第9話 糸の塊

 「〈アワ〉、大変だ。骨があったよ。人が死んでるよ」


 「キャー、こっちを見ないで」


 コイツは何よ。

 いきなり近づいて、バカなの。

 離れたところから、声をかける頭が無いんだ。


 「ああ、そうだったな。ごめん。後ろを向いているよ」


 私は、好きになった人にしか、肌は見せないのよ。

 私は若い女性なんだから、もっと気を使いなさいよ。


 それにしても、ここに人骨か。

 こんなところに。

 本当かな。


 「人骨が、あったのですか」


 「そうなんだ」


 「少し待ってください。服をちゃんと着ますから」


 こんな糸の塊では、どうしようも無いよ。

 自分で言っておいて何だけど、ちゃんと着れるわけが無いと思う。


 「ふー、どうしようもないです」


 ため息と愚痴が出てしまう。

 私はそれでも、何とか糸の塊を身体へ巻き付けてみた。

 だけど、かなり素肌が見えてしまっている気がする。

 これが限界だわ。

 しょうがない。


 「もう、こっちを見ても良いですけど、あまり見ないでください」


 胸は何とか隠したけど、代わりに下半身が隠しきれなかった。

 足はもうあきらめるとして、お尻が隠れていると良いのだけど。


 〈はがと〉を見ると、こっちを見てはいない。

 それは、良いのだけど。

 目を背けるような態度が、気にいらないな。


 私の病気の身体を、汚いと思っているんだわ。

 しょうがないけど、かなりムッとする。


 「こっちだ。案内するよ。歩ける」


 「水を飲んで、ましになりました。何とか歩けます」


 私は、何とか歩けるようになった。

 やっぱり、水はすごい。


 こんな服の状態で、〈はがと〉に負ぶってもらうのも嫌だ。

 頑張って歩こう。


 しばらく歩くと、緑の物が見えた。

 教わったことがあるコケだ。

 やった、食べ物だ。


 「あっ、苦汁苔(にがしるごけ)と酢汁苔(すじるごけ)がありますね。これ食べられますよ」


 「本当」


 「苦いのと酸っぱくて、美味しくはないですが、我慢すれば食べられます。緊急時の食料と学んだことがあります」


 「そうなんだ。これで少しだけ寿命が延びたな」


 「少しだけですね」


 〈はがと〉の言う意味は、私も分かる。

 少し生き延びたとしてどうなるの、と言いたいのだろう。

 でも、出来る限りあがき続けるしか無いんだよ。

 あなたも、死ぬのが怖いはずでしょう。


 「人骨は、そこの窪みにあるんだ」


 私は、〈はがと〉が指し示した窪みを覗き込んだ。


 「本当に人骨みたいですね。窪みから引き出してあげましょう」


 本当にあった。

 この人は、なぜこんなところで死んだんだろう。

 こんな岩しかないところで。


 理由はどうあれ、この人をこのままにしては置けない。

 霊魂が、現世に彷徨(さまよ)ってしまう。


 「えっ、引き出すの」


 〈はがと〉が嫌がっている。

 なぜ。

 奴隷なら人が死ぬことに、慣れているはずでしょう。


 もしかしたら、骨が怖いの。

 骨を忌避(きひ)する宗教があるのかしら。


 「野ざらしは可哀そうです。埋葬してあげたいです」


 私が説得すると、〈はがと〉は渋々ながら、骨をスコップで引っ張り出した。

 人骨を忌避する宗教を、信仰しているわけじゃ無いみたい。

 単純に骨が怖いんだ。


 腐った肉がついているのなら分かるけど、こんなに綺麗に白骨化しているんだから、それほど嫌がる理由が良く分からない。

 変な人だな。


 〈はがと〉が、埋葬のための穴を掘っているうちに、私は祝詞をあげてあげよう。

 見習い巫女の祝詞でも、無いよりは百倍ましのはずだ。

 この人のために、心を込めて唱えよう。

 この人が安らかに眠り、霊魂が清められ、聖なる高みに昇って行けるように。


 「今唱えていたのは、何なの」

 

 「死者を送る祝詞(のりと)です。私は見習い巫女だったのですよ」


 〈はがと〉に聞かれて答えた「だった」が切ない。

 もう、私は見習い巫女じゃないんだ。

 仲間の元へは、帰れないんだ。


 固い石に当たって、〈はがと〉は浅い穴しか掘れなかったようだ。

 でも、もう骨になっているのから十分だと思う。

 骨を埋めてあげて、見えなくするのが重要なんだよ。

 埋葬した人の前に立って、〈はがと〉と2人で昇天を願った。


 埋葬を終えて、私はこの人の上着を使うことにした。

 私には大き過ぎるけど、今着ているのは、もう服じゃない。


 「〈アワ〉、服とかはぎ取っても良いのかな」


 「はぎ取ってはいません。有効に使わさせて頂いているのです。全然違います」


 〈はがと〉が変なことを聞いてくる。

 「はぎ取る」のは、強盗や盗賊団のすることだ。

 亡くなった人から譲り受けるのとは、全く違う。


 〈はがと〉の考えは、良く分からないな。

 〈はがと〉はどこの国に生まれて、どんな育ち方をしたのだろう。

  私とは、全く違う気がする。


 「たたられたりしない」


 もっと、訳が分からないことを聞いてきた。

 たたられるのは、非道なことをした時だけだよ。

 見ず知らずの人を、埋葬してあげたのに、やっぱりバカなの。


 「しません。私達はちゃんと埋葬してあげました。感謝されているはずです」


 この人の着ていたズボンも、使わせて頂くことにした。

 私は上着を使うから、ズボンは〈はがと〉が使えば良い。


 シャツと下着は、残念ながら、ボロボロで形がもう無かった。

 それから、剣、針、コップも使わせて頂く。

 全部錆びているけど、錆びを落とせば使えるだろう。

 絶対あるはずと、探していた火打石も見つけることが出来た。


 泉も見つけたし、服や剣とかも手に入った。

 地獄で神と言うけれど、本当にあることなのね。

 神様に、感謝の祝詞を捧げなくちゃいけないわ。


 〈はがと〉は奴隷を逃げ出して、あの部屋を見つけた。

 泉も見つけたのも彼だし、コケや服や剣とかも、見つけたのは彼だ。

 〈はがと〉は、今、運のめぐりが良いのかも知れない。

 しばらくは、〈はがと〉の尻馬に乗るのも、ありかも知れないな。


 もう一度、埋葬した人に手を合わせて、あの部屋に帰った。

 歩けないことは無いけど、〈はがと〉に負ぶってもらった。

 厚手で大きな上着を着ているから、もう恥かしさは無い。

 丈も長過ぎるのが幸いして、私の膝近くまでを隠してくれている。


 〈はがと〉は埋葬した人の荷物を取りに行き、帰って来てまたコケを採集しに行っている。

 私はその間に、錆びを落とす砥石(といし)に出来る石を探しておこう。

 硬くて粒子が細かい石が、良いと思う。

 中々良い石を見つけた時に、〈はがと〉が帰ってきた。

 スコップは、こんもりと緑色だ。

 あまり美味しそうには、見えないな。

 コケだもの。


 〈はがと〉が、パンを一切れと、肉を千切って渡してくれた。

 良く噛んで食べた。

 これも、もう無くなるのね。

 次はコケか。


 私は「ごちそうさま」と礼を言った。


 「どういたしまして。疲れたから、俺はもう寝るよ」


 と〈はがと〉はもう寝るようだ。


 〈はがと〉は、今は夜だと思っているみたい。

 私も、何となくそう思う。


 私も疲れているから、もう寝よう。

 〈はがと〉から離れるのは、当然だ。


 まだ、信用は出来ない。

 相手は若い男なんだから。

 若い男と二人切りでいるのは、飢えた狼(おおかみ)といるのと同じだと聞かされた。

 私は狼と同じ部屋で眠るんだ。

 安心してはいけないと思う。


 だけど眠気が襲ってきて、目を開けていられなくなってきた。

 昨日より身体が少し軽くなり、だるさもあまり感じないな。

 今日は泉の水を飲めたし、身体も拭けたから、気分良く寝られるよ。

 唯一の汚点は、〈はがと〉に半分裸を見られたことかな。

 終わったことは、気にしないでおこう。


 ああ、眠い。

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