起ノ参

 一体、何が起きたのか。

 松田たち3人は、目の前で起きた出来事に理解できず、倒れたままの佐藤を呆然と見つめる。

「佐藤さん?」

 松田が呼びかけるも、返事はない。目をひん剥いたままの彼女は、あろうことか瞬きすらしていない。

 その場にいる全員が理解した。「彼女はもう死んでいる」のだと。

 松田は青ざめ、佐藤を見下ろしながら呟く。

「違うスイッチを押せば、時間が減る上に感電死…?」

「そんな…」

 高橋は絶望し、その場で固まる。

 間違えれば、死。それを目の当たりにした松田と高橋は怯えている。そんな彼らに対し、中村は表情一つ崩さずにスイッチの前へ出た。

「中村さん…?」

「…」

 松田が呼び掛けるも、中村は見向きもしない。そして、左側のスイッチを押すと、ガチャンと音を立てて開錠に成功した。

 中村はドアノブを掴むと、振り返らずに告げる。

「ぐずぐずしてると死ぬよ」

「っ!」

 中村の一言を受け、松田は正気を取り戻す。恐怖で固まったままの高橋の手を引き、彼女に続いて次の部屋へと進んだ。


 次に進んだ部屋は、前の部屋とほとんど同じ光景であった。異なっているのは、赤い文章が書かれた壁の位置。前の部屋では、“まじゅうのへや”を背にして右側に書かれていたのに対し、今度は左側の壁に書かれている。



    →死


 な屠うくい

 に殺っるき

 もしたしは

 こたえみぎ

 た者続をの

 え達け 獣

 なはる は

 い も


「さっきと内容が違う…」

--なんで、内容が違う?そもそも、これに一体何の意味がある?それに、漢字じゃなくて、ひらがなになってたりしてるのも気になる。

 疑問が次々に浮かんでくることに、松田は頭を悩ませる。

「もう何が何だか…」

「この文字列、さっきの部屋にもあったね」

「えっ?」

 松田は左へ目を向ける。そこには、文字列をじっと見つめる中村が立っていた。

「“いきはぎの獣たちは、くるしみをうったえ続けるも、屠殺とさつした者達はなにもこたえない”。…家畜の悲痛な叫びみたいね」

「家畜たちの嘆き?」

「私の頭に、こんな光景が浮かんだ。毛皮を剥がれるウサギが、人間たちに「止めて」と鳴き声を上げている。だけど、彼らに届くことはなく、悲しんでいるってね」

「そんな話をしてる場合じゃ…」

「そうね、誰が押すのか決めないと」

 中村はそう答えると、入り口の方へ目を向ける。松田が視線を追うと、ドア上部に“3:05”と表示された電光掲示板があることに気づく。

「"まじゅうのへや"のと同じ…。ぐずぐずしてられない」

「でも、間違えたら死ぬんだよ?」

 返事をしたのは、入り口付近で怯えたままの高橋だった。彼は松田と目を合わせると、顔を引き攣らせながら続ける。

「2分の1の確率で死ぬ。そんなのが分かってて押せるわけないよ」

「…っ」

 松田は返す言葉がなく、奥歯を噛み締める。

 高橋は頭を抱え、伏し目がちにぼやき始める。

「なんで…?なんでこんなことになった…?こんなことになるんなら、自殺なんてしなければ良かった…」

「…」

 松田は悲痛な表情で、今にも泣きそうな高橋を黙って見つめる。


 残り時間、2分50秒。ゲームオーバーの時が刻々と迫って来ているも、進展は見られない。

--嫌だ。あんな死に方なんてしたくない…。

 松田の心を蝕む、ゲームオーバーと間違いを犯した時の恐怖。今にも失われそうな正気を必死に保とうとする、その時だった。

「じゃあ、こうしましょう」

 声を上げたのは、中村だった。松田と高橋の注目を浴びると、彼女は次の部屋に続く黒いドアへ目を向ける。

「私を先頭に、順番にスイッチを押していく。単純でしょ?」

「単純って…。そんな簡単な話じゃないだろ!?」

 高橋が声を荒げるも、中村は眉一つ動かさない。

「でも、このままじゃ待ってるのは、残酷な死よ」

「っ!それは…」

「そこのあなたも分かってるでしょ?」

「…」

 話を振られた松田は、表情を曇らせるだけである。

 中村は2人の反応を伺ったところで、黒いドアへ向かっていく。そして、2つのスイッチの前で立ち止まった。

 緊迫した雰囲気が訪れ、松田と高橋は固唾を飲む。そんな中、中村は迷うことなく、右側のスイッチを押した。すると、ガチャンと開錠の音が響いた。

 その瞬間、松田と高橋は緊張が少しだけ解放される。一方の中村は、相変わらず表情の変化を見せず、黙ってドアを開いた。


 残り時間、2分30秒。3つ目の部屋へ辿り着いた松田たちだったが、室内は暗い雰囲気に包まれている。すると、中村が松田と高橋を交互に見遣りながら尋ねる。

「どっちがいく?」

「…」

「…」

 松田に続き、高橋が何色を示す。そのまま返事ができずにいると、中村が大きなため息を吐いた。

「俺は嫌だって?」

「それは…」

 静かな怒りを露わにする中村に対し、高橋はしどろもどろになる。

「一度は死のうとしたくせに、怖くなったの?」

「そんなの当たり前じゃないか!」

 高橋は中村を睨みながら、声を荒げる。そして、笑みを無理矢理浮かべながらを続ける。

「自分でもびっくりだよ。あんな死に方を見せられて、死ぬのが怖くなったなんて…。あんなに望んでいたのに」

「…」

 中村は何も返さず、ただ高橋を見るだけだった。

 口論が途切れ、室内を静寂が包み込んでいく。そんな状況下で松田は、部屋の壁に書かれた文字列を見つめていた。

 それらは、入り口から見て左側の壁に書かれており、位置も内容も同じである。

--やっぱり、どうしても気になる。ここに何かあるに違いない…。

「…」

 松田は黙り込んだまま、文字列から何か手がかりを得ようと考えていく。それからしばらく経った時、彼が目を見開く。

「…待てよ」

 松田の呟き、高橋が反応する。

「どうしたの?」

「…、そうか。そういうことだったのか」

「何か分かったの?」

 中村が尋ねると、松田は彼女の目を見て頷いた。

「これならもう、誰も死ななくて済むかもしれない」

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