第21話 桃色
私はスッキリとした気持ちになって、〈はがと〉へ「もう帰りましょう」と伝えた。
〈はがと〉と私は運命的に出会ったんだから、この先も運命を共有すると思う。
だから私は〈はがと〉へ、〈巫女の家〉へ行く事を提案してみた。
〈はがと〉が奴隷になった経緯(けいい)は知らないけど、きっとろくなことじゃないのは容易に想像出来る。
〈はがと〉はどこへも帰る場所など、無いに違いない。
だって奴隷だもん。
〈巫女の家〉へ行けば、奴隷と同様に死ぬ可能性が高くなるけど、生き残った時の人生は奴隷とではまるで違う。
人々に賞賛されて豊かな生活が送れることが、約束されているんだ。
〈はがと〉に〈巫女の家〉と〈祈術〉の話をしたら、かなり興味を持ったみたい。
ふふっ、〈はがと〉は超人になりたいお子様だもの、単純に強くなりたいと夢を持ったのね。
その夢は簡単じゃないことと、〈巫男〉は〈祈術〉じゃなくて〈攻術〉だってことは、〈巫女の家〉へ受け入れられた後で知れば良いわ。
得体の知れない〈はがと〉が、受け入れられるかは、かなり微妙だと思う。
その場合に私がどうするのかは、その時に考えましょう。
この部屋でこれ以上考えても、不確定要素があり過ぎて意味を持たないのだから。
〈はがと〉がどこへも行くあてがないのは想像通りだったけど、奴隷になった原因は私の想像の斜め上に大きく外れていた。
〈記憶喪失〉って、何て怪しい言葉なのかしら。
うーん、だけど〈はがと〉が、嘘を吐(つ)く理由が思いつかないな。
親に売られたとか、間抜けだから騙(だま)されたとか、そんな理由なら今更私に隠す必要があるはずが無い。
奴隷になったってことは、皆そんな理由に決まっているはずよ。
最底辺まで落ちたことが知られているのに、何を取り繕(とりつくろ)う必要があるの。
それとも、人殺しとか犯罪に関わった過去があるのかしら。
うーん、そうじゃないと思う。
まだあどけない少年だし、短い付き合いだけど、根っからの悪人とは少しも思えない。
伝染病にかかった私を見捨てないで、背負って逃げてくれたんだよ。
「そうか、〈アワ〉の身体の斑点が無くなってきたのは、病気が良くなってきた印(しるし)なんだね。それで前にいた所へ帰れることが可能になったんだ」
でも〈はがと〉に私の斑点のことを聞いたら、〈えぇー〉と絶句しそうになったわ。
「はっ、まさか。〈はがと〉は私の裸を見たの」
「えっ、見てないよ。顔や手の斑点が薄くなってきているじゃないか」
そうよね。
〈はがと〉が後ろを振り返った気配は何も感じていないし、私には良く見えないけど、顔の斑点は目立っていたらしいわ。
一番目につく所だもの、それは気がつくわね。
「んー、見てないのね。ごめんなさい。それと教えて欲しいんだ。私の顔の斑点はどうなっているの」
「うーん、簡単に言うと、赤黒い斑点が薄い桃色になってきているよ」
わぁー、本当に嬉しいよ。
桃色って素敵な色だ。
自分でもそう思っていたけど、薄くなっているって他人に言われると、やっぱり治ってきてるんだと強く思えるわ。
嬉し過ぎて涙が止められないわ。
〈巫女の家〉を出る時にも我慢出来たのに、どうして今は我慢が出来ないのだろう。
〈はがと〉に、泣いているこころを見せたくないのに、弱い私を見せてはいけないのに、涙が止まってくれないよ。
〈はがと〉は私の提案通りに、〈巫女の家〉に行く事にしたようだ。
私も同じだけど、〈はがと〉には選択肢が他にはないのだろう。
◇◇◇◇◇◇ 〈はがと〉の視点 ◇◇◇◇◇◇
〈アワ〉に提案された、〈南部連合〉の〈巫女の家〉へ行く準備を始めることとなった。
一つ目は、なぜか泉の水を一杯飲んで、身体をもっと洗うってことだ。
〈アワ〉の話では、泉は文字通り〈命の泉〉で健康を回復する効果があるらしい。
おとぎ話のような事だけど、現に〈アワ〉の病気は良くなっているし、僕の背中のミミズ腫れも良くなっていると思う。
それに以前から行っていたことだから、量と回数を増やすだけのため、ハードルはすごく低く簡単に実行可能でもある。
二つ目は、すごくハードルが高いことだ。
〈えぇー〉って叫ぶような事で、あの【咬鼠】をもっと倒せって、〈アワ〉は無茶苦茶言うんだよ。
〈アワ〉が言うには、このまま〈肥溜め〉から外へ出ても、〈南部連合〉の〈巫女の家〉へ行く前に行き詰ってしまうってことらしい。
僕も〈アワ〉も靴を持っていないし、服は男物がひと揃(そろ)えあるだけで、〈アワ〉の服が全く無いから、逃亡奴隷に間違われるか奴隷狩りにあう可能性が大だと言うことだ。
まあ、僕は逃亡奴隷そのものだからな。
「おぉ、〈アワ〉あれか。【咬鼠】の毛皮を売って、靴と〈アワ〉の服を調達しようってことか」
「えぇ、その通りだわ。〈巫女の家〉までは、速足でも三日はかかると思うから、その間の路銀(ろぎん)も必要よ」
「そうか、そうだよな。お金なしでは旅は出来ないよな」
「ふふっ、旅ね。旅と言うより移動って感じになると思うわ。野宿はかなり危険だから、宿も含めて一日一銀貨は必要でしょうね」
「ふーん、【咬鼠】の毛皮が何枚で一銀貨になるんだい」
「そのことと【咬鼠】を倒すのが、超えなくてはいけない関門(かんもん)なのよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます