承ノ弐

 松田たち6人の前に料理が並んでいる。それは会席料理のように、白飯や味噌汁、前菜に煮物、刺身や牛肉の焼き物と種類が豊富である。

 食事が始まった3つのテーブルでは、様々な反応が見られる。

 まず、角のテーブルに座る佐々木は刺身と焼き物、白飯を全て食べると箸を置いた。一方の清水は一口も食べないどころか、箸すら持たずに俯いたままである。

 次に、彼らの一つ前のテーブルに座る山本は、一品食いせずに黙々と食事をしている。

 最後に、彼女の隣のテーブルに座る高橋は山本同様に箸を進め、中村は煮物を食べている。一方の松田は、清水同様に箸を持たず、ただ俯いている。

「…」

「食べないの?」

 高橋が箸を止めて窺う。すると、松田が俯いたまま微笑を浮かべる。

「変ですよね」

「え?」

「食べようって意思がないのに、腹は空腹を訴え続けてる」

 複雑な感情のまま、腹に手を添える。その反応を見た高橋は、寂しげな笑みを浮かべる。

「そうだね。食べる気力が湧かないくらい気分が沈んで、死を選んだ。でも、今はこうして食べてる。あんなことがあって、死にたくないって思い始めてるからかもね」

「俺は…」

 松田は返す言葉が浮かばず、口を噤んだ。そうして黙り込んでいると、箸を右手に取った。焼き物の牛肉へ箸を伸ばし、一切れ掴む。そして口に入れた瞬間、牛肉とタレの旨みが合わさって、目を丸くする。

「…美味い」

 驚いた様子で呟くと、活力を得るように咀嚼していく。それから飲み込むと、今度は白飯に箸を伸ばす。その後には味噌汁や刺身といった他の料理へ箸を伸ばしていく。

 消極的な態度から一転、松田は箸を進めていく。そんな彼を高橋は微笑ましく見つめていた。


 箸を進める中、松田は右隣から視線を感じた。箸を止め、そちらに向くと、優しい笑みを浮かべる山本と目が合った。

「あっ、すみません」

 山本が我に返ったように、慌てて謝罪する。

「僕に何か?」

 松田が不思議そうに問い返すと、山本は困った表情で笑みを浮かべる。

「あなたたちが羨ましいと思ったんです」

「羨ましい?」

 松田は理解できずに問い返す。すると、側で聞いていた高橋が彼女に不思議そうな顔を向ける。

「羨ましいってどういうこと?」

「同じグループの人と話しながら食べてるじゃないですか。うちのグループは、私しかいないから」

「あっ…」

 高橋はハッとした顔をし、口を噤んだ。返す言葉が浮かばない松田も同じ反応をした。

 会話が途切れ、気まずい静寂が訪れる。すると、山本がその静寂を裂くように明るい声を出す。

「すみません、変な空気にしちゃって」

「なんかすみません」

 松田がバツの悪い顔で謝罪する。それに対し、山本は寂しげな笑みを浮かべ、小さなため息を吐いた。

「会ったばかりの人たちに深い情は湧かない。そんな考えは、彼らの死を見て消え去りました。今の私がいるのは、彼らのおかげです」

 山本の弱々しい声は、聞く者へ罪悪感に苦しんでいると感じさせるほどであった。

 松田と高橋の気まずさが大きくなる中、山本はさらに続ける。

「私、彼氏がいたんです。側にいるだけで幸せで、このまま続けばいいのにって思ってました。けど、ちょっとしたことで喧嘩しちゃって、仲直りができないまま、彼は事故で亡くなりました」

「…」

「…」

 突然始まった不幸話に、松田と高橋の顔が曇り始める。一方の中村は、興味を無さげに食事を進めている。

 何か返さないと。そんな焦りと気まずさに耐えかねた松田が口を開く。

「ここに来たのは、彼氏の後を追ってですか?」

「やっぱり分かりますか。それほど好きだったんですよ」

「…」

 松田は悲愴な面持ちの山本を見て、再び口を噤んだ。そしてまた嫌な静寂がやってくる…、その時だった。

「へぇ、本当にそんな奴いたんだな」

 静寂を引き裂く嘲笑の声。その正体は、彼らの後ろで馬鹿にするような顔で見ている佐々木だった。

 一斉に振り返った松田たちの視線を浴びると、佐々木は鼻を鳴らした。

「恋人の後を追って自殺。お涙頂戴の薄っぺらい物語にしかいないもんだと思ってたんでな」

「ひどい…」

 山本が泣きそうな顔を浮かべる。今にも涙が流れ出そうな双眸そうぼうを見て、松田は胸を締め付けられる感覚に襲われる。

「…謝ってください」

「あ?」

 松田の呟きに、佐々木が顔を顰める。すると、松田は彼を睨みつけ、声を大きくして繰り返す。

「謝ってください」

「あ?何なんだ、てめぇは」

 佐々木が不愉快な顔を浮かべ、睨み返す。そして、勢いよく立ち上がって松田に近づいていき、目の前で立ち止まった。

 

 突然に始まった争い。傍観者の高橋はソワソワし、清水と中村は眉一つ動かさずにいる。

 松田は佐々木に睨まれ、顔を引き攣らせる。

--殴られたらどうしよう。なんで、こんなことを…。でも、言わないとダメだ。

 恐怖と後悔に抗う勇気に乗じて答える。

「あなたにとっては下らないかもしれない。でも、彼女はそうじゃないんです」

「松田さん…」

 山本が目を丸くし、感心するように呟く。しかし、佐々木は彼女の反応を見て鼻で笑うと、松田に蔑むような目を向ける。

「そいつの気でも引こうってか?女いなそうだもんな」

「そういうあなたの方が、女っ気がなさそうですけど」

「ふっ」

 口論の最中、誰かが鼻で笑った。その正体は、側で聞いていた中村だった。

 薄ら笑いを浮かべる中村に注目が集まる。そんな中、佐々木は歯を食いしばり、顔を赤くしていく。

「馬鹿にしたな…」

「え?」

「笑ってんじゃねぇぞ、クソ女!」

 松田が呆気に取られていると、佐々木は中村を怒鳴りつけた。憤怒の形相で睨み付けると、山本の空になった皿を掴んだ。そして、中村の頭めがけて振り下ろそうとする。

「っ!」

--まずい!このままじゃ、彼女が!

 危機を悟った松田が咄嗟に中村の前へ出た。そんな彼女は目を丸くし、彼の背中を見つめている。

 このままでは自分が怪我する。それに、彼女を庇う理由なんてない。松田はそれらが分かっていても、引くつもりはなかった。ただ、身体が動いていたとしか言いようがなかった。

「っ!」

 両目を強く瞑り、殴られる時を震えながら待つ。しかし、その時が訪れることはなく、代わりに別のものがやってきた。

「そこまでです」

 緊迫した空気を裂く声。その正体は、佐々木の横に立つヨミサカだった。彼は当たる直前、佐々木の手首を掴んで阻止していたのだ。

「お前…」

「乱暴はいけませんよ、佐々木様」

 睨みつける佐々木に、ヨミサカはおどけた声でたしなめる。

「お皿を凶器に使うなんて、マナーがなってませんねぇ」

「うるせぇ!」

 佐々木は声を荒らげ、手を振り解こうとする。しかし、ヨミサカが握る手に力を込めて阻止した。

「ぐっ!」

 佐々木は顔を歪め、呻き声を上げる。ヨミサカは折るくらいの力で握りしめながら、冷たく言い放つ。

「言いましたよね?うるさいのは好きじゃないって。ゲーム前に消しますよ?」

「っ!」

 佐々木の顔に動揺が走る。ヨミサカの言葉と仮面から覗く視線から、冷たさと殺意が伝わってきたからだ。

 佐々木は歯を食いしばり、俯き始める。抵抗する気力が失せたと見たヨミサカは、彼の手首から手を離した。

 緊迫した空気が消えた。そう感じた松田が安堵のため息を吐く。

「はあ…」

「ねぇ」

 中村が平然とした顔で呼びかける。

「何?」

「あんた、バカね。庇ってなんて言ってないのに」

「えっ」

 中村の冷たい一言に、松田は呆気に取られる。そんな中、山本は眉根を寄せながら彼女を見ていた。


 争いが収まってから程なくして、ヨミサカが皆に告げる。

「食事中に失礼します。今から部屋の鍵をお配りします」

「鍵?」

 高橋が不思議そうに呟く。ヨミサカは作務衣さむえのポケットに手を入れると、ジャラジャラと音を立てながら6つの鍵を取り出した。それらには、赤くて透明なルームキーホルダーが取り付けられている。

「これらのキーホルダーには、部屋の名前が刻まれています。ちなみに、名前は全て花となっています。場所ですが、フロントにある地図をお確かめください」

 ヨミサカはそう告げると、鍵を配り始めた。

 松田は鍵を受け取ると、ルームキーホルダーに注目する。そこには、"彼岸花の間"と白く刻まれている。

「では、皆様。お食事が済みましたら、ゲームまでの間、おくつろぎください」

 ヨミサカがそう告げた途端、皆の表情が強張った。その場に緊張感が走る中、彼は揶揄う《からか》ように含み笑いをする。

「ふふふ。最初にもお伝えしましたが、食事は多く取ったほうがいいですよ。それでは」

 意味深に告げると、その場から去って行った。




 食事の時間を過ぎた食堂は、静寂に包まれていた。その場に佇むヨミサカは、片付けられていない3つのテーブルを興味深げに見つめる。

--完食したのは3人か。高橋様と山本様に松田様、思ったより多かったな。それに比べて、佐々木様と中村様はほとんど手付かず。清水様に至っては、一口も食べていない。まあ、大抵は食欲を無くしてほとんど食べないから仕方あるまい。

「ふふふ…」

 ヨミサカが不敵に笑い始める。その声は嬉々としているように明るかった。

「さて、第二ゲームの始まりだ」

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