第27話 誘拐されました

「(ミューゼオの奴、急に計画を変えやがって!急に誘拐しろって言われても、監禁する場所なんか用意できる訳ないだろ)」


 ミューゼオ侯爵に言われた通り、生け垣迷路に一人で訪れたクリスティーナは、いきなり後ろから睡眠薬が染み込まされたハンカチを口に押し当てられ、気絶した……ふりをした。

 一分くらい息を止めるのなんか楽勝だったし、身体の力を抜けば、気絶したと勝手に勘違いした相手がクリスティーナのことを担いで運び出した。

 男は三人、うち一人はタウゼントのようで、タウゼントがクリスティーナを担いで移動していた。


「なぁ、女を一人、レイプすればいいだけの簡単な仕事じゃなかったのかよ」

「だよな。貴族令嬢の誘拐なんか聞いてねぇよ。なあ、アランさん。俺ら、ビッチな貴族令嬢に誘われて、三人で楽しんだって証言するだけで金貨三枚って話だったよな。金貨三枚で誘拐犯になんのは、リスクが大き過ぎないか?」


 仲間の二人は、明らかに動揺しており、タウゼントのことをアランと呼んでいるようだった。タウゼントが身バレ防止に、二人には偽名を教えたんだろうが、クリスティーナのことを貴族令嬢と呼んでいることからも、この犯罪の重大さを全く理解していないのだろう。タウゼントが捨て駒として利用しようとしていることは明らかだ。


「しょうがないだろ。上からの命令が変わったんだから」

「お……俺、この話からは下りるぜ」

「おい!」

「俺も」


 男二人は、クリスティーナを抱えているタウゼントを振り切るように走って行ってしまった。タウゼントも走ったが、軽いとはいえ女性一人を抱えて全力疾走はできず、クリスティーナを抱えて生け垣迷路の奥にある抜け道を抜けた時には、仲間の二人の姿はどこにも見えなくなっていた。


「ちくしょう!(もう知ったことか!とにかく、どこかにこいつを隠さないと……。そうだ、ミューゼオ侯爵の別邸、あそこなら裏から忍びこめる。後始末は自分でするといいさ!)」


 タウゼントは停めてあった馬車にクリスティーナを放り込むと、外から鍵をかけて自分は御者台に座った。クリスティーナを誘拐する予定ではなかったから、変装の準備もしていないし、道の下見もしていない。失敗したら、全部ミューゼオ侯爵のせいにしてやると、苛々しながらタウゼントは馬に鞭打って馬車を走らせた。その後を、馬に乗ったヴァレンスと騎士達が距離を保ちながらついてきていることに、タウゼントは気がついていなかった。


 ★★★


「どういうことだ!何故ここに連れて来た!」


 タウゼントは、ミューゼオ侯爵の別邸に裏から忍び込むと、よく呼び出しを受けていた小屋にクリスティーナを運び込んでいた。そのことを、王宮にいるミューゼオ侯爵に知らせを出すと、夜会が終わるやいなやミューゼオ侯爵が小屋に怒鳴り込んできたのだ。


「急に攫えと言われても、監禁する場所など見つかりませんよ。ここならば、騎士も簡単には踏み込めないと思ったから連れて来たんです。第三側室妃は寝たまま連れて来たので、ここがどこかもわかっていませんよ」


 ベッドでスヤスヤ眠るクリスティーナ(寝たふり)を前に、ミューゼオ侯爵とタウゼントは言い合っていた。


「第一、なんでこんなすぐに逃げ出せそうな小屋なんだ!どうせなら、地下室とかに監禁するべきじゃないのか!」

「そんなの知りませんよ。僕はもう手を引きます。これ以上は割に合わない」


 部屋を出て行こうとするタウゼントに、その腕をつかんで引き止めるミューゼオ侯爵。クリスティーナは、薄目を開けてその様子を眺めた。


「ここに置いて行かれても困る。どこかに監禁して来い」

「第三側妃が行方不明になったことは、もう皇帝陛下には伝わっていることでしょう。帝都はすでに閉鎖されていると見るべきです。騎士団が躍起になって側妃を捜している中、第三側妃を連れて帝都をウロウロするのは悪策でしかない」

「そうだ!誘拐され、乱暴されていた側妃を私が助けて保護したことにするか!?もう、犯したんだろうな」


 この人、本当に宰相なんかできているのかと、クリスティーナは心底呆れた。ミューゼオ侯爵がクリスティーナを助けたとか、そんなことを誰が信じるだろうか?ミューゼオ侯爵は小柄で痩せぎす、とても暴漢に立ち向かって勝てるタイプには見えなかったからだ。


「は?側妃に手を出す筈だった奴らは、誘拐犯にはなりたくないと早々に逃げましたよ」

「使えない奴らだな!じゃあ、今すぐにおまえが犯せ。なるべく傷跡が残るように顔を殴った上で犯すんだ」

「……無理です。やりたかったら、あんたがやればいい」


 タウゼントがミューゼオ侯爵の手を振り切って、足早に客室を出ようとした時、ミューゼオ侯爵がタウゼントの背中に突進した。「……ウッ」という呻き声がしたかと思うと、タウゼントが床に倒れ込み、その背中には短剣が刺さっていた。


「……!」


 クリスティーナは、思わず叫びそうになって口を押さえた。しかし、その様子を振り返ったミューゼオ侯爵に見つかってしまう。


「第三側妃様、ご無事でしたか!私めが、側妃様を誘拐した犯人を仕留めましたからご安心下さい」


 手を真っ赤に染めたミューゼオ侯爵が、満面の笑みを浮かべて近寄ってきたところで、窓を蹴破って入ってきた人物がクリスティーナとミューゼオ侯爵の間に立ちはだかった。









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