第32話 〈岩土竜〉
交渉の場に同席してくれるとありがたかったのだが、お母さんはここまででのようで、お婆さんと僕に頭を下げてから、少し慌てた感じで帰ってしまった。
お婆さんが苦手なのか、一緒に居るのはちょっと嫌みたいな感じだ。
「わしは、〈カユ〉と言ってな。この地域でケチな仲買人をやっておるんじゃ。たまに仲介人でもあるがな」
「私は〈アワ〉と言う名前です。本日は時間を割いて頂きありがとうございます」
「僕は〈はが〉と言います。今日はよろしくお願いします」
「ほっほっ、普通に挨拶が出来るのか、貧民街の出ではないのじゃな。立ち話もなんじゃ、ほれ、そこの椅子に座っていなさい」
僕と〈アワ〉は、玄関から直ぐ入った所にある、テーブルと椅子が四脚置いてある区画へ案内をされた。
壁には山を描いた風景画が飾ってあり、カーテンも薄いのと厚いのがある、かなり豪華な造りに見える。
貧民街の家には、似つかわしくない感じだ。
このお婆さんはお金持ちで、何か権力的なものも持っているらしい。
「〈マイ〉の話じゃ、お前さん達は【咬鼠】の肉と毛皮を売りたいのじゃな。匂いがしとるそのズタ袋に入っておるのか」
「はい、そうです」
「これが【咬鼠】の肉と毛皮です」
僕はズタ袋から肉と毛皮を取り出し、それをテーブルの上に置きつつお婆さんの顔色をうかがうと、かなり興味があるような顔をしていたと思う。
視線が肉と毛皮へ注がれていたから、そう判断したんだ。
「おっ、本当に【咬鼠】じゃな。お前さん達は、これをどこで手に入れたんじゃ」
「破棄された〈塔鉱山〉の奥で、運良く狩れたのです」
〈アワ〉が打ち合わせ通り、何とか信用してくれそうな説明を行ったけど、お婆さんの顔は疑い深そうに見える。
「お嬢ちゃんは何者じゃ」
〈アワ〉はそう問われて、しばらくお婆さんの目を睨みつけるように見てから、半分は正直に話すことにしたらしい。
「私は〈見習い巫女〉です。人さらいに会い、ここまで連れて来られましたが、ここにいる〈はが〉と運良く逃げることが出来たのです。〈南部連合街〉へ帰りたいと願っております。私も〈はが〉も、〈位階〉が一つ上がっていますので、【咬鼠】を狩ることが出来たのです」
「ほぉ、〈見習い巫女〉かの。確かに気のきつそうなとこは、その通りなんじゃろう。ただ、【咬鼠】が昔の〈塔鉱山〉におることは嘘じゃな。そんなとこに出おったら、この地域が襲われているはずじゃ。もちっとマシな説明がないのかえ」
お婆さんは、〈アワ〉の説明では納得してくれなくて、もっともな疑問を問いかけてきた。
不思議な部屋のことを正直に全部話すか、その秘密は守るのか、どちらの選択肢が良いのか難しい局面だ。
今日会ったばかりで、一筋縄(ひとすじなわ)ではいかない感じがプンプンしているお婆さんだ、頭から信頼するのは間違っている。
だけど、このお婆さんを怒らせたり嫌われたりすれば、僕達の未来が一瞬のうちに閉ざされてしまうんだ。
「迷路のようになっている坑道の奥に、隙間を見つけたんです。あれは人が作ったものじゃなくて、大昔に穴を掘る〈塔獣〉が作ったものだと思います」
「おっ、未知の〈塔獣〉がいたっていうのかい。それはまた、大きく出たもんじゃな」
「えぇ、そうなんです。僕はそいつに〈岩土竜(いわもぐら)〉と名前を付けました。【咬鼠】よりかなり強いので、【咬鼠】はそいつが掘った穴を通ることを避けているのです」
「その〈岩土竜〉はどうなったのじゃ。聞いたこともないの」
〈アワ〉が怖い顔で僕を睨んでいるけど、走り出した僕はもう止まれないよ。
どこへ着くかは〈神のみぞ知るぞ〉だけど、このまま突っ走って行くしか道はないんだ。
Go、Go、レッツゴー、闇雲につっぱしれ、転がり出した言葉は、トコロテンなのさ。
「〈塔獣〉の世界も厳しいものなのです。個体としては〈岩土竜〉の方が強いのですが、繁殖力は【咬鼠】が圧倒しているのです。何せ鼠ですからね。〈岩土竜〉は穴を掘ってばかりいたので、生存競争に敗れ去り舞台から退場して行ったのです」
「ほっほっ、短い間に良く考えたの。ちょいと下品じゃが、落ちも何とかついとる。おぬしは不思議な男よ。おぬしが普通じゃないことは、このババアにも分かるぞ。〈巫男〉となり〈塔〉に挑んだおぬしが、どこまで高みに登れるか、老い先短いわしの楽しみの一つに加えてやるわ」
お婆さんはすでに用意していたんだろう、使用人に背負いの小汚い鞄を、二つ持ってこさせた。
「この中に入っているのが、【咬鼠】の肉と毛皮の対価じゃ。〈南部連合街〉までは歩いて二日じゃから、何とかなるじゃろう」
リュックの中に入っていたものは、汚れた靴、古着の下着が二枚、使い古した水筒、色が変な革の小物入れと継ぎ接ぎだらけのローブだけだった。
「うっ、これだけですか。【咬鼠】のお肉と毛皮は、もっと高価な物のはずです」
〈アワ〉がこれは酷いって顔で、お婆さんに詰め寄っている。
正直、僕ももう少しは良い物と交換出来ると思っていた。
「そうだよ。嫌なら、お肉と毛皮は持ってお帰り。何の後ろ盾もないお前さん達に、こうしてやるのは、単なるわしの気まぐれなんじゃ。小物入れに銀貨をそれぞれ十枚入れてやったから、十分過ぎるんじゃよ」
「分かりました。ありがとうございます」
僕はお婆さんにお礼を言って、〈アワ〉の手をちょこんと叩いて、帰る合図を送った。
お婆さんにこれ以上交渉しても意味が無い、僕達の立場が弱すぎるんだ。
「ありがとうございました」
〈アワ〉はかなり不服そうだったけど、それでも頭を下げて最低限の礼儀は守っているのが、とても良い子だと思う。
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