまったせいだとはわかっているが、あのレアなヴァレンスが見れなくなってしまったのは残念でならない。


「ヴァル」

「うん?」

「大好き」


 ヴァレンスは目を見開き、布団ごとクリスティーナを抱きしめた。


「(ハァァァッ!なんだこの可愛い生き物は!?俺の精神力を試しているのか!?駄目だ!我慢だ、俺!耐えるんだ、俺!)」


(なんか、凄い葛藤が頭の中に流れてくるな。そこまで辛いなら……)


 いいよ……と言う代わりに、首に手を回してキスしようとした時、扉がノックされてリリアンが寝室に入ってきた。


「皇帝陛下、さすがに朝から盛るのは止めてください。積年の想いが成就したのはよろしゅうございましたが、クリスティーナ様のお身体に障ります。また、会議の時間は過ぎてますから」


(リリアン!!)


 いかにも昨晩は……な自分達の今の状況に、クリスティーナはヴァレンスの首に回した手を慌てて外し、布団に深く潜り込んだ。


 ヴァレンスの小さな笑い声が聞こえた気がして、布団ごと一瞬抱きしめられた後、ベッドが軋む音がしてヴァレンスは起き上がったようだった。


(え?スッポンポンじゃないの?)


 布団から目だけ出すと、ガウンを着たヴァレンスが部屋を出て行くところだった。


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