第26話 夜会当日 2
ヴァレンスとのファーストダンスの後、クリスティーナは次のダンスの相手として、ミューゼオ侯爵に手を差し出した。
「これは、なんと光栄な!しかし、第三側妃様はお身体が弱くいらっしゃるから、たて続けにダンスをしてはお身体に負担がかかるのでは?」
「問題ありません。私は昼寝が趣味なだけで、臥せっていた訳じゃありませんから」
クリスティーナの虚弱説をわざとらしく大声を張り上げて言うミューゼオ侯爵に、クリスティーナもよく通る声で反論する。
「さようですか。では、今日は側妃様とダンスをしたい者達が列になることでしょう」
ミューゼオ侯爵に手を取られ、ダンスフロアーに建つ。気持ちが悪くて吐き気をもよおしたが、なんとか笑顔を捻り出してステップを踏んだ。
「ミューゼオ侯爵、あなたの娘さん、お美しいのにご婚約者もいらっしゃらないとか。確か、私はよりも一つ二つ年上じゃなかったかしら?」
「さようですな。いや、選り好みの激しい奴でして、自分が好きになった相手としか結婚しないなどと言うのですよ(正妃の座を狙っているのに、婚約者などいる訳がなかろう!)」
「あら、もうそんな悠長なことを言っていられる年齢じゃありませんのに。カトリーナさんの年齢だと、後妻くらいしかお話がないかもしれませんね。私も誰か捜してみますね。ヴァルも、国の為にカトリーナさんには他国に嫁いでもらいたいみたいですし」
「は?いやいや。親バカなのか、結婚しても手の届く場所にいてもらいたいもので(皇帝には釣書を何度も手渡ししておるというのに!クソッ!)」
クリスティーナは、心の声が聞こえると言っても、考えてくれないと聞くことはできない。
なんとかミューゼオ侯爵の心の声を引き出さなければと、クリスティーナは思案する。
「そうだ、ヴァルが私を正妃にするという話は聞きましたか?しかも、側室制度を廃止し、一夫多妻から一夫一婦制にするそうです」
「は?」
「今晩、夜会の締めくくりの挨拶で、皇帝の名において発表するそうですよ」
「(なんだそれは!?聞いていないぞ!勝手にそんなことをされた日には、カトリーナを妃に上げることすら叶わなくなるじゃないか!そうだ、この娘を誘拐させよう。側妃の誘拐事件が起これば、そんな発表をしている場合じゃなくなるだろうし、誘拐された娘がボロボロになって戻ってきたら、誰もこの女の貞操など信じないだろう。一石二鳥じゃないか)そうだ、実は皇帝陛下のことについて、第三側妃様に内密なご相談があるのですが……(引っかかれ!)。皇帝陛下にも内密な話で」
ミューゼオ侯爵に耳元で囁かれ、クリスティーナはミューゼオ侯爵を突き飛ばさたい衝動をこらえて頷いた。
「宰相の言う事ならば、よほど重大な事項に違いありませんね。わかりました、どちらに伺えば」
「(よしッ!)では一時間後、庭園の奥にある生け垣の迷路でいかがでしょう。あそこならば、内密の話もできましょう(タウゼントの策は一時中止させ、迷路の奥の抜け道に馬車を用意するように指示をださなくては)。くれぐれもお一人で。人払いをなさってからお越しください」
「わかりました」
(タウゼント?タウゼントって、ヴァルの側近の一人じゃなかった)
まさか、そんな身近なところにミューゼオ侯爵の間者がいるとは思わなかった。
タウゼント・マンゼルを思い浮かべると、特徴の薄い中肉中背の男で、確かに茶色の髪の毛をしていた。彼が後ろ姿の男かと聞かれると、そうだったような気もするし、そうじゃなかったような気もする。あまりに特徴のない後ろ姿だったから、確定がしにくいのだ。借金の肩代わりをしたとミューゼオ侯爵が言っていたが、ヴァレンスが借金を作るような男を側近に置くだろうか?
曲が終わり、ミューゼオ侯爵がクリスティーナをヴァレンスの元までエスコートして戻った。
「では、第三側妃様」
「ええ」
ヴァレンスが差し出した手を握り、クリスティーナはホッと一息つく。そして、ミューゼオ侯爵がヴァレンスの後ろに控えていた側近に合図を送ったのを確認した。そう、彼がタウゼントであった。
「(エロジジイ!ティナとの距離が近過ぎるんだよ。ティナの耳元に顔を擦り寄らせるとか、極刑にしてやらないと気がすまない)」
「ヴァル、少し休みたいわ」
「ああ、席につこうか」
ヴァレンスのエスコートで、夜会会場が見渡せる観覧席に移動した。
皇帝専用の広い観覧席は個室になっており、階下の様子が眺めらるようになっていた。また、軽食やドリンクも多数用意されており、食事をとるスペースもあった。
「ねえ、あなた。ホットワインが飲みたいのだけれど、用意してくれるかしら」
観覧席までついてきたヴァレンスの側近に声をかけた。
「あとね、果物のランブータンとスターフルーツ、パッションフルーツも食べたいわ。マンゴーに洋梨もあるかしら?」
明らかにここになさそうな果物をあげてみる。
「ええと……確認させます」
「あなたが確認してきてくれる?伝言ゲームみたいになって、違う物を用意されても困るから」
「かしこまりました。しばらくお待ちください」
タウゼントは礼をして観覧席から退出した。
クリスティーナは会場を見渡せる席にヴァレンスと並んで座り、階下にいる貴族達に笑顔を向けながら、さっき聞いたミューゼオ侯爵の心の声についてヴァレンスに共有する。そして、一時間後に呼び出しを受けたことも伝えた。
「じゃあ、生け垣迷路でティナに接触したところを捕まえる」
「それだと言い逃れされるかもしれないよ。それなら……」
クリスティーナの提案に、ヴァレンスは眉間の皺を深くした。
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