転:「困難への選択は“逃げ”のみならず」

転ノ壱

松田樹まつだ いつき


 ヨミサカがロビーから姿を消した後、松田たち6人はその場を去って行った。

 松田はそのまま部屋に戻ると、寝室のベッドへダイブした。ベッドの程よい柔らかさと弾力にしばらく癒された後、仰向けになって天井を見つめる。

「ゲームはあと2つか。その2つをクリアすれば、元の世界に帰れる。でも…」


『先にお伝えしますが、次のゲームでは死人が1人は出るでしょうね』


 ヨミサカの言葉を思い出し、松田は表情を曇らせる。

「あいつがわざわざ言うってことは、相当なものなのか?くそっ、そんなん言われて落ち着けるか。それに、いつ始まるのかも分からないし」

 膨れ上がっていく不安と苛立ちに心を蝕まれていく。しかし、それ以上に疲労感の方が勝っており、まぶたが徐々に重くなっていくのを感じる。

「さすがに疲れたな。今のうちに休んでおかないと…」

 松田は言い聞かせるように呟くと、瞼をゆっくりと閉じる。口を閉じてじっとしていると、あっという間に深い眠りへと落ちていった。




<ヨミサカ>


 松田が寝始めた頃、ヨミサカは本館2階の一室にいた。“菫の間”という部屋にて、広縁にある椅子に座りながら煙管きせるを吹かしている。目の前のローテーブルには、いつも付けている赤い仮面が置かれている。

「もう第3ゲームか。楽しい時というのは、あっという間に過ぎるものだな」

 吐き出した紫煙が消えていくのを見つめながら呟く。

「久しぶりに面白い参加者たちが来た。お前らもそう思わないか?」

 ヨミサカは右に顔を向ける。同意を求めるように向けた先は、和室の座卓を囲うようにして座る3体の異形。身体は人だが、頭が蚊・蛇・蛭とそれぞれ違った容姿のそれらは、第2ゲームで進行役を担った者達である。

「同感だぜ、旦那」

 頭が蚊であるヨウキが声を弾ませる。

「私もです、ヨミサカ様」

 頭が蛇であるジャキも声を弾ませて答える。

「僕も」

 頭が蛭であるシツキは、2人とは対照的に落ち着いている。

「そうか。それは良かった」

 ヨミサカが口角を吊り上げる。

「面白かったなぁ、樹ちゃん。大抵の奴が怯え、泣き叫ぶゲームだっていうのに、俺に笑みを向けたんだぜ」

「笑み?」

 ヨウキが楽しげに話す中、ヨミサカが首を傾げる。

「クリアさえすれば、どんな傷も治るし死ぬこともない。それが分かったからだよ」

「ほう」

「にしても、笑顔を浮かべるなんざ相当イカレテるぜ。旦那が一目置くだけあるよ」

「ふふっ、さすがは松田さん」

 ヨミサカは嬉しさから含み笑いをする。すると、ヨウキの左隣で話を聞いていたジャキが口を開く。

「私のところも中々でしたよ」

「あの高橋さんがね。予想外だったよ」

「あなたがおっしゃってた通りの臆病者で、開始からしばらくは怯えてるだけでした。泣き叫びながら血を流していく様を見られないのかと、私はとても不安でした」

「そんな人間がどうしてクリアできたんだろうな」

「…どうしてでしょうね」

 ジャキは間を置き、平然とした様子で答える。「ゲーム中に参加者の過去を話すな」、ヨミサカにそう言われていたことを隠すように。

「亡くなった息子を思い出し、同い年の清水さんを見捨てられなかったのでしょう。息子を助けられなかった悔しさが強く後押ししたんです。左手首を切断させるほどにね」

「手首切断ってマジかよ!?そいつはすげぇな!」

 ヨウキがゲラゲラと笑い始める。一方のヨミサカは感慨深そうに唸る。

「一生の悔しさが臆病者を勇者に変える。ふっ、人間というのは面白いものだな。シツキ、お前のところも中々だったろ?」

「うん。あの佐々木って男は終始うるさくて面白くなかったけど、山本って女は最初から面白かったよ。だって、1

 ジャキの左隣に座るシツキが淡々と答える。ジャキとヨウキが驚きで息を呑む中、シツキはさらに続ける。

「最初っからできる人間なんて、そうそういない。ヨミサカさんが話してた通り、頭のねじが飛んでる女だったよ」

「そうだろ?そんな彼女がクリアするのは想定内だ。そういう人間こそ、ゲームで生き残りやすいのさ」

 ヨミサカはそう答えると、椅子から腰を上げる。そして、ヨウキたちを見下ろしながら,

こう告げる。

「各々ご苦労だった。そして、楽しんでもらえてよかったよ」

「礼を言うのは俺らの方だぜ、旦那」

 ヨウキがそう答えると、ジャキやシツキが頭を小さく下げる。

「第2ゲームで死者が出なかった。これは、かなり珍しいことだ。だが、次のゲームはそうはいくまい」

「一人も死ななかったなんて未だにないよな、旦那?」

「ああ。何人生き残り、誰が死ぬのか見物だな」

 ヨミサカはそう言うと、不敵な笑みを浮かべるのであった。

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