第7話 骸骨

 「はい。それとお願いがあるのです」


 「なに」


 「身体を水で拭きたいので、一度部屋に連れて帰ってもらえませんか。あの丸い物を、取ってきたいのです」


 「ふーん、身体を拭くの。丸い物をどうするの」


 「あれで、水をくむのです。この泉に私が直接入ると、泉が病気で汚れます」


 「そうか。分かったよ」


 〈アワ〉をまた背負って、部屋まで帰ってきた。

 半分のボールを取ろうと思ったが、これを取ってしまうと部屋の中へ入れなくなるぞ。

 それはマズイよな。


 「あのう、代わりに石を置いたらどうですか」


 「おぉ、〈アワ〉は賢いな」


 「たいしたことじゃないです」


 そう言いながら、俺に褒められて〈アワ〉は少し嬉しそうだ。

 赤黒い斑点に覆われた顔が、ちょっと和(やわ)らいだ気がする。

 斑点で良く分からないけど。


 半分のボールの代わりに、石を置いたら上手くいった。

 石の方が、安定してて良いぐらいだ。


 半分のボールを持った〈アワ〉を背負って、泉へと戻った。


 「少し離れていてもらえませんか。お願いします」


 「そう。分かったよ」


 そう言えば、僕はこの世界に来てから、一度も身体を洗っていないな。

 身体は相当臭いけど、気にしないでおこう。

 服も臭くて、鞭で打たれたところが破れているけど、奴隷の服は丈夫さだけが取り柄だ。

 〈アワ〉のボロボロの服よりは、だいぶましだと思う。


 〈アワ〉の希望どおり泉から離れたので、ついでに周辺を探索してみよう。

 少し進んでも、岩ばかりで、本当に何も無いな。

 少し枯れ木が、あるだけだ。


 もう少し進むと、また水滴の音がした。

 でも今度は、水溜りが出来るほどの量じゃなかった。

 ただ、コケが水滴のかかる岩の表面に生えている。

 コケって食べられるのかな。

 何も無いのだから、食べるしかないよな。


 コケを観察していて、ふと先にある窪(くぼ)みが目についた。

 何か、茶色い物がある。


 近づいて良く見ると、ボロボロの布のようだ。

 ボロボロの布をスコップで突くと、中からなにか白いものが出てきた。

 なんだろうこれはと、もっと突いてゴロンと出てきたのは、人間の骸骨(がいこつ)じゃないか。

 空洞の眼窩(がんか)が、僕を恨(うら)めし気に見ているぞ。


 「ギャー」と大声で叫んで、僕は泉まで急いで逃げ帰った。


 「〈アワ〉、大変だ。骨があったよ。人が死んでるんだ」


 「キャー、こっちを見ないで」


 〈アワ〉がボロボロの服で、必死に自分の裸を隠している。

 俺を、きつく睨(にら)んでいるぞ。


 でもボロボロの服で、身体を拭いたのだろう。

 服が濡れて、もう服では無くなっている。

 服が汚い雑巾(ぞうきん)のようになって、〈アワ〉の裸体に絡みついているだけだ。


 赤黒い斑点が一杯ある青白い身体を、半分近くさらけ出している。

 隠しきれなくて、片方の胸や太ももがほぼ見えているぞ。

 信じられないほど痩せている。

 ガリガリだ。

 身体中が、気持ち悪い病気の斑点に覆われているんだ。


 「見ないで」と言われなくても、直ぐに僕は目を背(そむ)けた。

 見ていられないし、見たくもない。


 「ああ、そうだったな。ごめん。後ろを向いているよ」


 「人骨があったのですか」


 「そうなんだ」


 「少し待ってください。服をちゃんと着ますから」


 〈アワ〉は雑巾になった服で、何とか身体を隠そうとしているようだ。


 「ふー、どうしようもないです」とため息交じりに独り言を呟いている。


 「もう、こっちを見ても良いですけど、あまり見ないでください」


 〈アワ〉は苦労して身体を隠したんだろう、胸は何とか隠している。

 その代わりに、細くて棒になった太ももはまる見えだ。

 足にも赤黒い斑点が一杯あるんだな。


 肉が削(そ)げ落ちたお尻も、かなり危ない。

 半分以上見えているし、斑点もある。

 俺は、出来るだけ見ないようにした。

 見たく無いのが本音だ。


 「こっちだ。案内するよ。歩ける」


 「水を飲んでましになりました。何とか歩けます」


 〈アワ〉は、ヨロヨロと歩いてついてくる。

 今は自分の裸に敏感になっているから、背負うと言っても拒否するだろうな。


 ゆっくり歩いて、さっきの窪みに着いた。


 「あっ、苦汁苔(にがしるごけ)と酢汁苔(すじるごけ)がありますね。これ食べられますよ」


 「本当」


 「苦いのと酸っぱくて、美味しくはないですが、我慢すれば食べられます。緊急時の食料と、学んだことがあります」


 「そうなんだ。これで少しだけ寿命が延びたな」


 「少しだけですね」


 「人骨は、そこの窪みにあるんだ」


 〈アワ〉は、窪みを覗き込んだ。


 「本当に、人骨みたいですね。窪みから、引き出してあげましょう」


 「えっ、引き出すの」


 「野ざらしでは、可哀そうです。埋葬(まいそう)してあげたいのです」


 僕はそこいら中を探して、やっと土の部分を見つけた。

 その場所をスコップで穴を掘ることにする。

 直ぐ岩に当たって、浅くしか掘れなかったけど、何とか骨は入るだろう。


 その間〈アワ〉は小さな声で、お経(きょう)みたいものを唱(とな)えていた。


 「今唱えていたのは何なの」


 「死者を送る祝詞(のりと)です。私は、見習い巫女だったのですよ」


 〈アワ〉は、寂しそうに教えてくれた。

 〈見習い巫女〉って、神社の巫女さん? 

 この世界にも、神社があるのかな。


 浅い穴に人骨を埋葬して、二人で手を合わせた。

 手で触るのが嫌だったので、人骨はスコップで移動した。

 しっかりとは埋められなかったが、許してもらおう。

 岩だらけだから、しょうがないんだ。


 この人骨の人が着ていた服とかを、俺達はもらうことにした。


 「〈アワ〉、服とかはぎ取っても良いのかな」


 「はぎ取ってはいません。有効に使わさせて頂いているのです。全然違います」


 「たたられたりしない」


 「しません。私達、ちゃんと埋葬してあげました。感謝されているはずです」


 〈アワ〉は、どうしても服が欲しいんだな。

 今着ているのは雑巾だもの。


 この人骨が着ていた、上着とズボンを頂くことにする。

 シャツとパンツはボロボロで、形がもう無かったんだ。


 窪みを良く見ると、この人骨の人の持ち物が残っていた。

 錆びた剣、錆びた針、錆びたコップがある。

 全部錆びているけど、何も持っていない今の僕達には、全て必要な物だと思う。

 正直とてもありがたい。


 辺りを探していた〈アワ〉が、「火打石がありました」と言ってきた。

 ライターもマッチも、無い世界なんだな。

 改めて、そう思ってしまう。


 もう一度、丁寧に埋葬場所に手を合わせておいた。

 感謝しなくては、いけないんだ。


 僕達は、これらを部屋に運び込んだ。

 コケもスコップで採集している。


 〈アワ〉は人骨の人の上着を着ているが、すごくブカブカだ。

 大人の服を着た、幼い子供にしか見えない。 


 でも、足が膝まで隠れていて安心するな。

 ひどい状態の肌を見なくて済む。


 帰りは、疲れた〈アワ〉を背負って帰った。

 ゴツゴツとした、丈夫な上着の感触しかしないのは、とても有難い。

 枯れ木の感触じゃなくて、助かったと思う。


 はぁー、疲れた。


 〈アワ〉に酸っぱいパンを一切れと、臭い肉を千切って渡してあげる。

 僕も千切ったのを口へほうり込んだ。


 〈アワ〉は「ごちそうさま」と礼を言った。

 礼儀はちゃんとしているな。


 「どういたしまして。疲れたから、俺はもう寝るよ」


 俺は床にゴロンと寝転がった。

 固い床だけど、好きな時に寝ることが出来る。

 自由は良い。


 〈アワ〉は、ホームレスの時と今では、どちらが幸せなのかと、考えているうちに僕は眠ったようだ。

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