第3話 ヌー王家の力

「クリスティーナ、気を確かに持って聞いて欲しい」


 庭園にあるハンモックに揺られ、いつものごとく午睡を楽しんでいたクリスティーナの下に、青い顔をした兄王がやってきた。

 近隣の国では戦が勃発していると聞くが、ヌー国は今日も平和で良かったわ……などと、自分には無関係みたいな顔をしていたクリスティーナであるが、戦が勃発しているのはクリスティーナの婚約者の国で、そのせい(おかげ?)で、クリスティーナの婚姻は延びに延びて、16歳でアーツ国の第二王子の下に嫁ぐ筈が、17歳の今でもクリスティーナ・ヌーのままだった。


 もう、一生嫁がなくてもいいんだけど……なんてことを考えていたせいか、兄王が告げたのは婚約者の悲報だった。


「え……老衰?」

「そんなわけあるか!いくらおまえと二十二歳離れているといっても、まだ老衰になる年じゃないだろう。戦場で第五王子に殺されたらしい。まったく、兄弟同士で殺し合いなど……」

「じゃあ、結婚しなくていいんだ」


 不謹慎だとはわかっているが、ついクリスティーナの口から安堵の息が漏れた。「ラッキー!」と喜ばなかっただけ褒めて欲しい。


「おまえ……」


 兄王は額に手をやって呆れた素振りを見せたが、クリスティーナの心情がわからなくはない。王族に生まれたからには、一番に考えるのは国民の平穏無事な生活の維持で、その為にはいかなる努力も惜しんではならないと教育されてきた。いくら国民の為とはいえ、愛のない政略結婚である上に、すでに妃や夫人を数人抱えている年の離れた男に嫁がなければならないということは、クリスティーナには酷過ぎる現実だったことだろう。


 前国王クリスティーナの父も、クリスティーナが憎くてそんな決断をしたのではなく、クリスティーナの婚約には、国の存亡がかかっていたのだった。


 ヌー国には秘密があった。ヌー国は精霊に祝福された国……というのは一般的事実であるが、それは誰もが考えているような抽象的な意味合いではなく、実際に王族のみが精霊から力を与えられるということにあった。王と王の子供のみに与えられる力で、未来が見える力であったり、他人の考えがわかる力、遠くを見通せる力であったりと様々だった。


 この力はヌー国民を守る為だとされ、その力を外界に流出させないように鎖国をしていた。しかし、近年になり精霊力が弱まってきたことと、鎖国をすることにより時代に取り残されて国民の生活の質が落ちるのを良しとしなかった前国王が開国に踏み切った。さらには、小国ゆえに他国に蹂躙されないようにと、武に長けたアーツ国の後ろ盾を得る為に、クリスティーナとアーツ国の第二王子との婚約を決めたのだった。


 当時、第二王子は二十九歳。一方クリスティーナは七歳。年の差二十二歳の婚姻となる筈だった。


 正妃、側妃、夫人と、王と関係を持った女性が生んだ王子は数多くいたが、その中でも国政に関与できるのは、正妃の息子達だけで、アーツ国で正妃の息子は王太子と第二王子だけだった。婚約の申し込みをした際に、王太子妃が年若いクリスティーナの輿入れに難色を示したことにより、次点の第二王子がクリスティーナの婚約者に決まったと兄王は聞いていた。


 もちろん、当時七歳の子供であったクリスティーナは、すぐに輿入れすることはなく、クリスティーナが十六歳になったらという話になっていた。しかし、婚姻準備を始める十五の時からアーツ国は後継者争いから内戦が勃発し、クリスティーナの婚姻どころの話ではなくなってしまったのだ。そして、約束の十六歳を過ぎ、十七歳になり、もうすぐ十八歳を迎える手前に、婚約者の訃報が届いたという訳だった。


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