承ノ拾

松田樹まつだ いつき


 第2ゲームを終えた松田は、中村と共に階段を降りている。

「ロビーに向かえって言われたけど、何があるんだろう」

「ゲームじゃなきゃいいけど」

「えっ」

 松田は思わず足を止め、顔を左に向ける。隣で足を止めている中村と目が合うと、強張った表情で反論する。

「まさか、そんなすぐゲームなんて」

「あいつならやりかねないと思うけど。あんな悪趣味なゲームを2つも考えてるんだもの」

「ヨミサカ…。確かに、あいつならあり得るかも」

 松田は苦笑いを浮かべる。すると、中村が真剣な表情でこう答える。

「でも、あんたなら大丈夫だと思うけど」

「え?」

「頼りなさそうに見えて、意外と頭が切れるし勇敢」

「ええっと‥」

 松田は急な誉め言葉を受け、困惑する。

「急にどうしたの?」

「それに、イカれてる」

「えっ」

--あれ?急にディスり?

「出会ったばかりの他人を助けるために、自分の身体を傷つけるんだから」

「それは、そういうゲームだったから…」

「あんたがそういう人だから、私や高橋さんは今ここにいる」

 中村はそう言うと、松田に微笑みかける。

「だから、あんたは大丈夫だと思う」

「中村さん…。ありがとう、励みになるよ」

 松田の表情に浮かんでいた困惑は、笑みに塗り替えられたのだった。


 一階に降りた松田たちは、右側の通路を進んで行く。そこを抜けると、いくつかのテーブル席やリクライニングチェアが並ぶロビーへ出た。

「あいつはいないよな?」

 松田は目を細めながら、左右を見渡していく。

「ヨミサカの姿はないね。もしかしたら、さっきと同じで別の奴が出てくるのかも」

 中村が平然とした顔で答える。すると、松田は苦笑いを浮かべながらこう答える。

「ははは、もう何が出てきても驚かない自信があるよ」

「ふっ、確かに。…あ」

「あれって」

 松田たちは突然、目を丸くする。彼らの視線の先は、正面奥の通路にいる男。こちらに俯きながら向かってくる姿に見覚えがある、二人がそう感じた時だった。

「あっ、松田君。それに中村さんも」

 男は目を丸くして、その場に立ち止まる。その直後、彼の驚きに満ちた表情が明るい笑顔に変わっていく。

「高橋さん!」

 松田もまた、明るい笑みを浮かべる。そして、高橋の下に駆け足で向かっていく。それに対し高橋は、ゆったりとした足取りで松田に近づいていく。

 彼らは互いの目の前に達すると、足を止めて見つめ合う。

「二人ともゲームをクリアしたんだ。良かった〜」

「僕もです。高橋さんとまた会えて嬉しいです」

「止めてよ、照れるじゃないか」

 高橋がそう言うと、松田はくすりと笑う。

「高橋さんは、誰とペアだったんですか?」

「ああ、それはね」

「へぇ、あの子なんだ」

 遅れてやってきた中村が左を向きながら呟く。

「あの子?」

 松田が中村の視線を追う。すると、遠くのテーブル席に一人で座っている清水の姿を捉える。

 清水は警戒しているのか、少し険しい表情で松田と中村を見つめている。

「警戒されてるみたいですね」

「そんなことないよ、松田君。ただ緊張してるだけだと思う」

 高橋は微笑みながら答えると、清水に向かって手を振り始める。

「蓮くーん、このお兄ちゃんとお姉ちゃんは、君が思うような悪い人じゃないよー」

 高橋が少し声を張り上げて呼びかける。

「…ほんと?」

 清水は不安そうに呟く。か細い声であったために、聞こえていない3人は彼の反応を伺っている。

「…」

--おじさんが笑顔で接してる人なら、大丈夫だよね…。

 不安が拭いきれないものの、清水は腰を上げる。そして、松田たちの下に歩き出す…、その時だった。

「あっ…」

 清水が突然、足を止める。顔を強張らせて立ち止まっている様は、松田たちに疑問を抱かせる。

「急にどうしたんだろ」

 松田が首を傾げる。すると、背後から足音が聞こえ、後ろに振り返る。その直後、彼は目を見開き、背筋が凍る感覚に襲われる。

「や、山本さん…」

「松田さーん!ご無事だったんですね!」

 山本が明るい声でそう呼びかけると、小走りで近づいてくる。屈託のない笑みを浮かべる彼女の背後には、顰めっ面の佐々木がいる。

 松田の目の前までやってきた山本は、目を輝かせながら彼を見つめる。

「良かったぁ。松田さんも無事にクリアされたんですね」

「ええ、まあ…」

--参ったな。この人苦手だし、なんだか怖いんだよな。

 松田の顔に引き攣った笑みを浮かぶ。

「私、ゲームの間ずーっと松田さんのことが心配だったんです」

「そうなんですね…」

「けど、今こうして再会できて嬉しいです」

 山本は頬を赤らめると、松田の身体に両腕を回して抱きしめた。その瞬間、辺りがざわつき始める。

「ちょっ、いきなり何を…」

「ふふふ、別にいいじゃないですか」

 狼狽する松田を揶揄うように、山本は妖艶な笑みを浮かべる。

 周りの人たちが唖然としている中、松田は恥ずかしさと困惑で気持ちが落ち着かないでいる。山本に抱きしめられたまま顔を赤くしていると、中村が険しい表情で山本の肩を掴む。 

「ちょっとあんた。さっきから馴れ馴れしいし、非常識じゃない」

「は?」

 山本が中村を睨みつける。その目は冷たく、憎悪が込められているように見え、松田は思わずゾッとする。

「あなたには関係ないじゃないですか。首突っ込まないでください」

「人前でそんなことするなんて、非常識だと思わないの?今時のカップルでも思ってるわよ」

「…邪魔しないでくださいよ」

 山本が低い声で答えると、雰囲気が一変する。怒りと敵意に満ちた雰囲気であるも、中村は怯むことなく続ける。

「何が邪魔よ。私はただ注意してるだけでしょ」

「二人とも、落ち着いてって」

 松田が慌てて仲裁に入る。中村と山本が睨み合う中、彼は苦笑いを浮かべながら宥める。そんな時、彼の側にいる高橋が佐々木を呼びかける。

「佐々木さん」

「あ?」

「あなたに聞きたいことがあります」

 そう話す高橋の表情は、静かな怒りを孕んでいるように険しい。

「なんだよ、その目。喧嘩売ってんのか」

「第一ゲームのこと、蓮君から全て聞きました」

「あ?」

「同じチームだったあの子に、全てのボタンを押させたっていうのは本当ですか」

 高橋の問いに、佐々木は目を見開く。そして、辺りにいる者たちの関心を引く。

 騒がしかったその場が一気に静寂に包まれる。皆が佐々木に注目する中、彼は口角を吊り上げる。

「それの何が悪いんだよ」

 佐々木は悪びれる様子なく答える。悪意に満ちた笑みを浮かべる彼に対し、高橋は表情をさらに険しくする。

「自分が生き残るために他人を利用することの何が悪いんだ?あのガキは感電死した奴らを見ても、死にたくない気持ちにならなかった。俺はあいつとは違う。生きる気のねぇ奴がいくしかねぇだろ?」

「この下衆が…」

「なんだ、おっさん。そういうあんたは、どうだっただよ?」

「何?」

「あんたは一回でも自分でボタンを押したのかよ?」

「それは…」

 高橋の表情が曇り始める。その変化を見た佐々木は彼を嘲り《あざけ》笑う。

「言い返せねぇってことは、認めたようなもんだよな?」

「…っ」

「そんな奴が俺を非難する資格があるのかなぁ?自分のことを棚に上げて若い奴を叱る。老害だよ、あんたは」

「うっ…」

「さっきから言い過ぎですよ、佐々木さん」

 松田は二人の口論に入り込む。顔が徐々に暗くなっていく高橋を見ていられなかったからだ。

「またお前か。しつこいんだよ」

「自分が生き残りたいからって、そんなことさせるなんて…」

「なんだ?こいつがまだ下の毛も生えていないガキだからいけねぇってわけか?」

「なんてことを」

「最っ低」

 松田が唖然としていると、中村が不快な表情で呟く。すると、佐々木の鋭い眼光が中村に向く。

「またてめぇか。ほんとに俺をイラつかせる女だな」

「あんたが最低なのが悪いんでしょ。皿を凶器に使おうとしたり、あんたの代わりにボタンを押し続けた子を見下したりとね」

「ぶっ殺してやる…」

 佐々木は怒りの頂点に達し、両手を強く握り締める。そして、憤怒の形相で中村に近づいていく。

--まずい!

 危機を察知した松田が中村の前に出ようとする。しかし、彼よりも先に仮面姿の男が現れる。

「そこまでです」

「ヨミサカ…」

 松田が呆然と彼を見つめる。すると、ヨミサカはその場に全員に目を配りながら、ため息を吐く。

「来て早々になんです?この私にまた仲裁させるなんて。本当に消しますよ?」

 そう告げるヨミサカの声は低く、松田たちに威圧感を与える。それにより皆が怯んでいる中、ヨミサカは仮面越しに佐々木を睨む。

「特に佐々木さん。これで2回目ですよ?我慢というものを覚えなさい」

「なんで俺がそんなこと!」

 佐々木は怯むことなく反論する。すると、ヨミサカは彼の肩に手を置き、見下ろしながら告げる。

「お願いしますよ…、ね?」

「うっ…」

 佐々木はヨミサカの気迫に呑まれ、口を閉ざす。そして、苦々しい顔でそっぽを向き始める。

「ふふふ、その調子でお願いしますね。ゲームの途中で抹消してしまうのは、もったいないですから」

 ヨミサカは一転して優しい口調で話す。しかし、佐々木の顔は、ますます強張るばかりである。

「さて、お説教はここまでです」

 ヨミサカはそう告げると、後ろに振り返って松田たちに目を向けていく。

「皆様、第2ゲームクリアおめでとうございます。これで残るゲームは2つになりました。いやぁ、まさか全員クリアするとは思いもしませんでした。片方だけ、もしくは両方ともいないのがほとんどですから」

「悪趣味な」

 松田が顔を顰めて呟くと、ヨミサカが微笑する。

「そんなこと言わないでくださいよ。人のために血を流せるかを、私は問うてるだけなんですから」

「…っ」

「松田さん、睨むのはよしてください。さて、皆様お疲れ様でしょう。第3ゲームが始まるまで、ゆっくりお休みください」

「また突然始まるのか?」

 松田が不満顔で尋ねる。

「ええ。その時をお楽しみにしててください。先にお伝えしますが、1

 ヨミサカの言葉に、辺りが騒然とする。

「そんなに怖がらなくて大丈夫です。自分がそうならないように命懸けでやればいいだけですから」

「そんな簡単に…!」

「文句ばかり言わず頑張りなさい、松田さん」

「っ!」

「皆様に伝えたいことは以上です。それでは」

 ヨミサカがそう告げた途端、全身が煙のようになっていく。その場にいる全員が呆気に取られていると、ヨミサカの身体は消えていった…。

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