第26話 〈2段階〉

 ◇◇◇◇◇◇ 〈はがと〉の視点 ◇◇◇◇◇◇


 罠はかなり有効と実証出来たので、【咬鼠】をあの後七匹も倒すことが出来た。

 七匹も倒せたのは、今いる場所が〈塔の零階〉の外れだから【咬鼠】が単独でいたのと、〈アワ〉が【咬鼠】に慣れたせいだと思う。

 もう竦(すく)んだり、慌てることが無くなったんだ。


 僕が初めから【咬鼠】にある程度対処出来たのは、鎖に繋がれていないせいだと思う。

 鎖に繋がれ自由を奪われた状態で、【咬鼠】を眼の前で見た時と違い、剣もあるし自由に動けるんだ。

 最悪は石をどかして扉を閉めれば、簡単に助かることが可能だから、それほどの恐怖は感じない。

 この世界へ飛ばされて奴隷になったから、以前より感情が歪(ゆが)んでしまった可能性もあるな。


 【咬鼠】の〈術素玉〉を四個食べた時に、僕は〈段階〉を一段昇って〈2段階〉へ進んだらしい。

 〈アワ〉に「身体が熱くなって、力が湧いてくるようだ」と言ったら、それが〈段階〉を昇る時の現象だと言われた。

 「感覚的なものしかないから、分かりにくいな」と言ったら、〈塔神殿〉に行けば現在の〈段階〉が分かると教えてくれたけど、なぜ分かるのだろう。


 どんな原理で分かるのか、すごく不思議でとても興味が出てきた。

 昔やったゲームの設定にも、そんなのがあったと思う。

 〈塔〉とは一体なんなんだろう。


 その後〈アワ〉も〈術素玉〉を食べて、僕と同じく〈2段階〉へと進んだみたいだ。

 「わあぁ、何でも出来る気がするよ」となんだか全能感に浸(ひた)ってしまったらしい。

 分かる気もするけど、ちょっと危険だな。


 〈アワ〉の病気はすっかり良くなった。

 赤黒い斑点は姿を消して、今は白くて傷一つないスベスベした肌へ変わっている。

 八匹も倒したから肉をたっぷりと食べられて、毎日泉の水を大量に飲み身体も洗ったからだと思う。


 ただ僕を誘って泉へは行かなくなってしまった。

 【咬鼠】から走って逃げられる自信がついたのか、一人だけで泉へ行き、〈ついてこないで〉と言うようになったんだ。


 まあ僕も、金魚の糞(ふん)じゃないから、無理に行きたい訳じゃないぞ。

 頼まれたから行ってやったのに、「こないで」とは言い方がおかしいと思うな。


 だけどそんなものは、些細(ささい)なことだ。

 いよいよこの部屋を出て、〈南部連合〉の〈巫女の家〉を目指す時が来たんだ。

 〈2段階〉へ上がったため、普通の人と喧嘩(けんか)しても、滅多(めった)に負けることはないらしい。

 腕力も体力も素早さも、常人より能力が上がっているので、簡単に捕まり奴隷にされる心配はなくなったってことだ。


 それに売るものも大幅に増えている。

 五匹分の【咬鼠】の毛皮と燻製肉だから、かなりのお金になると思う。

 三匹分の肉は僕達のお腹へ収まり、毛皮は〈アワ〉の服と僕の靴へ変っている。


 服と言っても二枚の毛皮を無理やり繋げたものだし、靴は〈アワ〉が作っくれたんだが、毛皮の袋みたいなものだ。


 「〈アワ〉、ありがとう。これなら小石を踏んでも足が痛くないや」


 「ふふっ、どういたしまして。ただ素人の私が作ったものだから、出来るだけ早く本当の靴に履き替えないと壊れてしまうわ」


 僕は〈アワ〉の着ていた上着と、前から履いていたズボンに、毛皮の靴で〈肥溜め〉を上がろうとしている。

 目立たないために、真夜中の時間帯を狙って町へ潜入し、靴と〈アワ〉の服をゲットするのが当初のミッションだ。


 僕だけが行くのは、〈アワ〉の服が無いためだ。

 毛皮の服では悪目立ちして、訳ありなのが一目でバレてしまう。

 僕はこの世界の常識を持っていないから、僕の持っている総合的な能力が、この後試されることになるんだな。


 ◇◇◇◇◇◇ 〈アワ〉の視点 ◇◇◇◇◇◇


 自分でも吃驚するくらい上手く、罠を引っ張ることが出来て、七匹もの【咬鼠】を倒すことが出来た。


 私がもう【咬鼠】に〈気後れ〉しなくなったのと、〈はがと〉の力がかなりあるせいだと思う。

 〈はがと〉は身長がとても高くて、〈南部国人〉では見たこともない大柄な男だ。

 お肉を沢山食べたからか体格が際立って、もう〈聖想皇国人〉みたいに見えるし、力もかなりあるのだろう。


 【咬鼠】の〈術素玉〉を、私も〈はがと〉も四個食べた時に、〈段階〉を一段昇り〈2段階〉になることが出来た。

 〈2段階〉になるのは一番初めだから、すごく簡単だと聞いていたけど、【咬鼠】の四匹分か。

 微妙だわ。


 これの数が少ないのか、多いのか、私には良く分かならない。

 〈3段階〉へ上がるには、【咬鼠】だったら百匹分必要らしいので、それを考えると少ないって思うのかな。


 ただ、初めて〈段階〉が上がった感覚は、独特で素晴らしいものだった。

 私は思わず「何でも出来る」と言ってしまって、〈はがと〉が少し引いていたように思える。


 何よ。

 病気が良くなって嬉しい時に、こんなのが重なったんだ、それは興奮するのはしょうがないじゃないの。


 興奮と言えば、私は〈はがと〉と一緒に、泉で身体を洗うのはもう止めにしたんだ。

 〈赤星病〉に侵されていた私の肌は綺麗になったし、枯れ木のようだった身体も丸みを取り戻したわ。

 〈はがと〉がどう感じているのか分からないけど、〈はがと〉を水浴びに誘うのは、違うことも誘っていると思われかねない。

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