第22話 罠
「そのことって、【咬鼠】の毛皮を売るってことか」
「そうなの。毛皮を誰に売るって話よ。いきなり私達が【咬鼠】の毛皮を、お店に持って行ったら、すごく怪しいと思わない」
「へっ、そうかな。僕は爽(さわ)やかな青年だと思うな」
「ふふっ、それなら私は可憐な美少女よ」
「冗談はさておき、まずは【咬鼠】をどうやって倒すかだな」
「もう、冗談って言うのは酷いよ。嘘でもそう思うって言いなさいよ」
〈アワ〉は怒っている振りだけだ。
僕達は先へ進む道筋が、僅(わず)かに垣間見(かいまみ)えて、かなり陽気になっていたのだろう。
僕と〈アワ〉は、【咬鼠】を倒すため罠(わな)を設置することにした。
まともに対峙(たいじ)して、何とかなる相手じゃないんだ。
僕達の強みは、丈夫な扉に守られたこの部屋しかない。
この前みたいに扉の隙間へ、【咬鼠】を挟み込んで、動きを封じることが重要だ。
そのために僕と〈アワ〉は、大きな石を部屋へ運び込んで、扉の隙間を狭める作業を行った。
隙間の左右に大きな石を置くことで、部屋に入れる部分を限定したんだ。
そこにロープで作った罠をしかけることにした。
輪にしたロープと枯れ木とで作った簡単な罠だけど、タイミングさえ合わせれば、何とかいけると思う。
でもタイミングが遅くても、早過ぎても、僕達は【咬鼠】に嚙砕かれてしまうのだろう。
〈アワ〉も簡単過ぎる罠を現実に見て、暗い顔になっているな。
この罠であの凶暴な【咬鼠】を、拘束出来る未来が少しも見えないのだろう。
その気持ちは僕も同感だ。
現実逃避だけど、一心に剣を研いで、あまりそのことは考えないようにしよう。
◇◇◇◇◇◇ 〈アワ〉の視点 ◇◇◇◇◇◇
〈南部連合〉の〈巫女の家〉へ行くために、二つのことを〈はがと〉へ話すことにした。
一つ目に、もっと泉の水を一杯飲むことと、身体をもっと洗いなさいって言ってあげたわ。
泉は文字通り〈命の泉〉で、身体を健康にして病気を治す効果があって、その証拠に私の病気が見たとおり良くなったと説明してあげたの。
〈はがと〉は、「僕の背中のミミズ腫れも良くなっている」って言ってたから、自分でもある程度〈命の泉〉の効果を分かっていたのね。
二つ目を話したら、〈はがと〉は「えぇー」と悲鳴を上げていたわ。
「【咬鼠】をもっと倒そう」と言ったのだから、当然だけどね。
もし私が言われたら、〈バカなんじゃない〉って言ったと思うわ。
だけど、三日も旅をするのだから、無一文で靴も着る服も無いのでは、全くお話にもならない。
一発で逃亡した奴隷と間違われて通報されるか、良いカモがいたと通報されないで奴隷にされるだけだ。
その点〈赤星病〉の時は大丈夫だったけど、はぁ、それは奴隷にもなれないってことよね。
〈はがと〉が【咬鼠】の毛皮が、いくらで売れるか聞いてくるけど、そんなこと私に聞かないでよ。
途中で離脱した〈見習い巫女〉が、そんなこと知っているはずがないわ。
その前に、高価な〈塔獣〉の毛皮を買い取ってくれるかが、大きな問題よ。
買い叩かれたとしても、〈巫女の家〉へ行けるだけの路銀が出来れば、それで良いのよ。
私達に、毛皮を適正価格で売る伝手(つて)も、能力も何も無いのが分からないの。
だけど〈はがと〉は、毛皮が高く売れると思って嬉しくなったのか、ぬけぬけと「僕は爽(さわ)やかな青年だ」って言ってきたよ。
それなら私は「可憐な美少女よ」って返してやったわ。
自分で言ってて、すごく恥ずかしいのに、〈はがと〉は「冗談」だとほざいてくれたわね。
女の子に言って良い事じゃないよ、少しくらい褒めなさいよ、って思う訳よ。
ただ少しだけ、雰囲気が和(なご)んだかな。
無謀なことでも、目標があるってことで、〈はがと〉も私もちょっぴり気分が高揚しているんだと思う。
それから、私の計画以上の案がなかったのでしょう、〈はがと〉も諦めたような顔で、【咬鼠】を倒す罠を作り始めたわ。
石と木とロープで作った単純な罠だ。
原理は分かるし罠にはめればすごく有効だと思うけど、私の気分がとても重くなる。
〈はがと〉が【咬鼠】を剣で牽制している間に、時機を合わせてロープを引くのだけど、私が時機を誤れば二人とも【咬鼠】に咬み殺されてしまうのよ。
はぁ、責任が私の肩へ重くのしかかってくるんだ。
剣を研いでいる〈はがと〉の横で、私はロープを引く練習をしてみるけど、上手くいかなそうな気がして憂鬱(ゆううつ)になってしまう。
◇◇◇◇◇◇ 〈はがと〉の視点 ◇◇◇◇◇◇
朝食を食べた後、泉の水を飲み身体を洗ってから、【咬鼠】を探すことになった。
罠の設置が完了したため、扉の隙間に上手く誘い込めれば何とか出来るはずだ。
僕は剣を強く握り、〈アワ〉はスコップを胸にヒシっと抱えている。
二人とも腰が引けて、周りをビクビクと見ているのは、どうしようもない。
【咬鼠】と不意に遭遇すれば、二人とも命を簡単に失うんだ。
ははっ、【咬鼠】へ誘い込むって作戦だけど、僕達が【咬鼠】の縄張(なわば)りへ突っ込んで行っているだけじゃないか。
こうして現実に作戦を実行してみると、肌感覚でおかしいって気がしてくるぞ。
他の選択肢が無い僕達が、【咬鼠】に誘い込まれているだけじゃないのか。
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