第19話 〈巫女の家〉

 一人じゃ怖いから、また〈はがと〉を誘って、泉へ行くことにした。

 〈はがと〉はあまり乗る気じゃなかったけど、嫌とは言わないのが、この子の良いところね。


 裸になって身体を拭(ぬぐ)っていたら、〈えっ、嘘でしょう〉と心の中で大きく叫んでしまった。

 すごく驚いてしまったんだよ。

 私の身体にも、不思議なことが起きていることが分かったんだ。


 身体中にあった、あの赤黒い斑点が、薄くなっているんだよ。

 見間違いかなと思って、じっくりと観察しても薄くなっているみたい。


 私は少し震えたけど、〈そんなはずはない〉と自分へ言い聞かせた。

 これは一時的にこう見えるだけで、〈病気は良くなっていない〉と思うことにする。

 〈赤星病〉が治るなんて奇跡なんだから、安易な期待は後で自分が辛くなるだけだと分かっているんだ。


 私は努めて冷静に普段どおりに振る舞って、夕食を食べて眠ることにした。

 夕食は皮についたお肉と脂だ。


 美味しいかどうかは、私には分からなかった。

 赤黒い斑点が薄くなっていることが、私の頭の中をグルグルと回り続けていたからだ。

 期待するなって私の心へ言っているのに、言うことを聞いてくれないんだ。

 私の心は素直じゃないんだな。


 ◇◇◇◇◇◇ 〈はがと〉の視点 ◇◇◇◇◇◇


 今日の朝食は腿(もも)のお肉だ。

 ごく普通の肉って感じで、少しパサつくけど噛むと旨味が湧いてくるな。

 この調子で肉を食べ続ければ、〈後何日持つのかなあ〉と〈アワ〉へ尋(たず)ねたら、五日くらいは持つとの結論になった。


 うーん、五日か。

 六日後には、何か行動を起こす必要があるんだな。

 僕は腿肉の残りを口に放り込んで、ゆるいことを考えていた。


 今日も焚火を燃やし、肉を煙で燻している。

 お腹が満たされて揺らめく炎を見ていると、この世界へ飛ばされてから、初めて生きることに余裕が生じたと思う。


 僕はこれからどうしたら良いのだろう。

 どこへ行って、何をすれば生き続けることが出来るのだろう。


 いつ死んでも全く問題がない、いつ殺されても何も文句が言えない、奴隷は絶対に嫌だ。

 最低な境遇から逃げ出せたんだ、死なれたら困る人、殺される時は死ぬほど抵抗出来る人になりたい。

 バカにされない、蔑(さげす)まされない、尊敬される男になりたいんだよ。


 「〈はがと〉、泉で身体を洗いに行きましょうよ」


 〈アワ〉は本当に綺麗好きだな。

 少し潔癖症の気があるんだと思う。

 余裕が生まれたから清らかで綺麗な女へ、〈アワ〉はなろうとしているのかも知れない。


 同じ部屋で暮らしているんだ、無用ないさかいが起きないように、ここは同調しておこう。

 男にも清潔感が求められるらしいし、身体を綺麗に保つことは健康のためにも良い事だよな。


 「うん、良いよ。直ぐに行こう。喉(のど)も渇(かわ)いたからね」


 泉の水を一杯飲んで、僕が身体と服を一通り洗っても、まだ〈アワ〉は身体を洗うのを止めない。

 あまりに時間がかかっているから、僕は焦(じ)れてしまい、つい後ろを向いてしまった。


 視界の端(はし)に、〈アワ〉の小さくて白いお尻が見えてしまう。

 僕は思ったよりも、丸くて柔らかそうなお尻に、慌てて前へ向き直りドキドキしている。

 もっとガリガリで、骨ばっていると思っていたんだ。

 あんなに女の子だとは、知らなかったんだよ。


 だけどドキドキが収まって、〈アワ〉の後ろ姿を思い出すと少し違和感が残った。

 うーん、何か変だな。


 〈アワ〉は僕にお尻を見られたことに、気がついていないのか、「もう帰りましょう」と平穏(へいおん)な口調で告げてくる。

 良く考えれば、至近距離で二人とも真っ裸なのに、〈アワ〉は平気なんだ。

 〈アワ〉は僕を一人前の男だとは思っていないらしい。

 バカにされない、尊敬される男までの道のりは、遥(はる)か彼方(かなた)にあるんだな。


 「〈はがと〉と相談があるのだけど、少し良いかしら」


 部屋へ帰ると、〈アワ〉が真剣な声で話しかけてきた。


 「んー、相談ってなに」


 突然だったたから、僕は少し怯(ひる)んだ感じで答えたと思う。


 「それは、この部屋で一生は暮らせないってことよ。〈はがと〉は、どこかへ行くあてがあるの」


 うーん、それはそうだよな。

 この部屋で一生暮らすのは、当たり前だけど、無理だと僕も分かっている。

 そのうち食べ物が無くなるか、【咬鼠】に大怪我を負わされて、それで詰んでしまうだろう。


 だけど僕はこの世界へ飛ばされて、直ぐに奴隷へ落ちてしまったから、あてなんかあるはずがない。


 「うっ、あてはないよ」


 「元奴隷だもの、それはそうよね。それじゃ、私が前に属していた〈南部連合〉の〈巫女の家〉に行かない」


 「〈南部連合〉の〈巫女の家〉ってどんなところなの」


 「塔の南にある三つの国が経営している、塔へ挑戦するための、機関なのよ」


 「塔へ挑戦って、どうして」


 「それは強い〈塔獣〉の〈術素玉〉を食(しょく)して、〈段階〉を上げることにより〈祈術(きじゅつ)〉を得るためなの」


 「〈祈術〉って何なの」


 「〈祈術〉は祈りを唱えることにより、特別なことが可能になる力よ。〈祈術〉の中でも一番重要なのが、〈恢復(かいふく)〉の術ね。〈恢復〉は怪我や病気を治すことが出来るのよ」


 「ふーん、そこに僕も所属することが出来るの」


 「〈はがと〉は男の子だから、正確には〈巫男(みお)の家〉だけど、〈はがと〉はどう見ても〈南部連合人〉の特徴が強いからいけると思うんだ」


 「へぇー、僕は〈南部連合人〉の特徴が強いんだ」


 「そうよ。私もそうだけど、黒髪で瞳が黒くって肌が黄色いのが〈南部連合人〉の特徴よ。〈はがと〉も奴隷にされる前は、〈南部連合〉のどこかの国で暮らしていたんでしょう」


 うーん、〈アワ〉にどこまで話したら良いんだろう。

 ロケットが落ちてきて、その爆発の衝撃で異世界へ飛ばされたと言っても、とても信用してくれそうにないな。

 説明する僕自身も、半信半疑だからな。

 どう考えても信憑性(しんぴょうせい)が皆無(かいむ)だ。

 他国どころか他の世界なのに、普通に会話が成立するのも、自分でも全く説明がつかない。

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