転ノ参
<
松田の部屋に入った4人は、和室の座椅子を囲うようにして座っている。
「高橋さんに、そんな辛い過去があったなんて……」
松田が沈痛な表情で俯いている。中村や清水も同じ反応を示す中、高橋が寂しげな笑みを浮かべる。
「自殺を選ぶほど辛い目にあってきたのは、君たちもでしょ?」
「あなたとは比べ物にならないわよ……」
中村がバツが悪そうに答える。
「まだ結婚してない奴が言うのもなんだけど、私だったら立ち直れない」
「……立ち直るなんて、一生できないさ。息子と妻を失った悲しみも、彼らの命を奪った運転手への憎しみも消えてないんだからね。今はただ、当初に比べて小さくなってるだけさ」
「軽率な発言だったわね。ごめんなさい」
「いいんだ、中村さん。にしても嬉しいなぁ」
「何が?」
「人と関わるのを避けてた君が、今こうして僕と話してくれるからさ」
「それは……」
言い淀む中村の視線が松田に向く。
「……?」
松田が訝しい目で彼女を見つめる。そうして目が合った途端、中村は何でもなかったように慌てて目を逸らした。
「……?」
(何だったんだ、今の)
松田は彼女の様子が気になるも、追求しようとは思わなかった。
「中村さんが心優しい人でよかったよ。……そんな君から金を騙し取ったっていう男、許せないな」
高橋の表情が徐々に険しくなっていく。すると、これまで静観していた清水が口を開く。
「その人は捕まったの?」
「いいえ。どこにいるのかも分からないしね」
「そう、なんだ……」
「すっごく悔しいけど、必ず捕まるって今は信じてる。それがいつかなのかは分からないけど、思いっきりビンタしてやりたい」
「ビンタ……」
清水が唖然として呟くと、中村はニヤリと笑った。
「君もいじめっ子にそうしたら?」
「え?」
「そしたら大人しくなるかもよ」
「そう、なのかな」
「威張ってる奴はね、下に見てる奴が反抗せずにビクビクしてるから調子に乗るの。だから、そうじゃないところを思い知らせてあげないと」
「僕にはそんなこと……」
「今までのゲームに比べたら、そいつらなんて大したことないって思わない?」
「……確かに、そうかもしれない」
清水は小さな声で答えると、中村に微笑を向ける。すると、彼らの話を黙って聞いていた松田が口を開く。
「殴る必要はないと思うよ、蓮君」
「どういう意味?」
清水の眉が八の字になる。
「君をいじめてた奴らは今頃、罪悪感に苦しめられているはずさ。"自分たちの意地悪で人が死んだ。殺したようなもんだ"、てね。殴られる痛みよりも、そっちの方がずっと痛くて苦しいよ」
「……っ」
「生き帰った君と再会しても、もうイジメる気にはなれないはずさ」
松田が不敵な笑みを浮かべると、清水は恐怖で顔を引き攣らせる。
「松田君。それ、ヨミサカっぽいよ」
「そんなこと言わないでくださいよ、高橋さん」
「同感」
「中村さんまで……」
松田は思わぬ形で不評を買ってしまったことに動揺する。
「にしても、松田君がそんな怖いこと言うとはね。辛い目にあってきたのかな?」
高橋が尋ねると、松田は俯き始める。
「……みなさんに比べたら、本当にしょうもないですよ」
松田は自虐するように口角を上げると、俯いたまま語り始める。
「みんなみたいに何か悲しいことがあってとかじゃないんです。むしろ、何のトラブルもなく平穏に過ごしてきました」
「なら、どうして?」
高橋が首を傾げる。
「今の人生に何の意味があるんだろう。ずっとこのままなのかもしれないっていう不安が募りに募って、爆発してしまったんです」
松田がそう答えると、高橋たちは口を噤む。
「僕、ずっとフリーターやってるんです。新卒で入った会社を半年経たずで辞めてから、ずーっとです。さっさと次の会社に就職すればいいのに、気づけば何年も同じ状況です」
「それはどうして?」
中村が尋ねると、松田が少しの間を置いて答える。
「……小説家になりたいっていう想いだよ」
「え?」
中村が聞き返す中、高橋と清水が怪訝な表情を浮かべる。
「大学生くらいの時からなんとなく思っていたことが、会社を辞めてから大きくなってきた。"ベストセラー作を作って、正社員じゃ手に入らない富と名声を手に入れる。だから、現状のままでも構わない"。そんな考えが俺を後押ししてきたけど、徐々に苦しめ始めてきたのさ」
松田の暗い表情が、さらに暗くなっていく。
「小説家一本で生活している自分を想像すると、活力が湧いてくる。だけど、大して注目されない日々が続くと、活力が湧かなくなってくる。"自分には才能がないのか"、"叶うことのない夢にいつまで縋るつもりなんだ"っていう自問自答が心を蝕んでいった」
「「「……」」」
「それだけじゃない。俺はいつも一人だった。"同級生たちが結婚していく中、恋人も友人もいない自分はずっと孤独な人生を送り続けるのか。叶うことのない夢を追い続ける哀れな男として死ぬのか"。そんな思いが頭から離れなくて、限界を迎えたってわけさ…」
松田は自虐するように一人でに笑った。それに反応する者はおらず、室内が居心地の悪い静寂に包まれていく。
「言った通りだったろ?本当にしょうもないって。一人で勝手に理想を追いかけ続けて、最後には折れて死を選ぶなんてさ」
「あんたが自殺したのは、そんな理由だったのね」
黙ったままだった中村が口を開く。
「ああ。馬鹿馬鹿しいだろ?」
「別に」
「え?」
松田は予想外の答えに目を大きくする。
「なんで?」
「ほとんどの人が馬鹿らしいと思うけど、私はそう思わない。だって、死を選ぶほど苦しかったんだって伝わってきたから」
「……」
「一度は命を絶った身だから、余計にそう思うのかもしれないけど」
「そうかもしれないね」
高橋は口を挟むと、中村と目を合わせて微笑んだ。
「僕だって同じ考えさ。どう言われようが、死にたくなるくらい苦しんだんだ。話してくれてありがとう」
「高橋さん……」
松田が泣きそうな表情を浮かべる中、高橋たち3人は
彼に優しい笑みを向ける。
「そう言ってもらえてよかったです。ありがとうございます」
「ねえ、一つ聞きたいんだけど」
「何、中村さん」
「何ていう名で活動してるの?」
「え?カタカナで、“マツダイツキ”だけど……」
「ふーん。じゃあ、元の世界に帰れたら読んであげる」
「え?」
松田が中村の返事に驚く。
「それいいね。どんな作品なのか気になるし」
「高橋さん……」
「僕も気になる、かな……」
「蓮君……。みんなの期待に添えるか分かりませんけど、嬉しいです……」
松田は顔を赤くして答える。羞恥と喜びが混ざり合った複雑な気分のまま黙っている中、高橋たちは温かい目で彼を見つめていた。
それからしばらくして、静かさに包まれている館内にノイズが走る。そして……
ピンポンパンポン。
『皆さま、長らくお待たせしました。これより、第3ゲームを開始いたします』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます