転ノ拾壱

<中村凛なかむら りん>

第三ゲーム「彷徨う《さまよ》亡霊」

残り時間:18分


 本館二階の角部屋である“すみれの間”に置かれた木の箱型棺。蓋が取り除かれたその棺の中には、死装束姿の首がない細身の女性が納められている。

 中村は棺の側面に立って死体を見下ろす。重々しい表情を浮かべている彼女の左隣には、怯えた表情の高橋と顔を少し引き攣らせている清水が並んでいる。

「ここに首を納めるってことで間違いないね」

「そう、みたいだね……」

 中村が落ち着いた声で呟くのに対し、高橋は今にも泣き出しそうな声で反応する。

「死体を見るのは初めてじゃないけど、まだ見慣れないもんだよ……」

「そうね。普段はしょっちゅう見るもんじゃないからね」

 中村は死体を見下ろしたまま、フッと笑う。

「死体の話はともかく、これで課題を一つクリアした。あとは、肝心の“首”を探さないとね」

「でも、意味不明な文がヒントなんてどうしようもないよ」

 清水は困り顔で中村に目を向ける。中村は彼と目が合うなり、ため息を吐いてこう続ける。

「確かにそうね。でも、そこに何かが隠されているのは間違いない」

「何かって?」

 清水が困り顔のまま首を傾げる。

「それはまだ分かんない。探しながらでも考えるしかないわ」

 中村がそう答えると、清水は肩をだらんと落とす。それから三人は、何も発しなくなった。


 室内を静寂が包み込んでいく。打開策が見い出せない困惑から転じた静寂が中村たちの不安をあおる。そんな状況の中、中村は思考を巡らせる。

――手がかりがはっきりとしてないままだけど、このままじゃ時間切れでゲームオーバーは確実。それに、別館に残ったままの松田さんの安否が気になる……。

「……本当はみんな一緒の方がいいけど、しょうがないわね」

「え?」

 中村がボソッと呟いたのを、高橋は聞き逃さなかった。

「中村さん、どうしたの?」

「高橋さん、蓮君。悪いけど、ここからは手分けして探しましょう」

「……え?」

 そう戸惑いの声を上げたのは、清水だった。一方での高橋は、ただ息を呑んで彼女を見つめる。

「手分けって……、みんなバラバラになるってこと?」

「ううん。君は高橋さんと一緒に行動するの」

「じゃあ、お姉さんは?」

「私は一人で別館に行く」

「そんな!あんなバケモノがうろついているのに、お姉さん一人じゃ危ないよ!」

 清水が声を大きくして抗議する。すると、中村は彼に優しく微笑んで、こう呟く。

「心配してくれてありがとうね。正直に言うと、とても怖い」

「でしょ?だったら……」

「でも、早く見つけないと、みんな死んじゃうの」

「そうだけど……」

「それに、松田さんのことが気になるし」

「でも……」

 清水が不服そうに目を伏せる。すると、そばで話を聞いていた高橋が口を開く。

「分かった」

「おじさん!」

 清水が高橋に視線を移す。清水から非難するような目つきを向けられるも、高橋は彼の肩に手を置いて優しく微笑みかける。そして、その場に片膝を突き、清水と目線を同じにして、こう語りかける。

「大丈夫。中村さんなら無事に戻ってくるさ。彼女は僕の命を救ってくれたんだからね」

「でも……」

「約束したじゃないか、蓮君。誰一人欠けることなく、元の世界に帰るって」

「……うん、分かった」

 清水は悲痛な表情でゆっくりと頷いてみせた。高橋は彼の反応を見るなり、頭を優しく何回か撫でると、中村に視線を移す。

「蓮君だけじゃなくて、僕まで気遣ってくれたんだね。ありがとう」

「別に。私は一人でも平気なだけ」

「ははは、正直じゃないね。じゃあ、僕たちはもう一度本館を探してみるよ」

「ええ、よろしく。あたしが探しに行っている間に見つけてくれると嬉しいな」

「ああ、分かった」

 高橋は笑顔ではっきりと答える。その表情と声音は、前向きな強い意志を表しているように見える。しかし、中村はその笑顔が若干引き攣っているのに気づき、痛ましさを感じる。

「……じゃあ、行ってくる」

「どうか無事で」

「お姉さん、約束だよ」

 清水が切ない表情で中村に訴えかける。それに対し彼女は、小さく微笑む。

「うん、約束」

 中村はそう答えると、二人に見送られながら和室を出て行った。




 不気味な雰囲気と静寂に包まれている本館一階のロビー。そこに一人でいる中村は緊張感を抱きながら、辺りに警戒の目を向けていく。

 真正面に見える薄暗い廊下。その先にある別館へ向かう中村は、憂いを帯びた表情をしている。

——殺されたなんてことないよね?まだ生きてるよね?

 一抹の不安が心を蝕み、進む足を止める。しかし、中村はそれに屈することなく、気持ちを切り替える。

——あいつは、そんなんで死ぬような男じゃない。最初は頼りなかったけど、咄嗟の機転と度胸でゲームをクリアしてきたんだ。それに、死にたがった私を救ってんだから。

 前向きな気持ちを抱くと共に、表情を引き締める。そうして前へ進み出そうとする、その時だった。

 耳を澄ましてみると、背後から小さな物音が聞こえる。

——まさか、女将?

 背筋が凍る感覚に襲われながら、バッと後ろに振り返る。しかし、目に飛び込んできたのは"女将"ではなかった。口を大きく開けて笑いながら、右手の包丁を振り下ろそうとする山本だった。

「なっ!?」

 中村は驚きながらも、咄嗟に後ろに下がる。それにより、眼前まで迫っていた包丁は空を切り、彼女は難を逃れる。

 中村は心臓が早鐘を打つのを感じながら、目の前に立つ山本を睨み付ける。

「いきなり何すんのよ!」

「あーあ、せっかくのチャンスだったのに。私ってついてないなぁ」

 山本は質問に答えることなく、独り言を呟く。それから中村と目を合わせると、包丁の刃先を彼女に向ける。

「でも大丈夫。私たちの幸せのために、必ずやり遂げますから」

「……っ」

 中村は背筋が凍る感覚に襲われる。山本が向ける笑みと視線から、並ならぬ狂気を感じ取ったからだ……。

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「生への渇望」 マツシタ コウキ @sarubobo6

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