転ノ肆

<佐々木拓也ささき たくや>


 佐々木は広縁にある椅子に座りながら、霧に包まれている景色を見つめる。その表情は険しく、苛立ちが色濃く表れている。

「くそっ、あいつらマジでむかつくぜ……」

 佐々木は口を大きく歪める。そして、左手を口元に持っていくと、親指の爪を嚙み始める。

 ロビーでの一件が脳裏に蘇る。第二ゲームをクリアして向かった先で、佐々木は予想してなかった事態に直面した。


『同じチームだったあの子に、全てのボタンを押させたっていうのは本当ですか』


 高橋からぶつけられた質問。その時の平然とした表情と抑揚のない口調からは、大きな怒りがひしひしと伝わってきた。しかし、佐々木には到底理解できず、苛立ちが募り始める。生き残るために他人を犠牲にして何が悪いのか、そう反論した矢先だった。


『自分が生き残りたいからって、そんなことさせるなんて……』


 そう言ってきたのは、顔を顰めた松田だった。高橋と共に非難してきたことに、佐々木はさらに苛立ちを募らせていく。そうして矛先を変えたところで、また別の人物から非難を受けた。

 

『最っ低』


 そう呟いたのは、不快な表情を浮かべる中村だった。彼女の蔑むような目と一言は、募りに募った怒りを爆発させる決定打となった。

 激情に駆られた佐々木が暴力に出ようとする。しかし、その前にヨミサカに止められ、怒りを晴らせずに悶々とした気持ちだけが残ったのだった。


 一連の出来事を思い返し、佐々木は爪を噛む力を強めていく。

「俺がどんな人生を送ってきたのか知らねぇくせに、好き放題言いやがって」

 そう呟いた途端、噛んでいる親指の爪がパキッと音を立てる。

「他人を蹴落として這い上がっていく人生を送ってきたんだ。間違ってるはずねぇんだよ。何の苦労も知らねぇで、ぬくぬく育ってきたお前らとは違うんだよ」

 佐々木の表情に険しさが増していく。

「偽善者どもが……。全員ぶっ殺してやるよ」

 佐々木が憎らしげに呟く……、その時だった。


 ピンポンパンポン。


『皆さま、長らくお待たせしました。これより、第3ゲームを開始いたします』


 突如として部屋に響くアナウンス。

「この声、ヨミサカか」

 佐々木は怪訝な表情を浮かべながら、上を見上げる。

『皆様、十分な休息は取れましたか?』

「はっ、そんなわけねーだろ」

 佐々木が嘲笑するように呟く。返事が来ないのは分かっているが、口に出さずにはいられなかった。ゲームがいつ始まるのか分からない不安と松田たちに対する怒りが、休息を邪魔し続けたからだ。

『ゲームも残すところ2つとなりました。いやあ、楽しい時間というのは、あっという間に過ぎるものですね』

「ほざいてろ」

『余談はここまでにして、ゲームの説明に入ります』

 その言葉を機に、佐々木の目が鋭くなる。

『これから行うゲームは、"彷徨う亡霊"』

「"彷徨う亡霊"?」

『この館内のどこかに、"首"が隠されています』

「女将の首だ?」

 物騒な単語に、佐々木は眉を顰める。

『それだけじゃありません。首とは別に、ある場所に棺桶が置かれています。皆様には30分以内に首を見つけ出し、棺桶の中に納めてもらいます。そうすれば、ゲームクリアとなります』

「探し物は、あまり得意じゃねぇな」

 佐々木は顰めっ面で大きな溜め息を吐く。

『制限時間までにできなかった場合は、あなたたち全員に死んでもらいます』

「あいつらと仲良く探せってか?冗談じゃねぇ」

 佐々木が大きな舌打ちする。

『館内全体となると、探し出すのは大変です。ですから、生首の在処ありかを示す紙を皆様の部屋のドアの下に挟んでおきました』

「そんなものいつの間に……」

『それを使って、時間内に見つけ出してください。ただし、館内には恐ろしい"女将"が徘徊していますので、ご注意ください』

「女将だ?何なんだ、そいつは」

 佐々木は疑念を抱く。しかし、それに対する答えは来ず、代わりにこんな言葉が来た。

『ルールの説明は以上です。それでは、ゲームスタート。皆様の検討をお祈りします』

「本気で思ってねぇくせに。……とにかく、やるしかねぇ」

 佐々木は気怠そうに椅子から立ち上がると、玄関に向かって行った。




 佐々木が割り当てられた部屋は、本館に隣接している西館の二階にある"松雪草"という名の角部屋。部屋を出た正面には下へ続く階段があり、その先は食堂である。

 佐々木は辺りを警戒しながら、その階段を下りて行く。

「"女将"って奴に、いきなり出会さなきゃいいんだけどな」

 祈るような気持ちで歩を進めていく。得体の知らない存在となれば、恐怖を感じずにはいられない。

 階段を下り切ると、目の前に広々とした食堂が現れる。シーンとした静けさに包まれている中、佐々木は片手に持つ紙に目を下ろす。その上部には、こんな文字が書かれている。


『 に れた たちが  の を った。

 そこへ を かせた がやってきた。

  たちは っていた の を し すと、

  は んで した。

 しかし、  は  の  にまで んでいき、

 そのまま った。 の に の を したまま。』


「これがヒントねぇ。さっぱり分かんねぇよ」

 佐々木は眉を顰め、溜め息を吐く。

「こんなん無くても、地道に探せば見つかるだろ。他の奴らも探して……」

 

 カチャン……。


「あ?」

 佐々木の訝しげな目が左斜め前方に向く。まるで金属性の物が落ちたような音は、彼の視線の先にある厨房から聞こえてきたのだった。

「何なんだ、一体?」

 佐々木は、その場から動かずに厨房の両開きドアを見つめる。そのまま警戒心を高めていると、ドアがゆっくりと開いていく。そうして現れた何かを目にした瞬間、彼は両目を見開く。

「嘘だろ……」

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