承:「情けは人の為ならず」

承ノ壱

 白い霧に覆われ、辺りがほとんど見えない野原。そんな場所に立つ松田たち3人の前に、一軒の旅館が建っている。

 木造の二階屋で、歴史を感じさせるほどである。しかし、そんな場所が死のゲーム会場だとは、松田は半ば信じられずにいる。

「ここでまたゲームが…」 

「ええ、松田様」

 3人の前に立つヨミサカが振り返って答える。そして、彼らに恭しくお辞儀をする。

「我が旅館、"六道館りくどうかん"にようこそ」

「うう…」

 高橋の口から怯える声が漏れる。すると、中村が冷静にヨミサカに尋ねる。

「次のゲームは何?」

「積極的ですね、中村様」

「そんなんじゃない」

「そうですか。次のゲームですが、後に話します。まずは、疲れた身体を癒すために食事と参りましょう」

「…」

 中村は不服そうな顔で黙り込む。ヨミサカは彼女を一瞥いちべつすると、含み笑いと共に話をする。

「ふふふ。では、食堂へご案内いたします。私の後に続いてください」

 そう告げるなり、先に進み始める。松田たちは困惑で遅れを少し取るも、すぐさま後に続く。

 

 館内に入った松田たちは、玄関の左側にあるロビーを通り抜けて行く。そこには、いくつかのテーブル席と窓際に並ぶリクライニングシートがあるも、誰もいない。

 人の姿はおろか、声すら聞こえない。そんな状況に不気味さを感じながら、松田は進んでいく。


 ロビーを抜け、一同は別館に辿り着く。入り口を左に曲がった途端、ヨミサカが振り返って告げる。

「ご足労いただきありがとうございます。あちらが食堂になります」

 ヨミサカが手で前方を指し示す。その先には、透明なガラスのドアで区切られた大きな空間が広がっている。

「では、席へご案内いたします」

 ヨミサカの言葉に、3人は返事を返さない。皆がそのまま黙っている中、松田は警戒心を高めていた。

--これからゲームが行われるかもしれない。あいつは食事だって言ってたけど、何も言わずにやる可能性はある。さっきのゲームでは間違えたら死ぬと言ってなかったしな。

 ヨミサカに対する大きな不信感。それと共に緊張感を抱きながら、食堂へ向かう。


 食堂のドアを開けた途端、香ばしい匂いが松田の鼻を刺す。

 中には、4人が座れるテーブル席がいくつか置かれている。しかし、どの席にも人の姿は見られず、料理の香りだけが漂っている。

 進んでいくにつれ、松田の視界に正面奥のいくつかのテーブルが映る。その瞬間、彼は目を見開いた。

「まじか…」

「他にもプレーヤーたちがいたのね」

 中村が落ち着いた様子で呟く。彼女らの視線の先には、彼らと同じ灰色の衣装を纏った3人の男女が座っている。

 1人目は角のテーブルに座る、髪が短く整えられた眼鏡姿の若い男性。高橋とは対照的に痩身であるも、顔は険しくて近寄りがたい雰囲気を出している。

 2人目は男性の向かいに座る、髪型が黒のツーブロックマッシュの少年。引き締まった身体に小麦色の肌という特徴から、松田は活発的な姿を想像する。しかし、その少年の顔はどこか暗かった。

 3人目は彼らのテーブルの一個前に座る、黒い長髪姿の若い女性。4席あるテーブルに一人だけいる彼女は少年を背後に、右側の窓を眺めている。

 驚きから少し落ち着いた頃、高橋が奥にいる3人を見ながら呟く。

「彼らも僕らと同じプレーヤー?」

「おそらく」

 松田が答えた途端、ヨミサカが振り返って会話に加わる。

「その通りです。彼らもあなた方と同じ、第1ゲームをクリアした者たちです」

「それなら、俺たちの後にも来るってことか?」

 松田が問うと、ヨミサカは含み笑いして答える。

「ふふふ。あなたたちが最後ですよ」

「俺たちが最後?」

「ええ。これで全員です」

「たったの6人だぞ?全員で何人いたんだ?」

「松田様、そう焦らないで。さあ、こちらの席です」

 ヨミサカは立ち止まると、前方斜めにあるテーブルを手で指し示す。そこは、女性1人だけが座っているテーブルの隣だった。

 その場に立ち止まった松田たちに、3人の視線が注がれる。男性は険しい顔で睨むように見て、少年は一目見るとすぐに目を逸らした。そして、女性は興味深げにこちらを見ている。


 ヨミサカに促され、松田たちは腰を下ろす。

 死のゲームの後に食事という流れ。そんな流れに松田は困惑し、落ち着かないでいる。

 皆が口を閉ざし、その場が静寂に包まれる。すると、ヨミサカが静寂を裂くように口を開く。

「皆様、第一ゲームクリアおめでとうございます」

 祝辞を述べ、皆に向かってお辞儀をする。

「すでに質問があったのですが、今回の参加者は16名です。この16名は、同じ日に自殺を図ったのですよ」

 そう告げた途端、その場がざわつき始める。

「同じ日に自殺だって?」

「ええ、松田様。あなた方は2024年6月16日に自殺されたのですよ」

「…」

--この場にいる全員が同じ日に自殺した?こいつの目的は何なんだ…。

 松田は理解が追い付かず、そのまま閉口する。ヨミサカは困惑する彼をよそに、話を続ける。

「私は4人1組のグループを4つに分け、ゲームを行いました」

「…まさか」

 松田の顔が徐々に青ざめていく。それから誰もいない後ろのテーブルに振り返ると、背筋が凍る感覚に襲われる。

「テーブルの人数は、グループごとの生存者…」

「さすがは松田様。そう、あなたの前のグループは全滅したのです」

「うそ…」

 顔が青ざめている高橋が呟く。すると、ヨミサカが角のテーブルに目を向ける。

「そちらは最初のグループで、クリア者は2名。奥の方が佐々木拓也ささき たくや様、手前の方が清水蓮しみず れん様です」

「ふん」

「…」

 眼鏡姿の男性こと佐々木は、不満げに鼻を鳴らした。一方、彼の正面に座る少年こと清水は、何の反応を示すことはなかった。

 2人の紹介が終わり、今度は彼らの前のテーブルに座る女性の番となる。

「そちらの第2グループからは、山本朱莉やまもと あかり様です」

「どうも」

 長い黒髪が特徴的な女性こと山本は、恥ずかしそうに応じる。

 山本の紹介が終わり、彼女の隣テーブルに座る3人の番が回ってきた。

「全滅した第3グループを飛ばして、最後の第4グループからはなんと3名。奥側の左から中村凛なかむら りん様と高橋大輔たかはし だいすけ様。そして、中村様の正面は松田樹まつだ いつき様です」

「…」

「そんなに見ないでくれ…」

 中村は動じないのに対し、高橋は戸惑っている。

 ヨミサカは短い紹介を終えると、両手を叩いて告げる。

「さて、お食事の時間と参りましょう」

「ちょっと待て」

「何でしょう、松田様」

「あんたの目的は何なんだ。なんで俺らをここに?」

 松田は眉間に皺を寄せ、声を低くして尋ねる。その険しい顔と声音には、静かな怒りが込められている。それに対し、ヨミサカは含み笑いして答える。

「ふふふ。自ら命を投げ出した人をどう扱おうが、私の自由じゃないですか」

「何?」

「死にたがってたくせに、死に抗う姿が面白おかしくてたまらない。これが理由じゃダメですか?」

 その答えには、嬉々とした感情が込められていた。それは松田を刺激し、怒りを増幅させる。

「ふざけるな、俺たちはお前のおもちゃじゃない」

「そんなに怒らないでくださいよ。それに、うるさいのは好きじゃないんですよ」

「っ!」

 ヨミサカは声を低くして答えると、松田が怯んだ。その声は冷たく、殺意が込められているように聞こえたからだ。

「皆様、忘れないで下さいね。現世とあの世の狭間に立つ私が、いつでもあなたたちを殺せるということを」

「…っ」

 松田は反論できず、歯を食いしばる。すると、ヨミサカが声音を戻して続ける。

「ゲームは全部で4つあります。全てクリアすれば、元の世界に戻れます」

 そう告げた途端、その場が再びざわつき始める。そして、真面目な口調で続ける。

「人間の考えは簡単に変わるものです。一度死を望んだあなたたちもそうなる。死にたくなければ、勝ち進みなさい」

 その言葉に反応する者はおらず、場が静まり返る。

「では、食事を持って参りますね」

 そう告げると、彼らから離れて行った。しかし、すぐさま足を止め、振り返って告げる。

「ちなみにですが、食事は多めに取った方がいいですよ。この後のためにね…」

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