第17話 ご馳走

 私が休憩を提案すると、〈はがと〉は待ってましたって感じで、解体作業を直ぐに止めたわ。

 

 私は病人なんだから、それはないわって思ってしまう。

 服と身体が血と内臓のネチャネチャしたもので、ものすごく汚れているので、その思い以上に泉で今直ぐ身体を洗いたい。


 だけど【咬鼠】が怖いから、一人で泉には行きたくない。

 【咬鼠】が出るのに一人になるなんて、単なる自殺志願者にすぎないと思う。

 だから〈はがと〉と一緒に泉へ行く事にする。

 〈はがと〉は、のほほんとした同意の返事を返しただけだ。


 それと、この空腹感もどうにかしたいので、先に焚火を作ることにした。

 洗った服を乾かすことも出来るからね。


 泉で私は〈はがと〉と背中合わせで、服を全て脱ぎ捨てて、生まれたままの姿になっている。

 今振り返られたら、何もかもが見られてしまうんだ、そう思うとドキドキが止まらないわ。

 

 振り返られたら、どうしよう。

 怒って怒鳴るしかないよね。


 そう心配している私の後ろで、〈はがと〉は気分良く身体を洗っているみたい。

 振り返るような素振(そぶり)りを、〈はがと〉は微塵(みじん)も見せてはいないけど、コイツはどんな男なんだとも思ってしまう。


 濡れたままの服をかなり気持ちが悪いけど、それよりはお肉だ。

 【咬鼠】のお肉は焚火の上で、信じられないほど良い匂いを漂わせている。

 こんな良い匂いは、生まれて始めて嗅いだと思う。

 神様に最大限の感謝を。


 焼けたお肉は、私に信じられないほどの幸せを与えてくれた。

 お腹もすごく喜んで、もっともっと欲しいって叫んでいるみたい。

 ふふっ、美味しいな。

 お肉の大きな塊を二つも食べて大満足だ、明日も明後日も食べられると思うと、顔がニマニマとしてくるよ。


 「〈アワ〉、【咬鼠】って美味しいんだな」


 〈はがと〉がまた当たり前のことを言ってくる。


 「ふふっ、高級なお肉なんですよ。町で売ればかなりのお値段になります」


 私はすごく気分が良いので、笑いながら教えてあげた。


 「へぇー、そうなんだ。それじゃ今日はすごいご馳走だったんだね」


 そうだよ、ご馳走なんだよ。

 あっ、ご馳走って言えば、一番のご御馳走があるんだ。


 「ふふっ、しばらくはお肉が食べられるので、かなり幸せですね。それと、この〈術素玉(じゅつそだま)〉は、【咬鼠】を倒した〈はがと〉が食べるべきです」


 「うぅ、それを食べるの。ちょっと遠慮したいな」


 えっ、〈はがと〉がまた変なことを言うよ。

 〈術素玉〉を嫌がるなんて、奴隷って物事をしらない、本当に可哀そうな人達なんだ。


 「うーん、〈術素玉〉はすごくコクがあって美味しいらしいですよ。それにこれを食べ続けると、〈段階〉が上がっていくのです」


 「〈段階〉が上がるって、どう言うことなの」


 うーん、そんなことも知らないのね。


 「それは。身体能力が上がって、〈祈術(きじゅつ)〉や〈攻術(こうじゅつ)〉が使えるようになるってことですね」


 「〈アワ〉、その〈術素玉〉を沢山食べれば、超人に成れるってことなの」


 超人か。

 〈段階〉が上がった人は、普通の人から見れば、超人に違いないわね。


 「んー、簡単に言えば間違っていません。【咬鼠】の〈術素玉〉では、〈3段階〉までしかいけないと習いましたが、もっと強い〈塔獣〉の〈術素玉〉ならば、超人に成れるでしょう」


 「へぇー、すごいんだな」


 〈段階〉を上げることを、〈はがと〉は簡単なことだと思っているようだから、間違いを正しておいてあげなきゃ。


 「でもそれは、選ばれた人だけです。【咬鼠】が一番弱い〈塔獣〉なのですから、〈段階〉を上げるために多くの人が亡くなるのですよ」


 「〈アワ〉、教えてくれてありがとう。その〈術素玉〉をいただくよ」


 私の説明が良かったみたいで、素直に食べる気になったようね。

 〈はがと〉は元奴隷だけあって指示に従い過ぎるところはあるけど、言い換えれば素直な性格だから、それは美点でもあるわね。


 ふぅふぁー、それしても疲れたよ。

 お肉を食べられて満足したから、もう眠ることにしよう。


 んー。

 はっ、マズいことを思い出したわ。

 〈術素玉〉を食べた人は、〈燃え滾(たぎ)る〉って聞いたことがある。

 性的な衝動も盛んになるって、先輩が言ってたよ。

 〈はがと〉が〈燃え滾る〉と言ってきたら、私はどうしたら良いのよ。

 剣で身を守るのかな。


 ただ〈はがと〉は素直だから、私がそれは嫌だと話せば、案外大丈夫だとも思う。

 寝転んでいる〈はがと〉からは、滾っている雰囲気も漂って来ないから、ふふっ、超人になっている夢でも見ているんじゃないのかな。


 身体は大きいけど、まだ子供なんだ。

 子供を過度に恐れても、バカらしいだけね。

 気にすることは止めて、もう寝よう。


 ◇◇◇◇◇◇ 〈はがと〉の視点 ◇◇◇◇◇◇


 目覚めはすっごく良かった。

 この世界へ飛ばされて、一番の良い目覚めだと思う。

 何でも出来る気がして、手始めにラジオ体操を始めたぐらいだ。


 朝食は昨日に続いて、肉を焼いたものを食べた。

 内臓は腐るのが早いし、栄養が豊富だと〈アワ〉が言うもんだから、心臓と肝臓を食べさせられることになった。

 心臓はコリコリとした食感で特に問題は無かったけど、肝臓はモロにレバーだ。

 うぇー、何か臭いし独特の味がする。

 触感もブニュッとした感じで、吐きそうになったよ。


 僕が変な顔になって食べていたんだろう、〈アワ〉がクスクス笑っていたのが、ちょっとイラっとしたな。

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