第2話 出会い(ヴァレンス視点)2

 ヴァレンス達王族の色が黒髪と青い瞳、浅黒い肌であるように、ヌー国の王族はプラチナブロンドと琥珀色の瞳、ぬけるように白い肌を特徴としていた。その特徴を思い出したヴァレンスは、クリスティーナがヌー国の王族の一人だと気がついた。


「ヌー国の王女?」

「そう。第一王女のクリスティーナ、あなたは第何王子なのかしら?」


 ヴァレンスの風貌から、クリスティーナもヴァレンスがアーツ国の王子だと気づいたようだった。


「第五だ」

「年はいくつ?」

「十」

「私の三つ上か。ねえ、あなたが私の婚約者にならない?」


 忘れ去られた側妃の忘れ去られた王子に求婚するとか、クリスティーナはヴァレンスのことを何も知らないようだ。


「政略結婚には、お互いに価値がないと駄目だろ。王子たって名ばかりの俺に、政略結婚の駒になる価値なんかないよ」


 自分のことを無価値だと説明しなければならないことほど虚しいこともないだろうが、これが真実なのだからしょうがない。


「そう?価値がない人間なんていないわ。あなたのお兄さんにこんなことを言うのもなんだけど、いい年したおじさんが、七歳の子供に本気で求婚するとか、変態じゃないかと思うわけ。そんな人より、ずっとあなたの方がまともだし、私は断然あなたがいいと思うけどな」


 ヴァレンスは、初めて自分を肯定される言葉を聞いた。母親でさえ、ヴァレンスがいなかったら……と、離宮に閉じ込められるような生活になった原因はヴァレンスだといつも嘆いていたから。


 ヴァレンスは、この少女と婚約できる第二王子が急に羨ましくなった。


 第二王子とはどんな人だっただろうか?兄……と言われるほどの交流もなければ、顔すらおぼろげにしかでてこない。しかし、父王が自分の子供よりもうら若い母親に手を出したのだから、血筋といえなくもないのか?いや、少なくともヴァレンスを身籠った時の母親は十七歳だったから、少女と婚約しようとしている第二王子は本物の変態……などと考えていたら、クリスティーナがヴァレンスの腕にピトリと手を触れた。


「ちょっと、いくらなんでも本物の変態はないんじゃない?というか、本物の変態と婚約なんか、私が嫌なんだけど」


 考えていることが口に出ていたか?と、ヴァレンスは首を傾げる。


「でもまぁ、今すぐ手を出そうとしたんじゃないと思うわけ。十六まで待つとか、大きくなるのが楽しみだみたいなことを考えて……ううん、言っていたから」


 クリスティーナの表情は、明らかに「キモッ!」と思っているようだった。十六になったら手を出す宣言をされたようなものだから、クリスティーナが気持ち悪がる気持ちもわからなくはない。しかし、最初から年齢のことは知っていただろうし、今更なんじゃないだろうか?政略結婚なんてそんなものだし……と考えたところで、クリスティーナもウンウンと頷く。


「まぁね、政略結婚だし、年も離れているし、正妃に側妃までいれば、私との結婚はただの政略で、形だけの妃なら楽できると思っていたの。嫁いでも放置してくれると思ったから」


 また、口に出したかな?


「そうならないとも言えないよな。すくなくともうちの母親は一応側妃の一人になるけど、役目があるわけでもないし、暇過ぎて離宮の掃除ばっかしてるぞ。まあ側妃たって、王に忘れ去られた女だけどな。多分、顔すら忘れてるんじゃないか?」

「それ、私の理想!あなたのお母様が羨ましいわ。でも、私は掃除はしないわよ。日がな寝ているのが夢なの」


 七歳にして、ぐうたら宣言かよ。


「いいじゃん、ぐうたらするのが好きなんだから」


 クリスティーナは、ヴァレンスの腕から手を離すと、ベンチから立ち上がった。


「まぁ、今すぐに結婚するわけじゃないし、あと九年もあれば、何かが変わるかもしれないもんね。逃げてても婚約式はさせられるんだろうし、戻らない駄目だよね」

「その方がいいだろうな。おまえがいなくなったら、罰を受けるのはおまえ付きの侍女や侍従だろうし」

「罰?食事抜きとか?」


 クリスティーナが、それは困るというように顔を顰めた。


「罰といえば鞭打ちじゃないか?」

「え?!」


 クリスティーナの顔色が変わり、今すぐ戻らなくちゃと慌ただし、ボート寄せを見て小さな悲鳴を上げた。


「ボートがない!」

「おまえ、よくここまでボートを漕げたな」


 やはりクリスティーナはボートでこの浮き島まできたようだが、繋いだ縄がゆるかったのか、ボートは風で流されてしまったようだ。辺りを見渡すと、確かにボートが湖を揺蕩っていた。


「しゃーないな」


 ヴァレンスは湖に飛び込むと、綺麗なフォームで泳ぎ、あっという間にボートの下にたどり着き、ボートに乗り込むと、オールで漕いですぐに浮き島に戻ってきた。


「あなた、びしょ濡れじゃない」

「今更だろ。ここまでも泳いできたんだから」


 ボートのロープを杭にしっかりと結び、ボートが風で流されないようにすると、ヴァレンスは髪から垂れる水滴を鬱陶しそうに手ではらった。


「あー、だから下着だったのね。露出狂なのかと思ったわ」

「そう思ったら逃げろよな。なに普通に会話してんだよ」


 王女の癖に危機管理はどうなっているんだと呆れる。


「最初は下手に刺激しない方が良いと思ったんだけど、話してみたら普通の人だったからいいかなって。やばいことも考えているようには聞こ……見えなかったし。ね、私戻るわ。ちょっと、ボートに乗る間押さえてくれないかしら」

「本当、よく乗れたよな」

「必死で隠れたから。ついでに漕いで岸まで連れて行ってくれると嬉しいわ」

「……まさか、ボートが流されてここにたどり着いたとか言わないよな」

「私に漕げると思う?思わないでしょう?」


 クリスティーナは腰に手をやり、ふんぞり返りながら言う。なぜ自慢気なのかはわからない。無謀の一言につきる。


「いや、それって軽い遭難じゃないか。しゃあないな」


 ヴァレンスは、ボートを押さえてクリスティーナが乗るのを手助けすると、ロープを解いて自分もボートに乗り込んだ。


「漕げる……わよね?」

「当たり前だろ」

「当たり前じゃないわよ。だって泳いでここまで来たんでしょ」


 ヴァレンスがオールで漕ぎ出すと、クリスティーナは感心したように手を叩いた。


 この後、ボートを漕いでクリスティーナを岸まで送り届けると、クリスティーナは「ありがとう」と手を振って走っていってしまった。ヴァレンスは、キラキラ輝くクリスティーナの後ろ姿をしばらく見送った。


 これがヴァレンスとクリスティーナの初めての出会いだった。


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