起:「最良の道を示すのは運か否か」
起ノ壱
ドンドンドン、ドンドンドン。
「〜〜〜!〜〜〜!」
重厚な物を叩いてるような鈍い音に続く女の怒号。それらの騒々しい音は、仰向けに眠る青年—―
「……んん?何だ」
寝ぼけ声で呟くと、重たい瞼を開いた。すると、視界に十分な明るさとは言えない、淡く白い光を発するシーリングライトが入ってきた。
「ここは……」
ぼんやりとしながら、辺りを見渡していく。天井の光に照らされて見えるのは、水色のタイルに覆われた壁の床。すると、自分から見て右側の壁に、赤い文字で何かが書かれていることに気づき、それを凝視する。
←死
悲は彼いかこ
しならけちの
かはのにくは
りだひえたこ
悍めのちは
しい地の
くは
「"このはこは、かちくたちの……"、どういう意味?」
(てか、俺って死んだはずじゃ……)
「くそっ!!」
「っ!」
突然の怒号に、松田は悲鳴を上げそうになる。
高まる緊張感に伴って、速まる鼓動。一瞬で目が覚めたのを自覚すると、上半身を起こした。すると、灰色の衣装に身を包んだ老婆と眼鏡姿の中年男性の後ろ姿を目にする。
(誰だ、あの2人。あの格好、色は違うけど死装束っぽいな。なんであんな格好してるんだろ。……あれ、俺も?)
次々に疑問が浮かんでいく中、視線を下げていく。すると、自分も彼女らと同じ衣装であることに気づき、疑問がさらに深まっていく。
「くそっ、バカにしやがって」
老婆の恨み言を耳にし、彼女の姿を見つめる。
顎先まで伸びた髪はうねり、白一色に染まっている。顔中に刻まれた深い皺に、血管が大きく浮き出ている細い腕。それらの外見から弱弱しい姿を印象付けられるも、態度は対照的に強さを印象付ける。
「こんな場所に閉じ込めて、何のつもりなんだい」
「さあ、何なんでしょうね……」
眼鏡姿の中年男性が苦笑いで応じる。
短く整えられた黒髪の中に混じる白髪に、ふくよかな体型。老婆に対する口調から、松田は人当たりの良さを感じ、少し安堵する。
「とにかく落ち着きましょうよ。手だって痛いでしょうに、ね?」
「ふんっ。何を呑気なことを……、ん?」
老婆が振り返った途端、松田と目が合う。驚きの表情を一瞬浮かべた後、彼女は呆れ顔でため息を吐いた。
「やっと起きたのかい。呑気なガキだね」
「えっと……」
「え?あっ!」
戸惑う松田を見て、男が顔を明るくする。そして、松田の元へ駆け寄ると、片膝を突いて口を開く。
「良かったぁ。全然起きないもんだから、心配だったよ」
「ありがとうございます。あの……」
「僕は
「僕は松田樹と言います。とりあえず、よろしくお願いします……」
「松田さんね。こちらこそよろしく」
高橋の柔和な笑みが松田に向けられる。彼の笑みは松田に安心感を与え、強張った表情を少しほぐした。
二人の間を漂う和やかな雰囲気。しかし、不満顔の老婆が鼻を鳴らして壊そうとする。
「ふんっ。こんな時に仲良しごっこかい?状況が見えてないのかねぇ」
「すみません、あははは……」
高橋が苦笑いで応じると、老婆は再び鼻を鳴らした。
松田は老婆に視線を向け、若干の恐れを抱きながら尋ねる。
「あの、あなたのお名前は……」
「あ?」
老婆に睨まれ、松田は言葉に詰まる。
「あんたに教える必要はあるのかい?」
「……」
「仲良しごっこがしたいんなら、あの小娘にしな。まあ、期待しない方がいいだろうけど」
「小娘?」
松田が聞き返すと、老婆が彼の背後を顎を反って指す。振り返った先には、壁に背を預け、体育座りをしている灰色の衣装姿の黒髪短髪の若い女がいた。
若い女は暗い表情で、自分の足元を見つめている。彼女が気になった松田は、高橋に尋ねる。
「あの人は?」
「僕の後に起きた子でね。話しかけたんだけど、全然口利いてくれないんだ」
高橋は眉を八の字にし、頭を掻いた。
彼の反応は見た松田は、話しかける勇気を失った。
会話が途切れ、室内に静寂が訪れる。
(知らない場所に見知らぬ人たち。気まずいな……)
松田は居心地の悪さを感じながら、辺りを見渡していく。
黒いドアの近くには、憮然とした顔の老婆が近くの壁に寄りかかっている。そして、彼女の真向かいにいる若い女は、じっとしたままである。
松田は若い女の傍にある赤いドアへ注目する。表面に“まじゅうのへや”と黒字で書かれており、上枠には“5:00”と表示されたままの電光掲示板がある。
「気味悪いな……」
「全くだよ」
松田の独り言に、高橋が同感する。
「僕が起きた時から、あのままなんだよ」
「そうなんですね。時刻なのかタイマーなのか分からないですね」
「タイマーだとしたら、いつ始まるんだろうね。それに、あの中には一体……」
「バケモノ、ですかね」
松田が恐る恐る答えると、高橋が半笑いする。
「と、とにかく、こんな部屋から早く出たいね」
「そうですね。でも、あの黒いドアは開かないんですもんね
「うん」
「何か手がかりはないんですかね。脱出ゲームみたいな」
「手がかり……、あっ」
高橋が何かを思い出したように、懐に手を入れた。すると、黒いビデオカメラを取り出し、松田の興味を惹いた。
「ビデオカメラ?どこにあったんですか」
「あの黒いドアの足元にね。手がかりというには、微妙だけど」
高橋はそう答えると、操作を始めた。
「動くんですか?」
「うん。ほら」
「あ、本当だ」
松田は意外に思いながら、自分の足元が映している画面を凝視する。
「撮影できるんですね」
「うん。けど、撮影して何になるんだか」
高橋はそう疑問を投げると、室内を撮影し始めた。
「何か映像はないですか?」
「どうして?」
「いや、何か手がかりがあるかなと思って」
「一つあるけど」
「どんなのですか」
「期待するほどのものじゃないよ」
「はい?」
松田の顔から期待の笑みが一瞬で消え去る。
高橋は撮影を中断し、再び操作に入る。数秒も経たないうちに、
「これだよ」
「真っ暗ですね。何が映ってるんですか」
「……」
高橋は何も答えず、再生のボタンを押す。すると、映像にノイズが走り始め、彼は目を瞬く。
「あれ?」
「どうしたんですか」
「こんなものはなかったはず……、っ!」
「……誰?」
松田たちが目を丸くする。画面のノイズが消え去った直後、不気味な格好の人物が映し出されたからだった。
その人物は白い
『皆様、ごきげんよう。気分はいかがですか?』
「声が渋い。体格から見ても、男に違いないですね。誰か分かりませんけど、何が始まるんですか?」
「……」
「高橋さん?」
松田が窺うと、高橋は顔を強張せながら答える。
「僕が見た時は、ずっと真っ暗な映像だった……」
「え?」
『私には見えます。真っ暗なままの映像が突然、私を映したものになっているんですから。そこにいる全員が目を覚ましたら、内容が変わる仕組みになっているんです』
「うそ……」
謎の人物の言葉を受け、高橋はさらに混乱する。
画面に突如として現れた謎の人物。松田と高橋が唖然としている中、謎の人物が続ける。
『私の名は、ヨミサカ。自ら命を絶ったあなたたちを素敵なゲームに招待した者です』
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