起ノ弐

『私の名は、ヨミサカ。を素敵なゲームに招待した者です』

 そう告げたのは、ビデオカメラに突如現れた仮面姿の男。彼の言葉は、松田に大きな衝撃を与えるものだった。

「自ら命を絶った…?」

 松田は動揺し、隣の高橋へ目を向ける。すると、顔色を失った高橋と目が合い、こう問われる。

「…君もなのかい?」

「…」

 松田は答えられず、高橋から目を切る。そして、他の2人へ順に目を向けていく。

 1人目は、正面の黒いドア付近に凭れかかっている老婆。彼女は、そこでヨミサカの声を聞いており、不機嫌な表情を浮かべている。

 2人目は、松田の後方にいる若い女。“まじゅうのへや”と書かれた赤いドア近くで体育座りをしている彼女は、無表情でヨミサカの話を聞いている。

『「命を絶った」なんて言いましたが、あなたたちはまだ死んでいないのです』

「え?」

 松田は驚き、ビデオカメラに向き直る。

『ここは現世とあの世の狭間。あなたたちは今、意識不明の重体で死の淵を彷徨い歩いているところなのです』

「本当にそんなことが…」

 高橋が唖然とした様子で呟く、その時だった。

「ふざけんじゃないよ!」

 そう怒声を上げたのは、老婆だった。松田と高橋が驚いている中、彼女は肩を怒らせながら近づいてくる。そして、彼らの前で立ち止まると、ビデオカメラに映るヨミサカを鋭く睨む。

「どこの誰だか知らないけどね、余計なことしてくれてんじゃないよ!」

 老婆が唾をまき散らしながら、怒りをぶつけ始める。

「勝手に助けられた挙句にゲームに付き合わされるなんて、冗談じゃないよ!!さっさとここから出しな!!」

 老婆は肩で息をしながら、反応を待つ。しかし、相手は撮影された人物であり、返事なんて来るはずがなかった。

 老婆は虚しさを感じ、苦々しい顔を浮かべる。

「くそっ!ただじゃおかないよ」

 老婆はそう吐き捨てると、何も言わなくなった。


 陰鬱な雰囲気が室内に満ちていく。誰もが閉口し、部屋が静まり返っている中、映像は再生し続ける。

『早速、本題に入ります。これから始まるゲームの話です』

--一体、どんなゲームが…。

 松田は不安と恐怖がさらに大きくなっていくのを感じる。

『ゲーム名は、“運命の2択”。クリア条件は、“制限時間である5分以内に、この建物から脱出すること”です』

「脱出?」

 松田が問い返すように呟く。

『部屋にある黒いドアの横に、2つのスイッチがあるかと思います』

 松田たちの注目が黒いドアへ向かう。彼が言ったように、ドアの右側に取り付けられたドアノブ近くに、左右に並ぶ2つの赤いスイッチがある。

『ゲームが始まると、どちらかのスイッチを押せば開くようになります』

「ちっ、道理で押しても開かなかったわけかい」

 老婆が不満顔で呟く。

『開かないスイッチを押した場合、制限時間が1分短縮されてしまいます。これを繰り返し、今あなたたちがいる部屋を含めた計5つの部屋を通り抜け、外へ出られればクリアです』

「え?それだけ?」

 強張っていた高橋の顔が少し緩む。

「思ったより簡単そうじゃないか。ね?松田君」

「…」

 松田は顔を強張らせたまま、何も返さない。

--本当にそれだけのゲームなのか…。

『時間内に脱出できなければ、こんな末路を辿ることになります』

 ヨミサカがそう言うと、映像が別のものへと切り替わった。

 それは高い位置から撮影され、下には握り拳でドアを叩いている男の姿が映っている。

 映像の男がドアに向かって何か叫んでいる。しかし、その映像には音声がなく、何と言っているのかは分からない。

 映像を見ている中、松田があることに気づく。

「これ、俺たちがいる部屋?それに、この人の格好は俺たちと同じ…、っ!何だこいつらは」

 ギョッとする松田の目が別の存在らへと向く。それは、画角から現れた4人の男だった。

 彼らの風貌は異様である。上半身裸の筋骨隆々な身体に、薄い腰巻き。顔は豚・牛・鶏・羊といった動物の被り物に覆われ、手には包丁やペンチといった凶器が握られている。

 4人の男が背後から近づいていく。すると、牛の被り物をした男が背後から羽交締めにし、他の3人が前に並ぶ。

 拘束された男の顔が恐怖に歪み始める。その直後、彼の左目に指が突っ込まれた。その手は豚の被り物をした男のもので、突っ込んだ人差し指と中指に親指と力を込め、引っ張った。そして、血と粘液に塗れた眼球が露わになる。

 突然の凶行を目にし、松田の顔が凍り付く。

「なっ…」

「うっ!」

 高橋はえずき、咄嗟に口元を手で覆う。そして、せり上がってくる吐き気を必死に堪える。

「ぐっ、うう…」

「…」

 老婆は口を半開きにしたまま、呆然としている。

 凶行は、これで終わりではなかった。眼球を抉り取られた男は、両耳を包丁で削ぎ落とされ、上下の前歯をペンチで一本ずつ引き抜かれていく。男の顔からパーツが失われていき、血に染まっていく。

--こんなの酷すぎる…。早く終わってくれ。

 松田がそう願った直後、映像が突然切り替わり、ヨミサカが再び現れた。

『ご覧の通り、ゲームオーバーになれば、彼らに惨たらしく殺されるのです』

「…」

「こんなの人がすることじゃないよ…」

 松田は苦々しい顔で呆然とし、高橋は悲痛な表情で弱々しく呟く。

『制限時間は5分。時間を過ぎた時点でドアにロックがかかり、“まじゅうのへや”が解放されます』

「まじゅうのへや…」

 松田が恐る恐る振り返る。“まじゅうのへや”のドア上部にある"5:00"と表示されたままの電光掲示板を見て、寒気が走る。

「制限時間だったのか…」

『ここでの“死”は、現実での“死”を意味します。皆さまが望んでいる本当の“死”ですが、惨たらしく死にたくないのであれば、クリアを目指してください。ルールは以上です。皆様の検討をお祈ります。松田樹様、高橋大輔様、佐藤恵子さとう けいこ様、中村凛なかむら りん様』

「あたしの名前…」

「…」

 老婆こと佐藤恵子が驚きの反応を見せる。一方で、3人から離れている若い女こと中村凛は、無表情のままでいる。

『それでは、ゲームスタート』

 ヨミサカがそう告げた途端、映像は真っ暗になった。そして、制限時間がカウントダウンを始めた。


 ゲーム開始から10秒が経過し、松田たち4人は黒いドアの前に立ち尽くしている。

 皆がドアをじっと見つめる中、松田はこれまでの話を整理する。

--部屋の数は5つ。間違いのスイッチを押せば、制限時間が1分減る。今から間違えながら進んで行くと、4つ目の部屋で1分を切ることになる。となれば、間違えられるのは4回まで。1分を切るたびにその猶予は減っていくから、早めに動いた方がいいけど…。

 分かっているはずなのに、勇気を出せずにいる。それは、「本当にこんな簡単なゲームなのか」、「何か罠があるんじゃないか」といった疑惑が払拭しきれないでいるからだ。

 誰も動かず、時間だけが過ぎていく。その時だった。

 ドンドンドン!

「ひっ!」

 突然の物音に、高橋が短い悲鳴を上げる。

「何だ?」

 松田は驚きで鼓動が高まっているのを感じながら、後ろに振り返る。すると、その音は“まじゅうのへや”から発せられていることに気づく。

「ウオオオオオ!!」

 ドアの向こうから聞こえる雄叫び。その低く野太い声は悍ましく、ドアを叩く音と重なって、松田たちに恐怖を与える。

 ドアを叩く音と雄叫びが部屋に響く中、高橋が恐る恐る口を開く。

「もう30秒経ってる。早くしないと…」

「あんたが行きなよ」

「え」 

 佐藤の返事に、高橋が面を食らう。

「そんなん言うなら、あんたが行きな」

「いや…、えっと…」

「ふん、情けないね」

 佐藤は鼻で笑い飛ばすと、スイッチの前へ出る。右側のスイッチに手を乗せると、しかめっ面で呟く。

「あの野郎、ただじゃ済ませないよ」

 佐藤は静かな怒りを抱きながら、スイッチを押した。その瞬間、バチンと大きな音が弾ける。

「うっ!?」

 佐藤は声を上げ、身体が一瞬だけ震えた。彼女は驚きの表情を張り付かせたまま、後ろへ力なく倒れていった。それと同時に、制限時間が“4:20”から“3:20”へと減った。

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