転生奴隷は命をかけて巨塔に挑み、少女達は何を抱いたのだろう

品画十帆

第1話 〈塔鉱山〉

 足首をもう一人の奴隷と繋つがれて、今日も〈塔鉱山(とうこうざん)〉へ向かう。

 足首にはめられた鉄の輪が、僕の皮膚を歩くたびに削ってくる。

 足首には骨が見えてもおかしくない深い傷が、同心円状(どうしんえんじょう)に何重にも出来て、そこからじくじくと血が滲(し)み出し続けて止まりはしない。


 裸足(はだし)の足先に見えている、歪(いびつ)に治癒(ちゆ)した何本かの指は、もう一生真直ぐにはならないだろう。


 足元から目を上げれば、同じ鎖で繋がれている友達の〈カボ〉がいる。

 彼も痛みで顔を歪(ゆが)ませているが、黙々と歩みを止めない。

 もし止めれば、命を止めることになるからだ。


 奴隷の寝床(ねどこ)である崩(くず)れかけた長屋から、〈塔鉱山〉へと向かっているが、前方には塔しか見えるものはない。


 巨塔である。


 円錐(えんすい)形の巨大な塔だ。

 直径1000㎞・全高10㎞以上と言われたら、僕は素直に頷(うなづ)くと思う。

 丸いはずなのに、大きすぎて塔の壁は平面にしか見えない。

 高すぎて塔の頂上には、いつも雲がかかっている。


 圧倒的な存在感を、この世界へ放っている異物だ。

 暴力的な建造物だと思う。


 ツルハシで、固い〈力鉱石(りきこうせき)〉を掘るのが、奴隷達の仕事だ。

 すごく固いので振り下ろすたびに、手がビーンとしびれて、腰もズキズキと痛む。

 もちろん、肩も背中もだ。


 奴隷頭の〈ダキ〉が、僕達へ情け容赦(なさけようしゃ)なく鞭(むち)を振(ふ)るう。

 毎日毎日、飽(あき)もせず振るいやがる。


 僕の背中は、いつもミミズ腫(ばれ)が消えたことがない。

 鞭で打たれると、身体が海老ぞってしまう。

 あまりの痛さに、勝手(かって)になってしまうんだ。

 筋肉を強張(こわば)らせて、痛みに耐えるためなんだろう。


 勝手に涙も出て、情けなく許しを哀願(あいがん)してしまう。


 「どうかお願いです。もう許して下さい。もっと一生懸命働きます」と。


 日が落ちて、寝床に帰る道の横に、ホームレスが座っていた。

 黒く長い髪が絡(から)んでもつれて、汚らしい縄(なわ)のように頭を覆(おお)っている。

 顔は赤黒い斑点で覆われ、ボロボロになった服の隙間(すきま)にも、赤黒い斑点が覗(のぞ)いていた。

 質(たち)の悪い、伝染病にかかったのだろう。

 ケホケホと、咳きこんでもいる。

 この瘦(やせ)こけた少女は、長くないな。


 少女?


 病気のため歪(ゆが)んだ顔と、あばら骨が浮き出たひん曲がった身体に、若い女の痕跡(こんせき)が残っている。

 薄汚れた皮膚の奥に、微(かすか)だけど残っていると思う。


 一瞬、少女と目が合ったように感じた。

 どちらとも、相手を憐(あわれ)んで、蔑(さげす)んだ気がする。

 どちらがより不幸なのだろう。

 奴隷と病気のホームレスか、良い勝負だと思う。


 板しかない寝床へ、痛む背中を庇(かば)いながら寝転んだ。

 腹が減って、胃が痛くて、身体が痛くて、芯(しん)から疲れているのに眠れない。

 逃亡を防ぐための、鎖も気に障(さ)わる。

 ここから逃げても、生きるすべは無いのにな。



 僕の名前は、〈御習衣(おならい) 把賀登(はがと)〉だ。

 「御習衣」という名字で、「おなら」と虐いじめられたこともある。

 「把賀登」という名前も、凝こり過ぎでどうかなったと思っていた。

 「はがと」という音の響きも、アニメ的だ。

 ただ今となっては、懐かしい思い出に過ぎない。


 郊外にある自宅から、自転車で通学している途中に、この世界へ飛ばされたんだ。

 某国がロケットの軌道計算(きどうけいさん)を誤って、僕の上へ落ちてきたというバカみたいな話だ。


 でもロケットの爆発くらいでは、異世界の扉が開くほどのエネルギーにはならないと思う。

 核兵器でも開かないだろう。


 だったら、なぜ僕がこんな目にあっているんだ。

 だけど現実に異世界へ来てしまったんだ、原因を考えてもどうしようも無い。

 もう、起こってしまった話だ。

 過去を変えることは出来ない。


 だから今日も、塔鉱山でツルハシを振るうしかない。

 僕が奴隷だから、奴隷頭の〈ダキ〉も鞭を振いやがる。

 だけど、毎日、毎日、振るわなくても良いはずだ。


 僕はこんなに、ツルハシに力を込めて振っているんだぞ。

 僕の背中のミミズ腫れを、増やさないでおくれよ。

 見てください、こんなにツルハシを一生懸命に振っています。


 奥の方で、奴隷の悲鳴が聞こえてきた。


 「ぎゃー、助けて」

 「お願いだ。鎖を外してくれ」

 「うぅ、逃げられない」

 「ぐぎゃー、痛い」


 奴隷頭の〈ダキ〉が、奴隷の後ろへ急いで隠れてやがる。

 奴隷を盾に使う、本当に嫌なヤツだ。

 無精髭(ぶしょうひげ)を生やした脂(あぶら)ぎった顔に、心底反吐(しんそこへど)が出る。


 「【咬鼠(かみねずみ)】が出やがった。早く、駆逐人(くちくにん)の〈ヤザ〉先生達を呼べ」


 【咬鼠】が、次々と奴隷を咬み殺しながら、こちらへ向かってくる。

 1mくらいの大きさで、鋭い歯が口から飛び出している獣だ。

 それほど大きくはない身体に比べて、大きな頭と大きな口と大きな歯を持っている。


 こいつは本来塔の中にいるのだが、何かの拍子(ひょうし)に塔から抜け出してきて、人間を襲うんだ。

 塔の中にいる獣は、非常に獰猛で強い生命力がある、普通じゃない生き物だ。


 等級(レベル)を上げた強い人でないと、とても太刀打(たちうち)が出来ない。

 等級が何も上がっていない、奴隷の僕たちでは、一方的に咬まれて殺されるだけだ。


 とうとう、【咬鼠】が僕の目の前まで迫ってきた。

 前にいた奴隷の、腹や太ももの裏の肉を、鋭い歯で咬み千切(ちぎり)ながらだ。


 腹を咬み千切られた奴隷は、内臓を撒(ま)き散らして、悲鳴を上げながらのたうち回っている。

 太ももの裏の肉を咬み切られた奴隷は、太い血管から血を噴き出させて、固い地面を喚(わめき)ながら必死に這はっている。

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