転ノ拾

<佐々木拓也ささき たくや>

第二ゲーム「自由へのさかずき

残り時間:7分


 自身の首にドスの刃を当てながら、妖艶な笑みを浮かべる山本。そんな彼女の姿に、佐々木は慄然とする。

「てめぇ、今なんて言った?」 

「"中村凛を殺す"と言ったんですけど、聞こえませんでした?」

「そういう意味じゃねぇ!自分が何言ってんのか分かってんのか!?」

 佐々木は困惑と恐怖から声を荒げる。しかし、山本は怯むことなく、不思議そうに首を傾げる。

「だって、あの女は松田さんにとって邪魔な存在ですから」

「邪魔な存在?」

「ええ。第一ゲームが終わって食堂にみんなが集まった時、あなたはあの女を殴ろうとした」

「……それが何だよ?」

 佐々木が顔を顰めながら呟く。

「その時、松田さんが彼女を庇いましたよね?松田さんに助けてもらったというのに、感謝どころか冷たい態度を取ったんですよ、あの女は……」

 そう話す山本の顔が徐々に歪んでいく。

「ひどい女ですよ、全く。それで腹が立った私は、松田さんに直接聞きに行ったんです。『彼女が邪魔ですか?』って」

「……」

「返事はなかったですけど、とても答えづらそうでした。そこで私は確信しました。彼女は松田さんを困らせている。これ以上苦しまないように、排除するしかないと」

 山本はそう答えると、不気味に笑い始める。その狂気じみた笑みは、眼前の佐々木に恐怖を与え、顔を強張らせる。

「そんな理由で、あいつを殺すってのか?」

「だって、好きな人が苦しむ姿なんて見たくないでしょ?」

「……っ」

 笑顔で答える山本に対し、佐々木は息を呑むしかなかった。返す言葉もないまま口を噤んでいた彼だったが、ある疑問が頭を過って、そのまま口から出てくる。

「……何であいつなんだ?」

「はい?」

「あの男、松田をそんなに気に入っている理由は何なんだ」

「理由、ですか。佐々木さん、私が話したこと覚えてます?」

「何?」

「私が自殺した理由、ですよ」

「自殺した理由……?」

「あれ、覚えてないんですか?食堂で松田さんに話してたら、あなたがくだらないって鼻で笑ったじゃないですか」

「……ああ、あのことか。あの時は悪かったな」

 佐々木は山本から目を逸らしながら謝罪する。それに対し山本は、意外であるかのように目を丸くしている。

「何だ、ちゃんと謝れるじゃないですか。よくできました」

 山本は柔らかい声でそう言うと、胸の前で小さな拍手をした。まるで園児をあやすような声音と態度を受けた佐々木は、何も言わず奥歯を噛みしめるだけである。

「あなたに貶されて、嫌な思いをしました。でも、そのおかげで松田さんの優しくて勇ましい姿を見られた」

 山本の顔に恍惚な表情が浮かび上がる。

「松田さん、前の彼氏にそっくりなんです。その人は人生初の彼氏でした」

 山本はそう切り出すと、少し寂しそうに笑った。

「彼とは新卒で入った会社で出会いました。私より二年先輩で、私の教育係でした。優しく丁寧に接してくれて、私が大きなミスをしちゃって他の上司に怒られた時には、一緒に怒るどころか庇ってくれました。『自分の指導不足だから、彼女をそんなに責めないでくれ』ってね」

「……」

「彼の優しさに触れていくうちに、私は彼のことが好きになっていました。振られるかもって不安はありましたけど、勇気を出して告白しました。そしたらね、彼は快く受け入れてくれたんです。私は嬉しさのあまり、彼に抱きついていました。……ああ、あの時の彼の喜んでる顔、思い出すだけでも幸せな気持ちになるなぁ」

「……」

 山本が嬉々として話し続ける中、佐々木は黙って聞き続ける。

「それからは毎日が幸せでした。彼と行く場所はどこでも楽しかったし、一緒に食べるご飯はどれも美味しかった。何より、彼が私に向ける笑顔が最高でした。……ですが、そんな生活が始まって三ヶ月近く経った頃です。彼が深刻な表情で、ある悩みを私に打ち明けてきました」

「悩み?」

「ええ。別の支店からやってきた上司と上手くいっていない、と。何でもその人は、自分のミスを部下に押し付けたり、意見すると聞き入れるどころか怒ったりとパラハラ気質な人だったそうです」

「……」

「彼から話を聞いた私は、とても腹が立ちました。大好きな彼氏を困らせている。いてもたってもいられなくなった私は、

「は?」

 佐々木は最後の言葉に驚き、目を見開く。

「"消す"って、どういう……」

「そのままの意味です。帰宅途中の彼を尾行して、街中にある階段から突き落としました」

 山本は平然とした様子でそう答える。

「突き落としただと……?」

 佐々木が信じられないとでもいった表情を浮かべる。

「そいつ、死んだのか?」

「ええ、願った通りにね」

「なっ……」

「その人が死んでから、彼氏は普段の明るさを取り戻しました。それを見て私は、『ああ、やってよかった』って心から思いました」

「っ!」

 佐々木は背筋が凍る感覚に襲われる。笑顔で殺人を告白する山本の姿が恐ろしく感じたからだ。

「嬉しかった私は、思い切って彼に話しました。きっと彼も喜んでくれるはず、そう思ってたんですけど、怯えた様子で『俺と別れてくれ』って言ってきました」

 そう言った途端、山本の顔から笑顔が消える。

「理解できませんでした。あなたのためを思ってやったのに、どうしてそんなことを言うんだろうって」

「そんなん……」

「私は泣いてすがりました。だって、付き合ってまだ三ヶ月近くしか経っていなかったんですよ?」

「何を言って……」

「そうやって何度も必死にお願いしました。そして気づいた時には、

「……は?死んでた?」

 佐々木は呆然とした様子で呟く。

「頭から血を流し、両目を見開いたまま仰向けに倒れてたんです。どうやら、後ろにあった棚に頭を思いっきりぶつけちゃったみたいです。私がつい強く押しちゃったから」

「なっ……」

 佐々木はただ唖然とする。殺人という悪事を悪びれる様子なく語る山本が恐ろしくてたまらないからだ。

(こんなにイかれてる奴だったとは思いもしなかった……。好きな男のために平気で人を殺す奴が、本当に俺を助けるのか?)

「彼氏が死んだ事で、私は生きることに絶望しました。だから私は後日、自宅で自殺を図りました」

「……」

「このまま死ぬはずだったのに、まさかこんなことに巻き込まれるなんて思いもしませんでしたけど。ですが、今は良かったと思っています」

「良かった?」

「だって、松田さんに出会えたんですから。死にたかった気持ちは今や、彼と共に生きたい気持ちで消え去りましたもん」

「こんな状況でよくもそんな……」

「ねえ」

 二人の間に割って入ってきた幼い声。その主は、佐々木の隣に座りながら彼を拘束している頭がひるで身体が人間という怪物—―“シツキ”である。

「いつになったら話終わるの?そんなことしてる場合じゃないよ。もう三分しかないんだもん」

「あと三分だと!?」

 佐々木は唖然とする。彼は時間がない焦りと死への恐怖で顔を強張らせているが、山本は対照的に落ち着いた様子でいる。

「あら、思った以上に話が長引いちゃいましたね」

「ほんとだよ」

 シツキは呆れたように溜め息を吐く。すると、佐々木が山本を睨みながら声を荒げる。

「おい!時間がねぇ!早く俺を助けろ!」

「まあまあ、落ち着いてください」

「落ち着いていられるか!バカが!」

「はあ、相変わらず野蛮な人ですね」

 山本はやれやれといった様子でため息を吐く。それから彼女は視線を佐々木からシツキに移すと、彼にこう問いかける。

「そういえば、一つ聞きたいことがあるんです」

「何?」

「『クリアさえすれば、どんな傷でも治るよ』と、あなたはルール説明の時にそう言いました。それは見方から変えれば、ってことじゃないですか?」

「わぁお、すごいね。そんな考え、普通は出てこないんだけどなぁ」

 シツキが感心すると、山本はフッと口角を吊り上げて見せる。すると、彼女は背後にある黒い座卓に向かって腰を下ろし、そこに密接して並ぶ四つの透明グラスに左手首を上にして載せる。そして、左手首にドスの刃を立てると、佐々木に視線を向ける。

「佐々木さん、どうしますか?」

「あ?」

「“中村凛を殺す”、それに協力するなら助けるって話ですよ」

「うっ……」

 山本が薄笑いを浮かべながら問いかけると、佐々木は困惑の表情を浮かべる。

「それは……」

(なんで俺がそんなことしなくちゃならねぇんだ!でも……)

「ほら、早くしないと。ここで脱落してもいいんですか?」

「ちっ!分かったよ!協力すればいいんだろ!?」

 佐々木が苛立たし気に答えると、山本は優しく微笑んだ。

「よく言えました。これで契約成立です」

 山本は笑顔でそう答えると、ドスを手前に勢いよく引いた。

 山本の左手首に数センチの赤い筋が浮かび上がってくる。次の瞬間、そこから血が勢いよく出始め、辺りを赤く染め上げていく。その勢いは凄まじく、あっという間に四つのグラスを血で満たすほどであった。

 佐々木は目の前の光景に戦慄する。血に塗れた凄惨な光景もそうだが、何より山本の方が恐ろしかった。血を大量に失って座卓に力なく伏している彼女は終始、佐々木に向かって笑顔を向けていたのだから……。

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