第20話 〈命の泉〉

 「うっ、それが。騙(だま)されて奴隷になる前の記憶がないんだ」


 「ふぅん、記憶喪失ってことなの」


 〈アワ〉は、この説明を信じてくれているのかな。

 額(ひたい)に皺(しわ)が、クッキリと寄っているから結構疑っている感じがする。


 まあ、いきなり記憶喪失って言うヤツのことを、誰だって信用はしないよな。

 過去を話したくないヤツの、ド定番の言訳だからな。

 怪しさが満開で、訳あり感が満載だ。

 そうであったしても、僕はこのまま押し通すしか思いつかないんだ。


 「そうなんだ。自分の名前くらいしか思い出せないんだよ」


 「記憶を失ってフラフラとしていたところを、奴隷狩りに捕まったってこと」


 「おぅ、大当たりだ。ここはどこなんだと、キョロキョロと歩いていたら、声をかけられてそのまま奴隷にされたんだよ」


 記憶喪失以外は嘘じゃない。

 異世界転移の直後は、親切に声をかけられたら、ホイホイと付いて行くのはしょうがないだろう。

 神様的な存在からの説明も、何もなかったんだから、他に何が出来るって言うんだよ。


「〈はがと〉は、とても不幸な目にあったんだ」


 確かに僕は不幸な目に遭ったけど、そう言う〈アワ〉も不幸さでは負けていないな。

 感染症にかかったことで、〈巫女の家〉を追い出されたんだろう。

 あぁ、泉で感じた違和感が、今分かったぞ。


 「そうか、〈アワ〉の斑点が無くなってきたのは、病気が良くなった印(しるし)なんだね。それで前にいた所へ、帰れることが可能になったんだ」


 「はっ、まさか。〈はがと〉は私の裸を見たの」


 あっ、マズい雰囲気だ。

 〈アワ〉が僕を睨(にら)みつけるように見ているぞ。


 「えっ、見てないよ。顔や手の斑点が、薄くなってきているじゃないか」


 「んー、見てないのね。ごめんなさい。それと教えて欲しいんだ。私の顔の斑点はどうなっているの」


 「うーん、簡単に言うと、赤黒い斑点が薄い桃色になってきているよ」


 「桃色か。私の病気は〈赤星病〉と言うんだけど、赤黒い斑点が出た後は、それが全身に広がって死んでしまう伝染病なのよ。薬はもちろん、〈回復〉の術でも、決して治すことが出来ない恐ろしい病なんだ。でもそれが広がるどころか、薄くなっているってことは、症状が軽くなっているってことだと思うの。奇跡的なことなんだよ」


 〈アワ〉は一気に話した後、静かに涙を流し始めた。

 自分の人生を狂わせた病が、良くなってきたので感動しているんだろう。

 それとも、以前自分がいた場所へ、帰れることが嬉しいのかも知れないな。


 僕も元の世界へ、自分の家へ帰れたなら、きっと嬉しくて泣いてしまうだろうな。

 この先の不幸自慢は、僕の方が圧勝しそうだ。


 相談の結論は、〈アワ〉の病気が完治した後、〈南部連合〉の〈巫女の家〉を目指すことになった。

 まあ、結論もクソも僕にはどこへも行くあてが無いから、〈アワ〉の行きたい所へ行くだけなんだ。

 それでも僕は、少し嬉しくなった。

 未来に目標があるってことは、生きていく上で必要不可欠なものだと、つくづく思う。


 

 ◇◇◇◇◇◇ 〈アワ〉の視点 ◇◇◇◇◇◇


 朝ご飯を食べてたら、食糧が後何日持つのかの問いかけがあった。


 ふーん、〈はがと〉も先のことを考えているんだ。

 〈はがと〉の食べる量も聞いて、概(おおむ)ね五日程度と答えておく。


 五日か。

 物乞いをしてた時は、今くらいの量の食べ物があれば、極楽気分だったと思うけど、今は〈後五日〉と思ってしまう。

 人って一度満足を覚えると、それ以上じゃないと不安になってしまうのね。


 泉で身体を洗いながら、自分の肌をもう一度良く見てみる。

 どう見ても、斑点が薄くなっているわ。

 それに身体を動かしても疲れたりしなくなったし、咳も出るようなことが無くなった。


 〈赤星病〉の末期患者が、スコップで【咬鼠】を突く事なんか出来っこない。

 必死で突いたけど、少しだけ休めば直ぐに動くことが出来たわ。


 じんわりとした嬉しさが、胸の中へ広がってくるよ。

 このまま病気が完治したら、〈巫女の家〉の家へ帰れるんだ。


 〈連れ合い〉になるはずだった、〈ダク〉はどうしているかなと、つい考えてしまう。

 ふっ、〈巫女の家〉を出てからもう何か月も経ったんだ、きっと今は他の女の子と〈連れ合い〉になって塔に挑戦しているに決まっている。

 当然じゃない、期待はしちゃだめよ。。


 ただ私が言えることじゃないけど、露骨(ろこつ)に色目を使っていた、〈サミ〉だけは選ばないで欲しいな。

 〈ダク〉が不幸になるだけだよ。

 私が泣きそうになりながら〈巫女の家〉を出る時、ニヤニヤしていた〈サミ〉だけは、死んでも許せない。


 はっ、こんな暗い思考ではいけない、未来に待っている幸福が嫌がって逃げしまうよ。

 無理やりでも、違うことを考えるんだ。


 んー、治るはずのない〈赤星病〉が、なぜ治ってきたのだろう。

 身体を清潔にして、お肉を食べて栄養がついたのは、大きな要因だとは思う。


 だけどそれだけでは、良くなるはずがない。

 それで治るのなら、〈赤星病〉が忌(い)み嫌われて恐れられる病にはなり得ない。

 考えられるとしたら、この泉ね。


 〈巫女の家〉で教えてもらった話では、塔の階層ごとに〈神秘の湧水〉があると言う。

 その〈神秘の湧水〉は、死ぬような怪我も、凶悪な毒症状も全て〈回復〉してくれるらしい。

 この泉は、たぶんその〈神秘の湧水〉の水が、含まれているんだわ。

 上の層からここへ、滲(し)み出しているのよ。


 〈はがと〉が名付けた〈命の泉〉って、改めてピッタリの名前なんだ。

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