第6話 〈命の泉〉
◇◇◇◇◇◇ 〈はがと〉の視点 ◇◇◇◇◇◇
目を覚ました。
鎖に繋がれて無いためか、久ぶりに良く眠れたと思う。
自由に寝返りが出来るのは、こんなに快適なんだな。
嬉しい発見だ。
この部屋の床は固いが、固い床で眠るのは、もう慣れている。
何年も奴隷だったからな。
今が朝なのが、何となく分かる。
奴隷の習性で、早朝に起きることが習慣になっているんだ。
習慣と言うより、本能だ。
起きないと鞭で打たれて、命に係わるからな。
少女はまだ寝ている。
ひょっとしたら、死んでいるのかも知れない。
相当、病状が進んでいたように見えていたからな。
確かめて見るか。
少女のそばに行くと、少女がビクッとして起きた。
まだ、生きていたか。
「おはようございます。奴隷さん」
少女は小さく掠れた声で、つぶやくように言った。
ちゃんと挨拶が出来るのは、良いことだが「奴隷さん」は無いよな。
「おはよう。でも、俺はもう奴隷じゃないよ。〈はがと〉っていう名前が、ちゃんとあるんだ」
「〈はがと〉」
「そうだよ。君にも名前はあるのかい」
「ありますよ。〈アワ〉と言います」
「〈アワ〉か。良い名前だね」
良い名前かどうかは知らないけど、褒めておいた方が良いんだろう。
「ありがとう」
「もう残り少ないけど、朝食だよ」
僕は〈アワ〉に、パンと肉を少し千切って渡してあげた。
残りは少しずつ食べても、2食分になるか無いかだ。
何とか、水だけでも確保しないと、直ぐに死んでしまうな。
〈アワ〉は、少しのパンと肉を一生懸命に噛んでいる。
きっと歯も、もうダメなんだろう。
「今日はこの部屋を探索しよう。ガラス板みたいのを見つけてくれ」
〈アワ〉は、コクンとうなずいた。
うなづくだけか、あまり良く、分かっていないのかも知れないな。
僕と〈アワ〉は左右に分かれて、部屋の壁を丁寧(ていねい)に探した。
でも〈アワ〉は、もうあんまり動けないみたいだ。
直ぐに座り込んでしまっている。
いつ死んでもおかしくない感じだな。
〈アワ〉には期待しないで、僕だけで探すしかないな。
ひたすら探し続けていると、入ってきた壁と反対側の壁に、やっとガラス板みたいのを見つけた。
はぁ、あるとしたら反対の壁だろうから、最初に探せば良かった気もする。
まあ、あったんだから、問題ないとしよう。
ガラス板に手をかざすと、壁が四角くに開いた。
へへっ、やったぞ。
開いたぞ。
「〈アワ〉、開いたぞ。こっちに来てみろよ」
〈アワ〉がだるそうにやってきて、壁の外を覗(のぞ)き込んでいる。
壁の外は、岩だ。
地面が岩というか、岩肌だ。
ゴツゴツしていて固そうだな。
大きな岩もあちこちに点在している。
枯れた木が、少し落ちているだけだ。
天井も岩に見えるが、薄ぼんやりと明るいのが、かなり不思議だと思う。
光源はどこにあるのだろう。
「〈アワ〉、そこに手を置いたまま、待っててくれ。外を見て来る」
〈アワ〉は、コクンとうなずいている。
外に出るのは少し怖いけど、外へ出て行かない訳にはいかない。
頼りのスコップを、固く握りしめて外へ出た。
少しかっこつけて言うと、座して死を待つだけだ。
うーん、何か違う。
これじゃ、死んでしまうじゃないか。
地面は、見たとおりでとても固い。
岩そのものだな。
壁も岩だ。
天井は3mあるくらいで、やはり岩のようだ。
〈塔鉱山〉で無いのは、ハッキリと分かる。
間違いようが無い。
死ぬほど、掘っていたからな。
だけど自然の洞窟じゃない、ある程度平らで裸足でも歩きやすいんだ。
明らかに人の手で作られたものだと思う。
大きな岩をさけて、少し歩くと「ピチョン」「ピチョン」と水滴の音が聞こえた。
おぉ、水だ。
ラッキー。
神様、ありがとうございます。
急いで音をたどっていくと、直径1mくらいの水溜りがあった。
天井のひび割れから、少しずつ滲(し)みだしているようだ。
俺は、水溜りの水を両手ですくって、飲んだ。
腹一杯飲んだ。
お腹が、チャプチャプと鳴るくらい飲んだ。
こんな美味しい水を飲んだのは、生まれて初めてだ。
奴隷になってから、ひどい水ばかり飲まされたけど、前の世界でもこれほど美味しい水は無かったと思う。
この水は特別な水だと思った。
少し冷たくて、無色無臭で、スッキリとくせが無く澄んでいるんだ。
それでいて、天然のミネラルが沢山含まれている感じがする。
こういう水を名水と言うんだな。
生水を飲むのは、良くないと言うけど、そんなの知ったことか。
この水を美味しく感じるのも、奴隷の時がひど過ぎただけかも知れないが、美味しいんだからそれで良いんだ。
それが正解だ。
正義だ。
ジャスティスだー。
嬉しくて、とてもテンションが上がってしまった。
この世界に来て、初めてと言って良いほどの嬉しい出来事だ。
ここを〈アワ〉にも、早く教えてやろう。
はははっ、また吃驚するぞ。
自然に笑いが込み上げてきて、押さえきれない。
僕は急いで、部屋の中へ戻って〈アワ〉に伝えてあげた。
「〈アワ〉、見つけたぞ。すごいんだぞ。冷たくて、無色無臭で、スッキリと澄んでいるんだぞ」
「あのう、何ですか」
「水だよ。命の水だよ」
「あっ、水、ありました」
「ははは、そうだよ。〈アワ〉も喜べよ」
〈アワ〉は、「水」と聞いてハッとなっている。
目を見開いているぞ。
だけど思ったように、驚いていないな。
〈アワ〉も喉(のど)が渇いているはずなのに、反応がかなり薄い。
あぁ、拍子抜(ひょうしぬけ)けだよ。
半分のボールを慎重に壁の四角くに置いて、俺達は部屋の外へ出る。
〈アワ〉がよろよろとしか歩けないので、僕が背負っていくことにした。
〈アワ〉は枯れ木のように軽くて、枯れ枝のようにガリガリに痩せている。
身体はひどく熱いのに、生きている人間を背負っている感じがしない。
「私に触ると病気が」
「縄でしばる時もう触ったからな。もう遅い気がするから良いよ」
水溜りに着くと、〈アワ〉は「あぁぁ」って、しゃくり上げて泣き出した。
水を見つけたって言う僕の言葉を、信じていなかったんだな。
〈アワ〉は顔を水溜りつけて、水をゴクゴク飲んでいる。
喉(のど)がゴクゴク動いていた。
「喉は、本当にゴクゴクと動くんだな」
「水です。本当に命の水です。こんなに美味しい水を、飲んだのは初めてです」
〈アワ〉は泣きながら、一気にしゃべっている。
こんなに、長くしゃべるのは初めてだな。
咳もしてないぞ。
「そうだろう。命の水だろう。そうだ、ここは、〈命の泉〉と名付けよう」
「はい。賛成です。うふ、良い名前ですね」
「相応(ふさわ)しい名前だろう」
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