転ノ玖

<佐々木拓也ささき たくや>


 別館二階にある一室こと"くわの間"にて、佐々木は浴室で何かを見下ろしている。

 それは、浴槽の中でくぐもった声を上げながら身をよじっている松田である。彼の口は猿轡さるぐつわのように白いタオルで縛られ、両手は後ろ手に白いベッドシーツで縛られている。

 松田が鼻息を荒くしながら、佐々木を睨み付ける。それに苛立ちを感じた佐々木は睨み返しながら、声を低くして告げる。

「何睨んでるんだ、てめぇ」

「……」

「何か言えよ、ゴラ!」

 佐々木は声を荒げると、松田の胸倉をガッと両手で掴む。

「何なんだ、その態度は?自分がどういう立場なのか分かってねぇみてぇだな」

「……」

 佐々木が凄みを利かせるも、松田は怯まずに無言を貫く。佐々木はその態度が気に食わず、奥歯をギリッと噛み締める。

「くそっ!てめぇらもそうだが、あの女も俺を苛つかせるな」

「……」

「あのイカれ女がいなけりゃ、テメェを殴り放題なのによ」

 佐々木はそう呟くと、胸倉を掴む手に力を込めていく。それに比例するように松田の表情に苦しみが色濃くなっていくも、佐々木は緩めるつもりはない。

「第二ゲームでアイツと一緒になったのがダメだったんだ……」 

 佐々木が苦々しい顔で呟く。そんな彼の脳裏で第二ゲームの光景が再生を始める。




 第二ゲーム開始のアナウンスが発せられた後、佐々木は自室である"松雪草まつゆきそうの間"にて何者かに自由を奪われていた。

 それは、身体が人の形で頭がひるという異形の存在。自らを"シツキ"と名乗るそれは、広縁の椅子に座りながら右隣に座る佐々木の肩を抱いている。

 彼らの正面には、四つの透明なグラスにまな板とドスが置かれた黒い座卓がある。その側には、こちらに視線を向けたまま立っている山本がいる。

「どうしたの?ゲームはもう始まってるよ」

 シツキが幼さを感じさせる口調で山本に問いかける。しかし、彼女は平然とした様子で何も答えない。

「うーん、まだ頭が追いついてないのかな?」

 シツキが不思議そうに首を傾げる。すると、彼の隣に座る佐々木が山本へ鋭い眼光を向ける。

「おい、何突っ立ってんだよ」

「……」

「無視してんじゃねぇぞ、ゴラ!」

 佐々木は山本に怒声をぶつける。しかし、彼女は怯むことなく、不思議そうに彼を見つめるだけである。

「何なんだよ、てめぇ。黙ってねぇで、何か言えよ!」

「ねえ、おっきい声出さないでくれる?うるさいんだけど」

 シツキが非難の声を上げる。

「てめぇは黙ってろ、バケモンが」

「へぇ、そんな態度取っていいんだ?」

 シツキが声を低くして答える。すると、シツキは突然、佐々木の首に噛み付いた。

「うっ!?」 

 佐々木は苦痛に顔を歪める。その直後、シツキが彼の首に噛み付いたまま、こう答える。

「あんまり怒らせないでよ。ゲームの途中で、君の血を吸い尽くしたくなっちゃうから」

「……くそが」

 佐々木はそう吐き捨てると、大きな舌打ちをする。不服そうな態度を見せた彼は、それっきり何も発さなくなった。

「分かったみたいだね、よかった」

 シツキがいつもの口調で答えると、佐々木の首から口を離す。

「お願いね、佐々木さん。ゲームの途中で殺しちゃうと、ヨミサカさんに怒られちゃうから」

「くそっ……」

「ねえ、山本さん。もう始まってから二分経ってるけど、何もしなくていいの?」

 シツキの視線が山本へと移る。

「このままじゃあ、君も死んじゃうよ。まだ死にたい気持ちがあるんだったらいいけど」

「それは困りますね」

 山本がようやく口を開く。すると、彼女は不敵な笑みを浮かべながらドスを手にする。

「佐々木さん。あなたに質問です」

「あ?」

「あなたはどうしても生きたいですか?」

「……何言ってんだ、てめぇ。こんな化け物に血を吸い尽くされて死ぬなんて、誰だって嫌だろうが」

「"化け物"だなんて、傷つくなぁ。ボクからすれば君たちも化け物に見えるんだけど」

 シツキが心外そうに答える。しかし、佐々木はそれに反応することなく、山本へ鋭い眼光を向け続ける。

「そんな死に方は御免だ。さっさと俺を助けろ」

「"助けろ"、ですか。正直言って、あなたのこと嫌いなんですよ」

「あ?」

「口は悪いし、すぐ怒る。おまけに暴力まで振おうとする。そんな男を好きな人なんていないでしょ?」

「ぶっ!」

 山本が笑顔でそう答えると、シツキが吹き出した。そして、そのまま声を上げて笑い始める。

「あっははははは!!辛辣!!」

「……うるせぇよ」

 佐々木が低い声で呟く。笑い続けるシツキに対し、彼の表情は見る見る険しくなっていく。

「あいつらもそうだが、てめぇもムカつくな……。このゲームが終わったら覚えてろよ」

「そんなこと言っていいんですか?あなたを救えるのは、私だけなんですよ?」

 山本がそう答えると、佐々木は歯を剥き出しにして食い縛る。

「私が生き残るには、グラス二杯分だけの血を流せばいい。あなたも生き残るとなれば、四杯分の血を流さなくてはいけない。そうまでしてあなたを助けたいなんて正直思いません」

「このクソが……」

「ですが、あることに協力してくれたら助けてあげましょう」

「"あること"、だと?」

 佐々木が怪訝そうに聞き返すと、すると、山本は右手に持つドスの刃を自身の首に当てながら、こう答える。

「松田さんにいつも引っ付いている女。中村凛を殺すんですよ」

「……は?」

 佐々木は唖然とする。理解できずに呆然とする中、山本は妖しい笑みを浮かべるのであった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る