冷徹陛下の脳内溺愛が止まりません!

由友ひろ

第1話 出会い (ヴァレンス視点)

「クリスティーナ様、クリスティーナ様」


 侍女達がバタバタと走り回ってヌー国の第一王女を探す中、ヴァレンスは我関せずとばかりに、練習用の木剣を片手に庭園を横切り、離宮へ向かって歩いていた。


 ヴァレンスはアーツ国の第五王子ではあるが、母親はただの侍女で、かろうじて男爵家出身だった。母親は、たまたま王のお手つきになり、一回の交わりでヴァレンスを身籠ってしまったそうだ。王からしたら、愛情も何もなく、ちょっとした気の迷いで手を出しただけで、その証拠にヴァレンスが生まれるまで、一回寝ただけの侍女の顔すら忘れていたそうだ。


そんな顔も満足に覚えていない侍女の産んだ子供を王が認知したのは、アーツ国の王族特有である黒髪と青い瞳、浅黒い肌を持って生まれてきたからだ。王に認知されたヴァレンスは、王子という地位を与えられて、母親と二人、離宮で暮らすことになった。

父王とは、大勢のうちの一人として数回謁見したことはあったが、言葉を交わしたことはなく、腹違いの兄弟に至っては見かけたくらいしかなかった。ヴァレンスの中では、父王や兄弟達はほぼ他人で、情などが湧く余地すらなかった。


 そんな兄弟の婚約者になんか興味もなく、侍女達が大慌てで探している「クリスティーナ様」が、ヌー国の第一王女で、第二王子の婚約者になる相手だとしても、ヴァレンスには関係のない話だった。この時はまだ……。


 ヴァレンスからしたら、今日もごく普通の日常、代わり映えのしない一日になる筈だった。

 午前中、王子の嗜みとして剣の稽古をしていたヴァレンスは、汗を流そうと離宮の裏にある湖にやってきた。

 木剣を置き、シャツとズボンを脱ぎ捨てたヴァレンスは、下着姿で湖に飛び込んだ。離宮に近づく侍女はいなかったし、母親との二人暮らしだったから、周りの目を気にする必要がなかったのだ。これが正規の王子ならば、侍従や侍女が目をひん剥いて止めさせたことだろう。


 遠くに「クリスティーナ様」と侍女達が叫ぶ声を聞きながら、ヴァレンスは湖の真ん中にある浮き島を目指した。一応、ボートなどもあるが、ヴァレンスがここにくるのは大抵泳いでだ。母親の愚痴もここには届かず、ヴァレンスを平民王子(母親は男爵家出身だから平民ではないのだが、それくらい価値がないという意味でついたあだ名だった)と馬鹿にする貴族達の声もここまでは追ってこない。ヴァレンスがヴァレンスらしくいられる唯一の場所だった。


 浮き島にはボード寄せと小さなガゼボがあり、いつもはヴァレンスだけの休憩場所となっているのだが、今日は違った。小さな女の子がベンチの上で丸くなってスヤスヤ眠っているではないか。

 プラチナブロンドの髪の毛はキラキラ光っており、長い睫毛までプラチナブロンドで、頬に影を落としていた。ヴァレンスの浅黒い肌と並べば、真っ白と言っていいくらい白い肌はまるで陶器のようで、最初は人形かと思ったくらいだった。


「おい、おまえ」


 息をしているのかもわからず、ヴァレンスは少女の頬に触れた。

 プラチナブロンドの睫毛が揺れ、ゆっくりと瞼が開いて、金色に近い琥珀色の瞳がヴァレンスを見つめた。その不思議に美しい瞳に、ヴァレンスは一瞬目を奪われ、少女の全てがキラキラして見えた。


 少女は知らない男子に起こされたというのに、怯えることもなく大きな欠伸をした。その前歯が一つなくて、少女が六歳か七歳くらいなんだろうと予測がつく。


「おまえ、なんでこんなとこにいるんだよ」

「おまえじゃなくてティナよ。クリスティーナでティナ」

「クリスティーナ……って、侍女達が探していた奴か」


 いまだに遠くでクリスティーナを呼ぶ声が聞こえていた。


「あら、まだ探してるのね。諦めが悪いったらないわ」


 こんな年若い少女が見つからなかったら、それはやっきになって探すだろう。しかも、身なりからもそれなりに身分も高そうだし、見つかりませんでした……ではすまない。


「おまえ、なにもんだよ」

「だから、ティナだってば」

「ティナはアーツ国民じゃないよな?」


 クリスティーナの肌色は、アーツでは見られないものだ。これだけ白い肌ならば、北の出身に違いない。


「ええ。ヌー国から来たの。婚約式とやらをしにね」


 クリスティーナの出身であるヌー国は、精霊に祝福された国と呼ばれており、つい最近まで鎖国していた小国だ。この小国が今まで侵略されなかったのは、精霊の加護でもなんでもなく、侵略する労力にみなうだけの価値がなかっただけにすぎない。しかし、精霊を祀る宗教を国教に定めている国は多く、宗教的な観点から見れば、それなりの価値があった。宗教とは、人民を掌握するのに便利なアイテムだからだ。その価値を見込んでの婚約なのだろう。


「婚約式?」

「そう。カラナン第二王子とかいうおじさんと」


 第二王子をおじさん扱いした少女は、嫌そうに眉を寄せてみせた。


 第二王子は確か三十歳になるかならないかくらいで、すでに正妃も側妃も数人いるし、ヴァレンスよりもやや年上の子供もいた。クリスティーナから見たら、確かにおじさん以外の何者でもないだろう。

 そうは言っても、第二王子といえばアーツ国正妃の息子であるから、しがない男爵家出身の母親から生まれたヴァレンスとは、同じ王子といえど格が違う。そんな正統派王子に婚約を望まれるこの少女は……。


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