承ノ捌
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第二ゲーム「自由への杯」
残り時間:10分
高橋は目の前の光景と状況に戦慄している。
彼がいるのは、アナウンスで指示された“
(これで自分の身体を傷つけて血を注げなんて、僕には無理だ……)
ドスとグラスを行き来する目が恐怖に染まっていく。そのまま座卓の前に立ち尽くしていると、正面から視線を感じ顔を上げる。視線の主と目が合った途端、顔がさらに強張った。
ベッドに座って彼を見つめるのは、身体が人間で頭は蛇という異形の存在——“ジャキ”。ジャキは1メートル以上にも及ぶ長い首で、その部屋の宿泊人である清水に巻き付いている。両腕ごと上半身をきつく巻き付けているせいか、清水の顔は苦しそうに歪んでいる。
「開始から1分経過しましたが、いつまでそうしてるつもりですか」
「……」
「はあ、困りましたねぇ」
ジャキは何も答えない高橋に向かって失意のため息を吐く。
「おじさん……」
清水が苦し気な表情で高橋を見つめる。すると、視線に気づいた高橋が彼と目を合わせる。
「清水君……」
高橋が恐怖に染まった顔で呟く。
「高橋さん。僕のことはいいから、自分のことだけ考えてください」
清水がそう言った途端、高橋が目を見開く。
「何を言って……」
「元々死ぬはずだったから。それに、自分が助かるのに誰かが傷つかなきゃいけないんだったら、僕は嫌です……」
「そんな……」
清水の言葉が高橋の胸を締め付けていく。
(自分の死より僕の心配だなんて。こんな優しい子が、どうして自殺なんか……)
清水に対する悲しみと疑問が、高橋の顔をさらに悲痛に歪めていく。
「清水蓮君。君ほどの優しさを持つ少年は久しぶりに見ましたよ」
ジャキが清水を見下ろしながら称賛する。しかし、彼は口を閉ざしたままで反応を示さない。だが、ジャキは不快さを感じることなく、高橋に視線を移す。
「さて、高橋さん。開始から3分経ちました。そろそろ始めないと、まずいですよ?」
「……」
ジャキが催促するも、高橋は無言のまま動きを見せない。その姿にジャキは苛立ちを感じると、ため息を大きく吐いた。
「はあ。あなたの臆病さは、ヨミサカさんから聞いていましたが、ここまでとはね」
「……」
「前回は勇敢な松田さんや中村さんがいたからクリアできた。ですが、今回は臆病者のあなたしかいないんですよ」
「そんなのは分かってる!」
高橋がジャキの諭しに苛立ちを覚え、思わず声を荒げた。煽られているように感じたという理由もあるが、自分の情け無さに対する方が大きかった。
「分かってる。でも、僕にはそんな勇気はない。松田くんたちとは違うんだよ……」
高橋の尻すぼみになっていく答えを受け、ジャキは呆れて口を閉ざす。
(生きるために葛藤し、血を流す様を見たいというのに期待できそうもないな。……ヨミサカ様に知られたらマズイが、盛り上がるためには仕方あるまい)
邪な気持ちがジャキの口角を吊り上げさせる。
「高橋さん。あなたに素敵な話をしましょう」
「え?」
「安心してください。話の間は制限時間を止めておきますから。聞けばきっと、臆病のままではいられなくなる」
「……どういう意味?」
高橋は意味が分からず、困惑する。そんな彼を気にかけることなく、ジャキは口を動かす。
「今からお話しするのは、清水君のことです」
「……え?」
清水の目が少し大きくする。急に話題に出されたことに驚き困惑していると、ジャキが頭上から見下ろし始める。
「高橋さん。彼は13才の少年で、今年中学生になったばかりです」
「それが何?」
「そんな彼が、なぜ自殺を選んだのでしょうか」
「そんなの知るわけな……、清水君?」
高橋が清水の異変に気づく。強張った表情で下を見つめる様は、何かに怯えているように見えるからだ。
「どうしたの、清水君?」
「……」
高橋が呼びかけるも、清水は何も答えない。すると、ジャキが不気味な含み笑いをする。
「フフフ、恐ろしいのですか?部員たちによるイジメを思い出して」
「っ!」
清水が図星であるかのように目を見開く。
「イジメ?」
「ええ、高橋さん。彼は所属していた陸上部の部員からイジメを受けていたのですよ」
「そんな……」
信じがたい話に高橋が驚く。すると、清水が唇を震わせながら呟く。
「止めて……」
「何を言ってるんですか。まだ始まったばかりじゃないですか」
清水の懇願をジャキは鼻で笑い飛ばす。
「話す身としては変ですが、いいものではないですね。先生の目を盗んでは、走っている最中に足を引っ掛けて転ばせる」
「っ!」
「"プロレス"と称して殴る蹴る。しまいには、母に買ってもらったシューズをグチャグチャにされたんですもんね」
「……」
「もういい。辛そうにしてるじゃないか」
高橋は苦しむ清水の姿に我慢ができず、制止を呼びかける。しかし、ジャキは無視して話を続ける。
「イジメだけじゃないですよね?先生に相談しても、まともに聞いてもらえなかった。しかも、余計に悪化したときた」
「……」
「残されてるのは、母親。でも、優しい君はできなかった。身を粉にして働いてくれている母親に、余計な心配はかけたくなかったから」
「ぐっ……」
「もう止めろって!」
「どうです、高橋さん。放っておけなくなったでしょう?」
「お前……」
「フフフ。そんな怖い顔しないでくださいよ。あなたは今、この子と同い年ぐらいの死んだ息子の姿と重ねてますよね?」
「なっ……」
高橋の顔が驚愕に固まる。そんな彼の表情を見て、ジャキが口角を吊り上げる。
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