第24話 企みがやばい

 ジャンヌの勉強会が定着してきたここ数日、驚くべき仮説がクリスティーナの頭に浮かんでいた。


 それは、勉強会とは全く無関係なことなのだが……。


 ヴァレンスと仲良しした次の日は、お昼寝しなくてもいられるし、食事も普通にとることができる!つまり、精霊力の副作用である睡眠過多と、食事によらない栄養摂取が、ヴァレンスの精を受け入れることで解消されているようなのだ。なんか恥ずかし過ぎる仮説なのだが、実際にHした次の日と、しなかった次の日では全然違うのだ。


 人生の大半を寝て過ごしてきたといっても過言ではないクリスティーナにとって、朝から晩まで起きていられるということは、なかなか新鮮で楽しかった。まず、一日が長い!読みたい本は読めるし、サーシャ達とお喋りも楽しめる。勉強する時間もとれる。食事も、色んな種類が食べられるから、食事の時間も楽しみになった。


 この仮説が正しいとしたら、毎晩でもヴァレンスと仲良ししたい。今のところクリスティーナを気遣ってか、ヴァレンスの性欲の問題なのか、同じベッドでは毎晩寝ているが、三日に一度くらいの頻度でしか仲良ししていなかった。


 夫婦というのはこれが普通なのか?毎晩するものではないのか?さすがにそんなことは、未婚のサーシャ達には聞けないし、既婚でもクリスティーナの師であるジャンヌにはもっと聞けない。知識の泉であるジャンヌならば、もしかすると知識だけならばあるかもしれないが、十二歳の少女に相談することじゃないだろう。


 できれば、毎日普通に起きていたい。その為には、ヴァレンスの強力が必要だ。

 ここは本人に直に相談してみようと、クリスティーナは昼食後ヴァレンスの執務室に向かうことにした。


 部屋を出、本宮の長い廊下を歩き、階段を下り、またさらに廊下を歩く。そして……迷った。


 辺りを見回しても侍女も歩いていない。部屋を一つずつ開けて覗いても誰もいない。

 そして、まずいことにこんなところで睡魔が……。昨晩は、ヴァレンスとは同じベッドで健全に眠っただけだったのだ。

 クリスティーナは大きな欠伸をすると、とりあえずヴァレンスの執務室を探すことは諦めた。そして、適当に開けた部屋のソファーを見つけてゴロンと横になる。一応、扉を開けてもすぐには見えない場所ではある。寝る場所はこだわらず、どこでも寝れてしまうのは、昔からのクリスティーナの特技かもしれない。雨風さえしのげれば、芝生の上だろうが、木のベンチだろうがお構い無しに眠れた。


 そういえば、昔ボートに隠れたまま寝てしまったことがあった。気がついた時には、ボートは湖をさまよっていて、たまたま漂着した小島に下り、そこにあったガゼボで再度寝てしまった。あの後、どうやって帰ったんだったろうか?


 クリスティーナは、思い出す前にウトウトと眠りにつき、次に目が覚めたのは、人の声がしたからだった。


 ボソボソ話す声がし、クリスティーナは目を覚ました。なぜか周りが暗い。いつしか日が暮れてしまったのか?目が慣れると、ソファーで寝ていた筈のクリスティーナは、どうやらソファーから落ちて、机にかかっていた長いテーブルクロスの中に転がり入ってしまったらしい。

 そして、クリスティーナがそんなところにいるなんて誰も想像だにしなかったに違いない。この部屋に入ってきた人物達も、クリスティーナには気が付かずに何やら会話をしているようだ。


「……毎晩同じベッドで寝ているというのは真か」


(え?そんなことまで筒抜けなの?)


「はい。皇帝陛下は第三側妃様を殊の外寵愛なさっているようで、このままでは御子を身籠られるのも間近でございましょう」

「チッ……それはよろしくない。もし皇子などが生まれてしまえば、第三側妃が正妃になってしまうではないか」

「今のところ、皇帝陛下に不妊薬の入ったお茶を毎日出すように指示していますが、あれも完璧ではありませんから」


(は?ヴァルに薬を盛っているですって!?)


 聞き捨てならない内容に、クリスティーナは机の下で息を飲んだ。


「全く、第一妃のところにもたまに行くか行かないかくらいだったから、皇帝は性欲がほぼないのかと思っていたが」

「そうですよね、カトリーナ様の色仕掛けも効果なかったようですし」

「あいつに期待した私が馬鹿だった。媚薬でも仕込んで、寝室に潜り込むくらいの気合いが欲しいものだ。夜会などで色目を使うくらいでどうにかなると思っているのだから、我が娘ながら考えが甘い。しかも……いや、なんでもない。」

「ご自分の美貌に自信がおありなんでしょう。カトリーナ様は傾国傾城の美女ですからな。皇帝の趣向が特殊だったんですよ」

「いくら美貌に自信があっても、皇帝を落とせなければ意味がない」


 カトリーナを自分の娘と言うことは、一人はミューゼオ侯爵なんだろう。しかし、カトリーナが傾国傾城の美女とか言っている相手はおもいっきりごますり野郎だし、ミューゼオ侯爵に至っては親バカ甚だしい。美貌だけで見ても、第一側妃のアンナとカトリーナを並べたら、誰が見てもアンナの圧勝だし、アンナを押し退けてカトリーナが正妃になれると思っているんだろうか?


 というか、ヴァレンスはクリスティーナにベタ惚れだから、カトリーナが全てを排斥して正妃になること自体、無謀な企みだろう。


「とにかく、クリスティーナをなんとかせねば。あんな小国の姫、いなくなっても我が帝国にはなんの支障もないだろう。第一側妃の不妊を理由に娶った娘だ。アレさえいなくなれば、今度こそ次の妃にカトリーナをねじ込める。根回しも十分」

「刺客を何度も送り込んでいるんですが、なかなか第三側妃までたどり着けないのですよ。昼間は人の目が多く、夜は皇帝と寝所が同じなので」


 今まで、刺客に直に襲われたことがなかったからあまり気にしていなかったが、そういえばヴァレンスはいつも枕元に剣を、枕の下には短剣を忍ばせていた。本人は戦時の癖が抜けないからと言っていたが、刺客を警戒しているのはバレバレだった。


「そうか。……まぁ、暗殺はしばし中止だ。それより、廃妃にできる手っ取り早い方法でいこう」

「そんな方法が?」

「次の夜会、その時に第三側妃を誘き出して襲うんだ。不貞を働いた妃には、議会から廃妃を言い渡せるからな」

「誘き出す……、いったいどうやって?護衛もついているのに、うまくいくでしょうか?」

「うまくいかせるんだ!なんの為におまえに高い借金の肩代わりをしていると思っているんだ!」


激昂したミューゼオ侯爵の声に、テーブルをガンガン叩く音がし、クリスティーナは首をすくめて息を殺した。


「承知いたしました。必ずお言葉の通りに」


 ミューゼオ侯爵と、もう一人は誰?


 机の下から顔を出すこともできず、二人が部屋を出た後に相手を確認しようとしたが、角を曲がる後ろ姿がチラッと見えただけだった。


 (茶色い髪の毛の、中肉中背の男性……って、多くて誰かわからないんですけど)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る