第25話 縄

 〈はがと〉が、〈塔神殿〉や〈待機所〉へ行けないのかと聞いてきた。


 あぁー、無知って嫌になるな。

 〈塔〉がどれだけ大きいのか知らないの、見たら嫌でも分かるでしょう。

 【咬鼠】にいつでもどの方向からでも、襲われる恐怖を持ったまま、何日も歩き続けられるはずがないでしょう。

 寝る時はどうすんのよ。


 でも〈はがと〉が何の気なしに言った言葉で、私はすごく良い案を思いついた。

 ウロウロと危険な探索を続けるよりも、エサを撒いておびき寄せれば良いんだ。

 ずっと安全で効率的だと思うわ。


 エサを撒いた翌日は、なにも変化は無かった。

 それはそうよね、物事はそんなに上手くは行くはずないわ。


 それに【咬鼠】がいなくて良かったと思う自分がいる。

 怖いから出来れば、出会いたく無いって思う自分がいるのよ。

 自分ながら困ったものだと思うけど、しょうがないじゃない。

 そう思いながらも勇気を持って、やるべき事を行っているのを褒めてほしいくらいよ。


 私はまたコケの煮汁を皮へ滲み込ませる作業を行い、〈はがと〉は罠の強度を上げているわ。

 部屋の中に不格好な物が出来たけど、しょうがないわね。



 まだ二日目だから、【咬鼠】はどうせいないと思うけど、他にすることもないから様子を見に行くことにした。


 少し確認して直ぐに帰るつもりだったのに、【咬鼠】が硬い骨をバリバリと噛み砕きながら、私をジロリと見たわ。

 この骨の次は、お前の骨を咬み砕く番だと告げているんだ。

 私の身体が急に冷たくなり、震えが止まらなくってしまった。


 「ひゅっ」


 狭くなった私の喉から、漏れている掠れた声だ。


 【咬鼠】から目が全く動かせないし、試さなくても自分の身体を動かせないのが分かってしまう。

 これが聞かせされていた「気後れ(きおくれ)」と言う、恐怖で痺(しび)れた状態なんだろう。


 圧倒的な強者の〈塔獣〉と遭遇した時に、絶望した心が陥(おちい)るもので、何も出来ないまま高確率で喰われてしまうと教えられた。

 分かってはいるのだけど、怖くて動けないんだ。

 【咬鼠】とは二回目なのに、こんなになるほど、情ないほど私は怖いんだ。


 もうダメだと思っていたら、〈はがと〉が私に手を引っ張ってくれた。

 あぁ、〈はがと〉の手から、温かいものが私の身体へ伝わってくるよ。

 守られて嬉しいって気持ちが、ぴょこんと私の心の奥に生まれてきたみたい。

 〈はがと〉は、二回とも私を見捨てないで、今も私を助けようと力強く引っ張ってくれているんだ。


 もう身体は冷たくなくなったので、私は全力で〈はがと〉の後を追おう。

 震えが止まった私の身体は、とても軽くてどこまでも、〈はがと〉を追いかけることが出来るんだ。


 立ち直った私は何とか部屋の中へ、滑り込むことが出来て、罠の縄をヒシっと掴んだ。

 【咬鼠】が部屋へ侵入をしようと、獰猛に歯をむき出しているのを、〈はがと〉が剣で防いでくれている。


 「〈アワ〉、早く」


 〈はがと〉が急かしてくるけど、今引っ張ろうとしていたところよ。


 「はっ、分かっているわ」


 「それなら、早く引けよ」


 〈はがと〉も【咬鼠】が目の前にいるのだから、焦っているんだな。


 私は今だと思い、縄を力一杯引っ張った。

 思い切り引っ張ったから、私は勢い余って、縄を掴んだまま倒れてしまった。

 決してこの縄を離してはいけなと、ただ必死だったんだ。


 倒れてもがきながら、それでも引っ張っていたら、余っていた縄がなぜか身体へ絡みついてくる。

 えっ、どうしてこうなるのよ。

 身体が動かせないわ。


 「あぁぁ、絡(から)んでしまったのよ」


 縄の先にずっしりと重みがあるから、【咬鼠】の首に罠がはまっているとは思うけど、宙づり状態となった私は身体の向きを変えられないため、様子を見ることが出来ない。

 剣が肉にぶつかる音がするから、〈はがと〉が頑張っていることは分かる。


 どうか神様、〈はがと〉へお力をお貸しください。


 しばらくして、部屋の中に聞こえる音は、〈はがと〉との激しい息遣いだけになった。

 【咬鼠】が動いている気配は、なくなっている。


 ふぅー、良かったわ。

 【咬鼠】を倒せたみたいね。


 「〈はがと〉、助けて」


 情けないけど宙づり状態だから、自分で縄をほどけないんだよ。

 両手も縄に絡まっているため、自分ではどうしようもないんだ。


 「はぁ、〈アワ〉、慌て過ぎだよ」


 「ふぅん、分かっているわ。結果的にちゃんと、縄を引けたから良いでしょう」


 「〈アワ〉は運が良いのかな」


 「運が良いのは〈はがと〉でしょう」


 「えっ、奴隷にされたんだぞ。良い訳ないだろう」


 「私は〈赤星病〉なったのよ。それより見てないで縄を解いてほしいの」


 「あぁ、分かったよ」


 〈はがと〉の視線が、さっきから私のお尻へ向いている。

 きっと私のお尻は、むき出しになっているんだわ。

 下着も履いていないのに、どうすんのよ。

 恥ずかし過ぎるよ。


 それにこれから、縄をほどく時に、〈はがと〉に身体を触られてしまうんだ。

 今は少しも自分では動けないと思ったら、怖くなってきたよ。


 「変なところを触っちゃダメだからね」


 私は真っ赤な顔をしていたと思う。

 〈はがと〉が私の身体の色んなとことろを、触るから声が出てしまうし、そんなとこ止めてって思ってしまう。


 ロープから助けられた私は、服を下へ引っ張りながら、照れ隠しで「解体するわよ」とぶっきら棒に言うしかないじゃない。

 「えっ、今から」と〈はがと〉は言うけど、私はまだ恥ずかしさの余韻(よいん)が残っているから、何かしないと居たたまれないなんだよ。


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