転ノ弐

松田樹まつだ いつき


「…っ」 

 深い眠りから覚め、瞼をゆっくりと開く。

「…どのくらい寝てたんだろ」

 寝ぼけた目で一点を見つめる。そのままぼんやりとしていると、脳裏にゲームのことが過って息を呑む。

「まさか、もう第3ゲームが!?」

 一瞬で目が覚め、慌てて上半身を起こす。ベッドから立ち上がって寝室を出ると、隣室の和室を急ぎ足で通っていく。

--隣部屋の蓮君に聞きに行かないと!

 焦燥感に駆られながら、和室のドアを荒々しく開ける。そうして玄関に出ると、ドアまで一直線に向かって行く。すると、ドアの向こうから“コンコン”とノックする音が聞こえ、松田は足を止める。

「…誰だ」

 松田は訝しげな目でドアを見つめる。

--ヨミサカがゲーム開始を告げに来たのか?いや、今まで館内放送だったから、それはない。だとしたら、ヨウキみたいなバケモノが…?

「松田さん、中にいる?」

「…中村さん?」

 予想外の人物に驚き、松田は遅れて反応する。突然のことに動揺しながらドアを半開きにすると、上目遣いの中村と目が合う。

「おっす」

「中村さん、どうして俺の部屋に?…そうだ、ゲームはもう始まってるのか!?」

 松田が切羽詰まった顔で尋ねる。

「いきなり何?ゲームはまだ始まってないけど…」

 中村が困惑しながら答える。すると、松田は彼女とは対照的に安堵の笑みを浮かべる。

「そうか、それは良かった。ありがとう」

「なんでそんなことを?」

「いや、今さっきまで寝てたもんだから、その間にゲームが始まってたんじゃないかって思うとゾッとして」

「ああ、そういうこと。てか、こんな状況でよく寝れるね。あんたって見かけによらず、本当に肝が据わってるよね」

「そうかな?ははは…」

 呆れた様子の中村に対し、松田は苦笑いを浮かべる。

「ところで、なんで俺の部屋に?」

「それは…」

 中村はそう言い淀むと、目線をドアの陰に向ける。彼女の様子に松田が首を傾げていると、ドアの陰から誰かの顔が現れた。

「うわっ!?…た、高橋さん?」

「やあ、驚いた?」

 ひどく驚いている松田に対し、高橋は明るい笑みを浮かべている。一方の中村は、もの言いたげな目で高橋を後ろから見つめている。

「気を悪くしちゃったのならごめんね。でも、こうでもしないと心が押し潰されそうで」

「気を悪くしたなんて、とんでもないです。確かに、少しでも明るい気持ちでいた方がいいですよね」

「ありがとう、松田君。君の部屋に来たのはね、一緒におしゃべりしようと思ったからなんだ」

「おしゃべり?」

「うん。ゲームが始まるまでの間、一人で待つのが不安だし寂しくてさ。僕のわがままで申し訳ないけど、少しだけでも…ね」

「…」

 困ったように笑う高橋を前に、松田は口を噤む。

「そういうわけでね、中村さんに来てもらったんだ」

 高橋は後ろにいる中村と目を合わせる。すると、中村は恥ずかしそうに目線を反らして、こう答える。

「私は寂しいわけじゃないから。ただの退屈しのぎよ。まあ、この子は違うみたいだけど」

 中村がそう答えると、ドアの陰から少年が現れる。

「清水君…」

「こんにちは」

 清水は驚いた様子の松田に上目遣いで挨拶する。挨拶を受けた松田は落ち着きを取り戻すと、彼に優しく微笑む。

「こんにちは。こうやって話すのは初めてだね」

「うん…。あの、松田さん」

 清水が恥ずかしさからか俯き始める。そのまま黙り込んでからしばらくすると、意を決したように顔を上げる。

「ロビーでのことだけど…」

「ん?」

 松田が不思議そうに首を傾げる。

「僕のために、怒ってくれてありがとう」

「…ああ、あの時のことか」

 きょとんとした松田が口角を上げる。

「礼を言われるほどのことじゃないけど、どういたしまして」

 松田がそう答えると、清水は小さく微笑んだ。それから彼は、後ろにいる中村に目を向ける。

「中村さんもありがとう」

「さっきも聞いた。ここで立ち話もなんだし、中に入れてちょうだい」

「そうだね。さあ、どうぞ」

 松田は半開きのドアをさらに大きく開ける。そうして中村たち3人は、彼の部屋に入って行く。 

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