第24話 縄
後ろを走る〈アワ〉の足音も、徐々に力強さが増していくようだ。
〈アワ〉の頑張りもあって、前よりは早く部屋に到着することが出来た。
〈アワ〉を背負っていない分、僕は余裕で走ることが出来たし、女の子だけど〈アワ〉はとても足が速かったんだ。
かなり運動が得意な子なんじゃないかな。
僕と〈アワ〉が部屋へ滑り込んで、僕が剣を構え〈アワ〉がロープを握った直後、【咬鼠】が扉の隙間へ頭を突っ込んできた。
【咬鼠】は鋭い歯を僕達へ見せつけて、大きく開けた口から「グジュ」「グジュ」と涎(よだれ)をたれ流している。
柔らかい肉がついた僕達を、直ぐに食べられるご馳走としか見えないのだろう。
黄色にギラギラと鈍く光る目は、僕の腹と〈アワ〉の太ももを、狂おしく見ていると思う。
僕は【咬鼠】の目を狙い何回も剣で突き刺した。
だけど僕なんかの素人の剣さばきでは、【咬鼠】の目に当てることは無理だし、強靭(きょうじん)な毛に守られた頭の固い皮膚を、少しだけ傷つけることしか出来ない。
しかし、扉の隙間を限定したことで、部屋への侵入を阻(はば)むことには成功をしている。
僕が何とか【咬鼠】を牽制(けんせい)出来ているうちに、〈アワ〉が上手くロープを引っ張ってくれるだけだ。
僕に傷つけられ怒り、猛烈に歯をガチガチと鳴らしている【咬鼠】を、押さえていられる時間は長くないぞ。
「〈アワ〉、早く」
「はっ、分かっているわ」
「それなら、引けよ」
「あぁぁ、絡(から)んでしまったのよ」
〈アワ〉からマズイ状況が伝えられた直後、ロープが強く引っ張られて【咬鼠】の首に上手くかかり、不完全な首つり状態のようになっている。
僕はここだと思い、【咬鼠】の首の裏側に剣を思い切り突き刺した。
首の裏側は頭や顔と違って、剣が何とか刺さるため、毛も皮膚も柔らかいんだろう。
剣を刺した感じも、ここは他と違いヌプヌプと刺さるって感触だ。
三回刺したら【咬鼠】が暴れなくなり、動きが止まったのは、こと切れたんだろう。
僕は「はぁ」「はぁ」と荒い息をついて、やっと終わったと思った。
【咬鼠】の侵入を押さえている時間は、現実にはかなり短いのだけど、僕には何時間も経ったように感じたんだ。
でも上手くいって良かったよ。
ホッとしたらすごく疲れたぞ、もう動きたくないな。
「〈はがと〉、助けて」
【咬鼠】はもう死んでいるのに、助けってなんだ。
後ろを振り向いたら、〈アワ〉がロープに絡まっていた。
そう言えば、さっき「絡んでしまったのよ」と言っていたな。
どうもロープに絡まったまま倒れたから、偶然にも全体重を乗せて、ロープを引いたかっこうになったみたいだ。
はぁー、偶然に上手くいっただけなのか、うわぁ、危ないところだったんだ。
目の前に見えている〈アワ〉のかっこうも、すごく危ないな。
倒れた拍子に服がめくれたのだろう、白いお尻がむき出しになっている。
両手もロープに絡まっているため、自分ではどうしようもないらしい。
「はぁ、〈アワ〉、慌て過ぎだよ」
「ふぅん、分かっているわ。結果的にちゃんと、縄を引けたから良いでしょう」
「〈アワ〉は運が良いのかな」
「運が良いのは〈はがと〉でしょう」
「えっ、奴隷にされたんだぞ。良い訳がないだろう」
「私は〈赤星病〉なったのよ。それより見てないで、早く縄を解(ほど)いてほしいの」
「あぁ、分かったよ」
「変なところを触っちゃダメだからね」
〈アワ〉は脚にギュッと力を込めて身を固くしているようだ。
脚の間を見られたく無いのだろう。
僕がロープを外している間、〈アワ〉は顔を真っ赤にして眉間(みけん)に皺(しわ)を何本も寄せていた。
僕の手が少しでも身体に触れると、「ひゃ」とか「いゃ」とか小声を出すのを止めろ。
僕がいやらしいことを、やっている感じにしないでくれないか。
僕は【咬鼠】との死闘が終わったばかりだから、ものすごく精神的にも肉体的にも疲れているんだよ。
ロープから助けてあげた〈アワ〉は、ブカブカの服を思い切り下へ引っ張りながら、少し怒った感じで「解体するわよ」と僕へ言ってくる。
「えっ、今から」と僕はうんざりとしてしまう。
少しは休ませろよ。
◇◇◇◇◇◇ 〈アワ〉の視点 ◇◇◇◇◇◇
罠が出来たので、キョロキョロと【咬鼠】を探しながら歩いている。
〈はがと〉は剣を持っているけど、私はスコップしか持っていない。
剣を持っていたとしても、私には上手く使えないけど、スコップなんかじゃ不安しかないよ。
【咬鼠】を探しているのに、いなければ良いとつい思ってしまう。
私は何をしようとしているんだろう、行動と思考がチグハグになってしまっているけど、怖いものは怖いんだ。
それでも半日くらい探し回ったが、【咬鼠】の痕跡(こんせき)も見つからない。
その代わりにコケを見つけて、私は嬉しくなったけど、ひょっとしたらこの嬉しさは【咬鼠】がいなかったからかも知れないな。
コケが手には入ったんだ、何もないよりは遥かにマシだから、ここはコケで嬉しくなったと思っておこう。
コケの煮汁を皮へしみ込ませたら、皮がかなり柔らかくなり革と呼べそうになってきたわ。
これなら良い値段で売れそうだと思ったけど、一枚ではとも思う。
ふぅー、やっぱりもっと【咬鼠】を倒さなければ、ならないんだな。
ズーンと気が滅入(めい)ってしまう。
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