第5話 婚姻の儀

「お兄様、ヴァレンス陛下は第一側室の方を溺愛なさっているので間違いはないですね?」

「そう聞いているよ。夜会などの   パートナーは必ずアンナ様らしいし、彼女以外とは踊らないと聞くよ。第一側室のアンナ様は、スレンダーな迫力系美女で、皇帝陛下と並ぶと対のように麗しい方だとか」

「麗しいかどうかは関係ないんですって。ヴァレンス陛下が私を放置してくださるかどうかが問題なんですから」


 純白の花嫁衣装を着て、兄王……改めヌー自治領主となった兄アレクの腕に手を添えるクリスティーナは、精霊教会の暗い廊下で扉が開かれるのを待っていた。レキシントン帝国が祀るのは火の上位精霊で、教会の至る所に炎のレリーフが施されていた。


 今日はクリスティーナと、レキシントン帝国皇帝との婚姻の儀が行われる良き日。婚約期間は最短の一ヶ月、しかも一度の顔合わせもない見事な政略結婚だ。ヌー国がレキシントン帝国の自治領として統合される条約の一つにクリスティーナの結婚があり、花嫁という名前の人質のようなものだと理解している。


「まぁ、大丈夫なんじゃないかな。第二側妃であるジャンヌ様も、白い結婚だって噂だし」

「お兄様!ジャンヌ様は十二歳ですわよ。手を出していたら問題です」

「そうだよねー」


 ジャンヌというのは元サレド国(現レキシントン帝国サレド自治領)の王女で、天才と名高い少女だ。


 剣技も優れて迫力系スレンダー美女のアンナ、頭脳明晰で天才美少女のジャンヌ。そんな二人と同列で側妃とか……、なんで自分の婚姻が条約に組み込まれたのか首を傾げるしかないクリスティーナだった。


 見た目は儚げだと言われるが、傾国の美女とまではいかないし、もちろん誇れる武術もなければ知識もない。ただぐうたらしているのが好きなだけの、ごく平凡な元王女だ。ちょっと触った人の考えていることがわかるくらいしか能が無い……。


 扉が開き、暗かった視界が眩しい陽の光で一瞬真っ白になる。クリスティーナはベールを慌ててベールを下ろしてうつむいた。


 パイプオルガンの壮厳な音色が響き、アレクに合図されてクリスティーナは教会の中に一歩足を踏み入れる。

 祭壇の後ろは、自然と精霊を崇めるようにガラス張りになっていた。そこから入る陽の光を背負った人物こそ、この婚姻の儀のもう一人の主役、クリスティーナの夫になるヴァレンスだろう。


 クリスティーナは、眩しかったのもあるが、うつむいたままアレクのエスコートでウエディングアイルを歩く。参列者席をうかがうと、ヌー自治領からの参列者は数人で、ほぼレキシントン帝国の貴族達で埋め尽くされていた。


 最前列には、赤髪のクールビューティと、フワフワ金髪の美少女が座っている。彼女達が第一側妃のアンナ・サンドレア・レキシントンと、ジャンヌ・サレド・レキシントンだろう。同じ夫を持つことになる妻達だ。

 アレクの足が止まり、クリスティーナは目の前に立つ青年にやっと目を向けた。ベール越しに初めて見る夫は、武に長けるだけあり長身で胸板も厚く、かといって筋骨隆々というよりは靭やかな黒豹を連想させるような体躯をしていた。

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