第16話 〈術素玉〉
〈アワ〉も、嬉しそうな顔でモグモグと食べている。
ははっ、お肉は一杯あるから遠慮せずに食えよ。
もう三切ほど大きめの肉の塊を食べて、泉の水を飲んだら、やっと僕のお腹も満足したようだ。
「〈アワ〉、【咬鼠】って美味しいんだな」
「ふふっ、高級なお肉なんですよ。町で売ればかなりのお値段になります」
〈アワ〉も美味しいお肉で満腹になったのだろう、今まで見たことがないような良い笑顔になっているぞ。
「へぇー、そうなんだ。それじゃ今日はすごいご馳走だったんだね」
「ふふっ、お肉が食べられるので、しばらくは幸せですね。それと、この〈術素玉(じゅつそだま)〉は、【咬鼠】を倒した〈はがと〉が食べるべきです」
えぇー、なんだか得体の知れない丸い内臓じゃないか。
駆逐人の〈ヤザ〉ってヤツが、食べていたのと同じものだ。
「うぅ、それを食べるの。ちょっと遠慮したいな」
「うーん、〈術素玉〉はすごくコクがあって美味しいらしいですよ。それにこれを食べ続けると、〈段階〉が上がっていくのです」
「〈段階〉が上がるって、どう言うことなの」
「それは。身体能力が上がって、〈祈術(きじゅつ)〉や〈攻術(こうじゅつ)〉が使えるようになるってことですね」
うーん、〈段階〉って、奴隷頭達で話していた等級(レベル)と同じことなんだろうか。
〈祈術〉や〈攻術〉って言うのは、ゲームのスキルみたいなものかな。
この世界は〈巨塔〉とか、この部屋といい、大きな謎があるんだな。
「〈アワ〉、その〈術素玉〉を沢山食べれば、超人に成れるってことなの」
「んー、簡単に言えば間違っていません。【咬鼠】の〈術素玉〉では、〈3段階〉までしかいけないと習いましたが、もっと強い〈塔獣〉の〈術素玉〉ならば、超人に成れるでしょう」
「へぇー、すごいんだな」
「あっ、でも。それは、選ばれた人だけです。【咬鼠】が一番弱い〈塔獣〉なのですから、〈段階〉を上げるために多くの人が亡くなるのですよ」
くっ、さっき奇跡的に倒せた【咬鼠】が、一番弱いのか。
あれ以上強さは、どう考えても無理だな。
だけど、僕を肥溜めへ突き落として、いたぶってくれたヤツらに仕返しをしてやりたい。
悲惨な方法で殺されそうになったんだ、とても許されていい事じゃない。
「〈アワ〉、教えてくれてありがとう。その〈術素玉〉をいただくよ」
〈術素玉〉は〈アワ〉が言ったように、コクがあってネットリとしていて、美味しいものだった。
超人に成れると聞いたせいか、食べたら途端に力が漲(みなぎ)ってきた気がする。
ははっ、話を聞き内臓を食べただけで、その気になるなんて、僕はかなり単純な男みたいだ。
解体作業で疲れ果てて、お腹も膨れたので、僕は速攻で眠りについた。
僕が超人となり、バッタバッタと悪人を懲(こ)らしめる夢を見ることが、叶(かな)わなかったのがとても残念だ。
◇◇◇◇◇◇ 〈アワ〉の視点 ◇◇◇◇◇◇
あぁ、助かったのね。
よく【咬鼠】を倒せたわ。
それに、大量の食べ物を確保することが出来たのは、すごいことよ。
これで後何日も、生き延びることが出来るわ。
神様に感謝しなくっちゃ。
でも解体が面倒なんだな。
解体用の小刀(こがたな)がないから、上手く出来るか分からないわ。
〈はがと〉に聞いたら、経験もないしやる気も無いみたいだ。
自分もお腹が空いてるくせに、嫌そうな顔をしないいでよ。
でも〈はがと〉は、【咬鼠】の頭を切り落としたんだ、私は解体で出来る女だってことを見せてやるわ。
解体を一言で言うと、最悪だった。
皮は固いし、匂いはキツイし、血はべちゃべちゃとつくし、吐く一歩手前でほんと疲れたよ。
おまけに〈はがと〉が闇雲(やみくも)に、剣で【咬鼠】の腹を突いたから、内臓が破れてもっと悲惨なことにもなってしまった。
でも私は出来る女だから、〈はがと〉を責めるようなことはしない。
解体の素人なんだからしょうがないと、自分自身へ言い聞かせることが出来るんだ。
だけど、もう無理。
今日は【咬鼠】に襲われて、その後大変な解体作業をしているんだから、いくら空腹だからって言っても、体力の限界を超えている。
それは〈はがと〉とも同様らしくて、私達は崩れるように眠った。
胃が痛いようなひどい空腹感で、私は目が覚めてしまった。
これほど苦しい空腹は、今で経験したことがない。
昨日限界まで作業をして、目の前にお肉があるから、身体が強く求めているんだと思う。
でも焦ってはいけない。
解体作業を滑(なめ)らかに進めるため、まず剣を研ぐ必要がある。
切れない刃物では作業がはかどらないし、逆に手を切ってしまう事故に繋がってしまう。
〈はがと〉へまず先に剣を研ぐと言ったけど、全く反対しないで黙々と作業をこなしてくれている。
ふぅん、面倒がなくて良いけど、これが奴隷根性って言うことか、理由も問わないで指示に従うんだ。
長い時間をかけて剣を研いだ甲斐(かい)があって、ようやく皮を剥がすことが出来た。
ふぅー、これで解体作業の半分以上は出来たはずだわ。
やっとお肉が食べられる段階まで、きたってことなんだ。
少しホッとしたら、私は眩暈(めまい)を感じて、もう座り込むことしか出来なくなった。
もうフラフラだよ。
身体中と服の全てが汚くて、不快感が頂点になっているわ。
あぁ、泉へ行きたいな。
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