転ノ伍
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しんとした静寂の中、松田は本館一階のロビーを歩いている。彼は緊張で顔を強張せながら、周囲に警戒の目を向けている。そんな彼の左隣には、彼と同じように周囲に目を光らせている中村が並んで歩いている。そして、彼の背後には、怯えた様子の高橋と清水が横に並んで歩いている。
「さっきのアナウンスで言ってた"首"ってのは、どこにあるんだか」
松田が正面を向きながら呟く。
「さあ?この紙に場所が示されてるみたいだけど、さっぱり分からないもの」
中村は左手に持つ白紙に目を落とす。松田も彼女のように自身の左手に持つ白紙に目を落とすと、彼の背後にいる高橋と清水が覗き込んでくる。その紙の上部には、こんな黒い文字列が並んでいる。
『 に れた たちが の を った。
そこへ を かせた がやってきた。
たちは っていた の を し すと、
は んで した。
しかし、 は の にまで んでいき、
そのまま まった。 の に の を したまま。』
「ところどころ文字が抜けてる文章っていうのは分かるんだけどな」
松田が紙を見下ろしながら呟くと、中村は静かに頷いた。
「その抜けてる文字が何なのか分かる方法を探さないとね」
「でも、そんなの分かりっこないじゃないか。何のヒントもないんだから」
高橋が不安そうな表情で中村に反論する。それに対し彼女は、紙に向けている目つきを鋭くして、こう答える。
「ヒントがなくても見つけ出すしかない。じゃないと、全員死ぬ」
「うん、そうだね……」
高橋は眉を八の字にしながら、か細い声で答える。中村は彼の態度が気になるものの、別のことに意識を集中させる。
「この紙のことは置いといて、まずは状況を整理しましょう。私たちに科せられた課題は二つ。一つ目は、“首”を納める棺桶を見つけること。これは恐らく、館全体を探索すれば簡単に見つかると思う」
「棺桶は相当大きい。となれば、それを置ける広さがある場所に限られる。ここと同じくらいの広さがある食堂とか……」
松田は正面に目を向ける。その先は別館に続く廊下であり、食堂へと繋がっている。
「そう。そこの可能性が高いと思ってるわ」
「もし無かったら?」
高橋が眉を八の字にして尋ねる。それに対し中村は、こう答える。
「それ以外の候補ならある。ここよりずっと狭いけど、置くには十分な広さがある客室とかね」
「客室?みんなの部屋に置かれてるってことかい?」
「いや、その可能性は低いと思う。だって、この館には使われてない部屋がいくつもあるんだから」
「……そういえば、僕の部屋がある別館には確か、九部屋ほど使われてなかったはず」
「私の部屋がある本館二階にも五部屋ある」
「じゃあ、それらのどこかにある可能性があるってことかい?」
高橋が問うと、中村は彼の目を見て頷いた。
「そうは言っても数が多い。だからまずは、食堂に行って確かめましょう」
「うん、そうだね」
「問題は二つ目。“首”を探さなくちゃいけないけど、棺桶よりも難しいと思うわ」
「わざわざ手掛かりまで与えてるんだ。そこまでしても早々に見つかるわけがないって、ヨミサカの思惑を感じる。親切に見せかけて、内心では俺たちを見下してるんだろうな」
松田は不快感から眉を顰める。
「この意味不明な手掛かりもそうだけど、館を徘徊している“女将”っていうのも関係してるはずだわ」
「ああ。そいつは間違いなく、俺たちの邪魔をしてくるはずだ」
「それって、僕たちを殺すってことだよね?」
高橋の顔が恐怖で引き攣っていく。
「どんな姿をしているのかも分からないし、いつどこで出くわすのかも分からない。僕、怖いよ……」
「高橋さん……」
松田は高橋に憐れむような目を向ける。すると、中村が怯えている高橋に向かって、こう答える。
「正直言うと、私も怖い。だけど、このまま立ち止まってるわけにはいかないの。元の世界に戻って、お母さんに会いたいから」
「中村さん……」
中村の真剣な表情と答えに、高橋は呆然と彼女を見つめる。すると、側で聞いていた松田が笑みを浮かべる。
(生きることに執着がなかった彼女が、ここまで変わるなんてな。俺の選択は、やっぱり間違ってなかったんだ)
「大丈夫ですよ、高橋さん」
松田が優しい口調で話しかけると、高橋は彼に視線を移す。
「今までとは方向性が違うゲームですけど、俺たちならできます。ここまで生き残ってきたんですから」
「松田君……」
「こんなゲームクリアして、さっさと元の世界に帰りましょう」
「……うん、そうだね。ごめん、弱気になってた」
高橋は安心から微笑を浮かべる。松田は彼の笑顔を前に、優しく微笑みかけるのであった。
松田と高橋の間に和やかな空気が流れる中、中村が彼らに向かって口を開く。
「これは時間との勝負よ。食堂に向かいましょう」
「ああ、そうだな」
中村の言葉を受け、松田は正面にある廊下に目を向ける。そして、中村達と共に前へ歩を進めていく。
”女将”という得体のしれない存在と、いつ出くわすのか分からない恐怖。そんな状況の中、松田たちは食堂に足を踏み入れ、探索を始めた。しかし、そこには棺桶らしきものと“首”は見つからなかった。
「ここにはないか……」
食堂の真ん中付近で立ち止まっている中村が残念そうに呟く。
「じゃあ、使われていない部屋の中ってこと?」
中村の横に立つ清水が振り返って尋ねる。
「そうなるわね」
「じゃあ、あの階段を上って確かめに行く?」
清水は右斜め前方にある回り階段を指差す。すると、彼の後ろに立つ高橋が眉を八の字にして、こう呟く。
「あの先に使われてない部屋が五つあるけど、正直怖いなぁ……。上った先に、“女将”がいるかもしれないし」
「あっ、そっか……」
清水の顔が恐怖に染まっていく。しかし、彼らとは対照的に、中村は冷静さを保っている。
「その可能性はあるわ。だから、足音を立てないように慎重に行きましょう。とりあえず、厨房の探索に行ってる松田さんを呼んでくるわ」
中村が右斜め後ろにある厨房に身体を向けようとする。その瞬間、彼女は何かの気配を感じ、階段に視線を戻す。
「……」
中村は無言で階段を睨み続ける。すると、彼女の様子が気になった高橋が声をかける。
「中村さん、どうしたの?」
「しっ」
中村は階段に目を向けたまま、自身の口元の人差し指を添える。意図を理解した高橋は口を噤むも、困惑した表情を浮かべている。
そうして口を閉ざしていると、スリ、スリッと何かが擦れるような小さな音が聞こえてくる。それは一定の間隔で発せられ、足音のように感じる。
「……来る」
中村がそう呟いた瞬間、高橋と清水の顔がさらに強張っていく。その瞬間、彼ら三人の目が大きく見開かれる。
「なっ……」
「えっ……」
高橋に続き、清水が唖然とする。
「あれが"女将"ってわけね……」
中村が苦々しい表情で呟く。
彼女らの視線が捉えているもの。それは、若葉色の着物姿で自動販売機ほどの高さがある市松人形。微笑んでいる顔と首には血が付着していて、胸元が赤く染まっている。そして、その右手には柳刃包丁が握られている。
中村たちが唖然と立ち尽くす中、女将は階段を下り切った。その瞬間、獲物を見つけたように首をぐるりと彼女らに回した。そして、彼女らに歩み寄っていく……。
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