雇用契約満了のおっさん事務員、実は陰で大賢者と呼ばれてます~「見てわかる」だけの外れスキル『理解力』で、全ての魔法が定額使い放題なだけですが?

御手々ぽんた@辺境の錬金術師コミック発売

第1話 雇用契約終了

「来期の舞踏会と魔素奉納式の事業計画書は、こんなものか。あー、パソコンが懐かしいな」


 俺はペンを置くと、腕をもみ、肩を回しながらざっと書き上げた書類を読み返す。


「おっさん事務員をコキ使い過ぎだよなー。雑用ばっかだし。あ、書類は三十部づつでいいか。『複製』と」


 かざした片手。中指に嵌めた安物の指輪の宝石が、キラリと光る。

 宝石が光る度に、俺は魔法で書類を複製していく。

 俺がぴかぴかと書類を複製していると、部屋のドアをノックする音。


「とうぞー」

「あ、カイン様! いらして良かった。王がお呼びです!」

「あーはいはい。わかりました。それにしても、わざわざ侍従長が自らお伝え頂き、恐縮です」


 訪れたのは顔見知りだった。

 単なる事務員の俺に比べると格段に身分の高い侍従長だったが、とても人柄の良い人なのだ。

 王宮では、いつも親切にしてくれていた。


「いえ、そんなっ! いつもカイン様には助けて頂いてばかりなので。それと、あの……ここだけの話なのですが、リヒテンシュタイン新王は、あまり機嫌が良くないご様子です。何卒、お気をつけください」


 声を潜めるようにして教えてくれる侍従長。

 前王と皇太子が毒で亡くなってしまい、急きょ王位についた新王、リヒテンシュタイン。残念なことに他に後継者がおらず、色々あって、薄くても王家の血の流れる元地方貴族のリヒテンシュタインが即位したのだ。


 その即位式の時に遠目では拝謁したが、俺は新王の人柄等は全く把握していなかった。ただ、今のところ、あまり良い評判は聞こえてこない。


 そんな俺なので、侍従長は心配してくれたのだろう。

 俺は侍従長へ感謝を返すと、作ったばかりの書類を手に、謁見の間を目指すのだった。


 ◇◆


「お前のような事務員風情に、この過剰な給与は目に余る。カイトといったか? お前の契約更新はしない。王宮より、今すぐ立ち去るがよい!」


 ──ええと、名前はカイン、なんだが……。はあ、そういえばちょうど雇用契約の更新の時期だったか。更新、無しかー。これって、無職になってしまった訳、か。まあ、それは仕方ないか。雑用しかしてないしなー


 あまりに突然のことに、俺が実感もわかずにボケッとしていると、なぜか周囲から声が上がる。


「リヒテンシュタイン王っ! お願いいたします! ご再考を!」「ご再考をっ」「私からもお願いいたします!」「カイン様は、かけがえの無い存在ですっ」「そうです! カイン様のお陰で、万事、物事がスムーズにまわるようになり──」


 謁見の間に居合わせた顔見知りの人々が口々に庇ってくれるのだ。

 しがないおっさん事務員に過ぎない俺には、過剰なほどに皆、優しい。


 とはいえ、組織のトップが辞めろと言うのだ。しかも、王という絶対的な権力者。

 いくらまわりの心優しい方達が庇ってくれても、決定が覆ることはないだろう。


 俺がそんな、覚めた目でいたせいか。はたまた、周囲から俺を庇う声にイライラしたのか、リヒテンシュタイン王の口調がヒートアップしていく。


「うるさいうるさいっ。王たる我の決定だ! 異論は認めぬ! そもそもなんだ、この書類とやらは! こんなものを作るだけの仕事しかしていない者など。王宮には不要だ! 衛兵っ、こいつの作った書類とやらを、全て処分しろっ」


 そういうと、俺が先程完成させたばかりの、事業計画書を率先してビリビリと引き裂いて、辺り一面に撒き散らすリヒテンシュタイン王。


 ──まあ、書類作りが俺の仕事の大半を占めているのは否めない。でも、リヒテンシュタイン王の即位式の実施計画書も、俺が書いたんだがな……うわ、というか、あれ、掃除大変だろ。そんなに盛大に紙を撒き散らしたら……。


 何か紙に恨みでもあるのかと疑うばかりに、ちぎった紙を振り回すリヒテンシュタイン。俺がその醜態に呆れた顔をしている回りで、俺を庇ってくれた人たちがみな顔を青くしている。


 ──ほら、やっぱり。みんな片付けのめんどくささに顔を青くしてる。侍従長なんて、偉いな。さっそく飛び散った紙を拾い始めているよ。仕事できる方ってのは違うな。率先して動いているところとか、流石だ。


 雑用慣れした俺も、思わず手伝おうと動きそうになる。しかし、そういえばついさっき解雇されたんだったと、動きを止める。

 今の俺はすでに部外者なのだ。下手に手を出すべきではないだろう。


「だいたい、舞踏会程度の催しなんぞ、こんなものがなくとも普通に行えるだろっ! そうでないのであれば、ここの人材が、よほど能力が低いのではないかっ?」


 そういって、俺を庇っていた人々をにらむリヒテンシュタイン。


 ──いやいや、そんなわけないって。侍従長を筆頭に、ここのスタッフさんたちは皆、超優秀だけど。あっ、「わかった」。リヒテンシュタインはもしかして元の実家基準で考えてたりする?


 俺の頭のなかに、そんな「わかった理解」が、すとんと現れる。


 ──あー、そうか。そうなのか。リヒテンシュタインは、一地方の辺境貴族の催す舞踏会レベルで考えているのか。そんなホームパーティみたいなのと、国の威信のかかった舞踏会がどれぐらい違うかなんて、普通の知能があれば、わかるだろうに。それに、魔素奉納式なんて、失敗したら国が傾くレベルなんだがな……


 俺は転移した際に唯一授けられた自身の外れスキルでそう、理解したのだ。


 ちなみにその外れスキルというのは「理解力」という名前のスキルだった。

 その名の通り、理解力が向上するだけという、外れスキル。さっきのように突然、「わかった理解」が頭のなかにおりてくるという効果だった。


 しかも、ある特定の事柄については、逆に理解できなくなるという、訳のわからないデメリットつき。


 そんなスキルしか転移特典がなかったので、せっかく転移した異世界なのだけれど、俺は事務員なんて安定志向の仕事をしている訳だった。

 とはいえ、前の世界でも事務仕事をしていたので、何とか食うに困らないぐらいには働けてはいた。

 ついさっきまでは。


 ──まあ、ちょっとした刺激を求めて、こっそりとしていた副業の方も最近形になってきてたしな。ちょうど良いから少しそっちに集中してみるかな。


 醜態をさらしていた、リヒテンシュタインが改めて俺に退場を告げる。なので、俺はこのままここにいるのは危なそうだと、さっさと謁見の間から退室しようと歩き出す。


 そこへなぜが向けられる、侍従長をはじめとした十数人からの、すがるような眼差しの意味を、に、俺は謁見の間から出ると、その足で王宮からも出ていくのだった。


【side 侍従長レーシュ】


「大賢者カイン様が国外へ去られてしまった、だと!」


 侍従長レーシュと今後の方針を深刻な顔で相談していた宰相の元へともたらされた、知らせ。


「はっ、間違いないかと。国境を守る守備隊からの連絡です」

「あの謁見の間から立ち去るときのご様子を見ても、到底、我々では拭えぬほどにお怒りなのでしょう」


 侍従長が、美麗な顔に深刻な表情を浮かべて、見解を告げる。


「仕方あるまい。王のあの行いだ。大賢者カイン様が激怒して当然だろう」

「──ああ、もう、この国はおしまいだ。大賢者カイン様がお作りになられていた資料は全て王の指示で破棄され、さらにカイン様ご自身まで……」


 国の中枢にいる役職持ちの人々から上がる、嘆きの声。


「起きてしまったことを悔やんでも仕方ありません。悲観することも同じです。今、なすべきは、差し迫った魔素奉納式を何としても乗り切ることです」


 その場の空気を何とか変えようと発言する、侍従長。


「舞踏会はどうするのです、レーシュ殿?」

「捨て置きます」

「そんなっ! 我が国の国威が、地に落ちるぞ!」

「魔素奉納式の失敗は、国の礎たる多くの民の命を危険にさらします。それを回避するのが第一かと」

「──仕方あるまい」「そうだな」


 侍従長レーシュの大胆な提案。しかし事態の深刻さを理解する宰相はそれを受け入れるのだった。


 ──ああ、カイン様。どちらに行かれてしまったのですか。私もこの忌々しい責任さえなければ、いっそ全てを捨てて、貴方を追いかけたい……


 有能さと尊き血筋を併せ持つがゆえに、若くして侍従長を勤める女侯爵たるレーシュ=ヴィ=トリエト。彼女は、内心ではそんなことを思いながら、こっそりと悩ましげなため息をつくのだった。


 ◇◆


「そういえば、国を出るのは久しぶりだったな。何せ事務の仕事じゃ外に出る機会なんて無いし、副業の方も短時間で済むように、近場でしかしてなかったからなー」


 スムーズに出国が出来た俺は、隣国の方の国境の街にいた。


「──おいあれ、もしかして噂の隣国の大賢者様っ」

「──しっ。その呼び名は好まれないと聞くぞ。何でも、その名でいくら呼び掛けても完全無視されるとか。もっぱらの噂だろ。おまえも、迂闊に口にするなっ」「す、すまん」


 遠くから、そんな会話が聞こえてくる。


 ──ふーん。そんな偏屈で偉そうな人が近くにいるのか。もう、しばらくは偉い方々に関わるのは面倒だし。さっさとこの場を離れるか。


 俺は大賢者と噂されているのが自分自身だとはに、足早にその場を離れる。


 前の職場での経験から、侍従長レーシュ様を筆頭に高貴な方々にも、とても素晴らしい人がいるのはもちろん理解していた。

 ただまあ、それと同じくらい、そうではない人もいるというのも、つい最近経験したばかり。そう、リヒテンシュタインとか。


 俺がしばらくは権力者に関わりたくないなーと思ってしまうのも仕方ないだろう。


 そうして足早に進んでいると、目的の建物が見えてくる。


「さすが、国境の街の冒険者ギルド。繁盛しているみたいだ」


 そう、俺がこっそりと行っていた副業というのは、冒険者だった。とはいってもモンスターとガチで戦うような仕事は、ほとんど受けてはこなかった。そういう依頼は、王都近郊にはあまり無かったのだ。


 冒険者ギルドの建物の中へと、はいる。

 何だか騒がしい。どうやらトラブルが起きているようだ。


 二人の人物が言い争っている。


 一人は冒険者ギルドの受付嬢だ。

 その受付嬢に向かって何か騒いでいるのも、女性だった。


 ──装い的には戦士系? ああ、デメリットありの外れスキル持ちかー


 俺は自分の外れスキル「理解力」で、その戦士の女性のことが、少しだけわかってしまう。

 彼女の持つスキルも俺の「理解力」と同じ、何らかのデメリットが付随した、いわゆる代償スキルと呼ばれるものだった。


 ──同じ代償スキル持ちとして、放っておくのもな……


 俺はそんな同族意識から、おずおずとその騒ぎの元へと近づくと、声をかけてみる。


「あのー、すいません。良ければ、少し手助けできるかもしれません」


 そう告げながら、ギルドの受付嬢に自身の冒険者カードを提示する。まあ、冒険者としての身分証のようなものだ。

 始めて訪れた冒険者ギルドで、余計な口出しをするのだ。これぐらいはマナーだろう。


「まあっ」


 俺を見て、驚いた様子になるギルドの受付嬢。何度も、俺の顔と冒険者カードを交互に見てくる。


 ──まあ、驚くよな。こんな騒ぎにわざわざ自分から首を突っ込むような人物は珍しいのだろうし。


「あっ、だ? な、よっ?(あなたはだれ? なんのよう?)」


 一方、女戦士のほうは、たどたどしい口調だ。声自体は大きいが、くぐもっていて聞こえにくい。ただ、一生懸命声を出そうと頑張っているのが伝わってくる。


 ──これが彼女の代償スキルのデメリットか。


 俺は「理解力」スキルのおかげで、彼女の言っていることはもちろん、彼女は代償スキルで舌の動きが制限されてしまっていることも、わか理解る。


「名前はカイン。お困りのようなのでお声がけさせていただきました。こちらの女性は、そのギルドカードを元に冒険者登録をご希望みたいですよ?」


 俺は理解力スキルで得た知識をもとに受付嬢に、そう告げる。


「ギルド、カード……え、あー。これが? ──すいませんでした。すぐに手続き進めますね」


 俺のその言葉に、受付嬢の方は得心した様子で謝ると、てきぱきと処理を始めていく。同じ事務に携わるものとして見ていても、なかなか手際が良い。

 一方、女戦士のほうは、ぱあっと顔を明るくして、コクコクと頷いている。


 ──あのギルドカードは北方の大陸のものだな。まあここじゃあ、かなりマイナーなものだし、受付嬢さんが見たことないのも仕方ないよね。


 冒険者ギルドは別の大陸にもあるのだが、別組織なのだ。ただ、登録に互換性はある。

 彼女の提示していたギルドカードも、理解力スキルによると、その別組織の登録カードの一つだったのだ。


 俺はそんな二人の様子をみて、もう大丈夫かなと、ふらっとその場を離れる。

 そのままギルドボードに貼り出された依頼を見ていく。


 ──出来たら、がっつり戦闘じゃないのがいいなー。フィールド調査系とかないかな……うわ……


 俺がそんなことを考えながら貼り出された依頼票を眺めていると、一枚、かなりヤバそうな物が混ざっていた。


 一見すると、普通の依頼だ。しかし、俺の「理解力」スキルが告げる。

 俺が、ここで平穏な冒険者生活を続けるためには、それは処理しておかないといけない依頼だと。


 実は、王宮で事務員として働いていたときも似たようなことが、たまにあったのだ。その時も、放っておくと、ろくなことにならないよと、まるで「理解力」スキルが告げているかのようだった。


 俺がため息をつきながらその依頼票を手にしたときだった。服の裾が、だれかにちょんちょんと後ろに引っ張られるのを感じる。


 なんだろうと振り替えると、先程の女戦士さんがいた。


 手には、発行してもらったのだろう。冒険者カードをもっていて、こちらにおずおずと見せている。


 冒険者カードに書かれた名前が見える。


 ──アルマ=カタストロフィさん、か。うわ、19歳っ、若っ。まあ、でもそう言われてみれば確かに若いよな。


 俺はアルマさんの全身を失礼にならないようにこっそりと見ていく。


 ──パッと見がね……。俺と変わらないぐらいの身長あるし。それに、所作も立派な戦士のそれで、大人びた雰囲気ある。もう少し、年は上かと思ったよ……


 ひとまわり以上若く美しい女性相手に、俺が若干引いていると、アルマさんが話しかけてくる。


「あり、お、れい……。それ、てつだ……(ありがとうございました。お礼をさせてください。よかったら、その依頼をお手伝いさせて頂けますか?)」

「いやー。そんな。お礼だなんて。俺は少し口出ししただけですし。お気になさらず」

「わた、つよい。おやく、たて、る(私は強いです。お役に立てると思います)」


 俺の服の裾をぎゅっと握って、真っ正面から俺を少し見下ろす角度で告げるアルマさん。

 真剣な眼差しだ。


 ──アルマさんの代償スキル、「身体操作」は全身の動作能力の向上、か。アルマさん自身も、自らを鍛えぬいているのが見てわかる。背負っている大剣も武骨ながら、なかなかの業物。まあ、普通に考えても相当強いみたいだ。


 俺は「理解力」スキルが告げるアルマのスペックを冷静に検討する。ここの冒険者ギルドはわからないが、俺の前にいた国の冒険者ギルドで考えれば、アルマさんは一二を争う実力者といえる。


 ──まあ、自分で自分を強いと言える自信があって、当然ってところか。しかし、どうしたものか……やんわりと断りたいけど……


 俺みたいなおっさんが、アルマさんみたいな若い女性と二人連れで冒険とか、外聞が悪すぎる。俺がどうしたものかと悩んでいると、アルマさんが必死な様子で、たたみかけてくる。それは少しばかり不安そうにすら見えた。


「おねが、はじめ、て。わかって、く、れる(お願いします。初めてなんです。私の話を、こんなにわかってくれる人に出会えたのは!)」


 そのすがるような眼差しに、アルマさんのこれまでを、思わず想像してしまう。


 ──ああ、なるほど。アルマさんも、代償スキルのせいでうまく話せなくて、これまで相当苦労してきたんだろうな。それこそ、強くなければ生き残れないぐらいの。──それゆえの、強さ、か。


 少し想像するだけでも、福祉的なものが未発達なこの世界で、アルマさんのような代償スキル持ちが働くのは困難だと想像がつく。それこそ冒険者として働くしかなかったのだろう。


「──わかりました。それではとりあえずこの依頼の間だけ、お手伝い頂けますか」


 妥協案を告げる、俺の肯定の返事にぱあっと顔を明るくして、嬉しそうに俺の手を握るアルマさん。歴戦の戦士の手とは思えないほど、柔らかな感触。

 そうしていると、アルマさんは本当に19歳の娘さんといった感じだ。


 俺はアルマさんに手を握られたまま、どうにもいたたまれず、身じろぎするのだった。


【side 侍従長レーシュ】


「おい、これはどうなっているっ!」


 広間に響くキンキンとした耳障りな声。


「……どう、とは。何についてでしょうか?」


 今回の事態の責任をおって、侍従長レーシュが率先して新王の問いに形ばかり慇懃に応じる。


「舞踏会だっ! 今日だろう! 楽隊に、食事はどうなっているのだっ、トリエト侯爵!」

「予算計上の書類が通っておりませんので、楽隊も特別な食事も、手配はなされておりません」


 冷静に事実を告げる侍従長レーシュ。国の予算によって運営される舞踏会として、予算の使用許可の書類が裁可されてない以上、それは至極当然のことだった。

 そんなことも理解出来ないたった一人の人物を除いては。


「書類だとっ! そんなものなくても、料理人と楽師に命じるだけだろう! お前は馬鹿かっ!」

「……では、そのように」

「それと、来賓はどこだっ」

「来賓は招いておりません。招待状の送付リストがございませんので」

「なぜだっ」

「王が、リストを破られたから、ですが」

「ぐっ──ふ、ふんっ! 貴族たちを緊急招集せよっ! それで形がつくだろう」

「……仰せのままに」


 崩れそうになる冷静な表情を何とか維持したまま頭を下げるレーシュ侍従長。

 隣に立つ宰相たちもまるで能面のように冷たい表情だ。

 そうして新王と僅かな護衛の兵だけを残して、それ以外の人々は形ばかりの舞踏会の準備を進めるべく散っていく。


「全く使えない連中だ。これが終わったら即刻解雇だ。実家の家令の方が何倍も使える。いっそ呼び寄せるか」


 広間にポツンと残された新王リヒテンシュタインの声は想像以上に大きく、広場に響くのだった。


 ◇◆


「アルマ、前方の草むら、三体!」


 探査魔法で敵の潜む位置を突き止めた俺が叫ぶ。


「りょ(了解しました、カイン)」


 明らかにアルマが発話を手抜きしながら、駆け寄り大剣を振るう。全身のバネを使って振るわれた大剣。さすがの身体操作だ。動きに一切の力みも、淀みもない。

 剣を振るっているだけで、芸術品のような美しさがその動きにはあった。


 その一振りによって、植物型のモンスターであるイビルプラント数体が草むらごと薙ぎ払われ、魔石だけ残して消滅していく。


 ともに行動したこの短い間に、アルマは最小限の言葉で俺が理解出来ることに気づいてしまったようだ。

 まあ、効率的ではある。俺もすっかりアルマの名前は呼び捨てだ。


 そして、アルマ自身は今の状況が、とても楽しそうなのだった。ただ、一つ、懸念はあった。

 この最小限の声でコミュニケーションが取れる状態に慣れてしまうと、アルマがずっと俺に着いてくる、と言い出しかねないという心配だった。


「うっ(カイン、後ろっ)」


 ──戦闘中に考え事なんて、するもんじゃないな


 俺は落ち着いて振り向きながら指にはめた安物の指輪を光らせる。


 ──レッドイビルプラントが一体か。前の草むらに隠れていたのは、おとりね。


 棘の無数に生えた真っ赤な触手をうねうねと動かしながら、俺に抱きつくように迫る敵。通常のイビルプラントの数倍はある大きさ。

 俺は、冷静にそれを観察して、最小限の魔力でこの場を切り抜ける算段を理解力スキルによってつける。


 光らせた宝石により発したのは、火の魔法。


 まず、俺が生み出したのは種火だった。

 ロウソクの炎程度の小さな炎を宙に浮かせる。初級魔法の中でも、本当に基礎となる魔法だ。当然、使用する魔力も最小限のもの。


 それを魔法で「複製」していく。いつも書類をコピーするのに使う魔法だったが、これもコスパの良い魔法だった。それで今回は種火の魔法自体を、倍々にコピーしていく。

 種火の数が、一瞬で数十を超えたところで、仕上げだ。


 もう目の前にまで迫りきたレッドイビルプラントの、特に燃えやすい部分にくるように種火を配置する。


 そこへレッドイビルプラントが突っ込んできた。その体に種火が触れた瞬間、風魔法で一気に酸素を種火へ送り込んでみる。


「ふう、タイミングばっちり……熱い」


 燃え盛り、あっという間に炭と化したレッドイビルプラントから距離を取りながら呟く。すぐに真っ赤な魔石を残して炭となったレッドイビルプラントの残骸が消える。


 一応、俺だって、これぐらいは戦えるのだ。


「理解力」スキルのおかげで、全ての魔法の使い方を、俺は理解はしていた。つまり、理解力スキルの代償という定額コストはあるものの、ある意味、どの魔法でも使い放題なのだ。


 ただ、問題は俺の保有する魔素が人並みしか無い、という一点。

 つまり、高ランクの魔法なんて使おうものなら、すぐにガス欠になってしまうのだ。


 そのため、理解力スキルを併用しながら、出来るだけこういったコスパの良い戦いをしていた。

 もちろん問題も多い。この戦い方の一番の難点。それは、疲れるのだった。


「うーん。森で獲物が減ってるので調査してくださいって依頼だから、プラント系のモンスターの増加が原因って事で、これで終わりにしても良いんだけど……」


 俺は冒険者ギルドで受注した今回の依頼の依頼票を取り出す。


「かい、けつ(このまま放置すると、被害が出る可能性がありませんか? カインと私なら十分に解決できると思いますが?)」


 近づいてきたアルマが俺の服の裾を掴みながら、また発話を省略してそんなことを言ってくる。


 ──なぜ俺の服の裾を掴むかな。近いって!


 距離の近さに思わずのけぞりかけながらも、俺は何とか冷静を装う。決してアルマの方が背がほんの少し高いから、近いと、のけ反らないとアルマの顔が見えない、という訳ではない。


 ──いや、確かにかなりの被害は出る可能性はあるよ。レッドイビルプラントまで出てきたんだ。おおもとには、エンシェントイビルプラントぐらいは居てもおかしくないし。


 俺は王宮の事務をしていたときに見かけた報告書を思い出す。プラント系のモンスターは、繁殖拠点を築くのだ。


 その報告書でも、繁殖拠点の周囲で複数のレッドイビルプラントが観測され、繁殖拠点の中央にはエンシェントイビルプラントが居たとされていた。

 結局その時は対応が遅れた事で、一番近くの地方都市は壊滅の瀬戸際にまで追い込まれていた。


「わかったよ。アルマは、まだ戦えるんだな」

「もち!(もちろんです!)」


 俺の服の裾を掴んだまま、嬉しそうに返事をするアルマ。

 俺たちは理解力スキルの告げる、プラントモンスターたちの繁殖拠点へと向かうのだった。


 ◇◆


「すいませーん。依頼の清算をお願いします」

「ます(お願いします)」


 俺とアルマは冒険者ギルドへと戻って来ていた。

 俺は取り出した依頼票を受付嬢に差し出す。


「あ、カイン様、おかえりなさい。お早いお帰りでしたね。それで、結果はいかがでしたか」


 それはたまたま、アルマと最初にトラブっていた受付嬢だった。

 俺は帰りながら準備していた報告書を彼女に提出する。魔法を併用しての、ながら事務は王宮の事務員をしていた時に獲得した俺の特技だった。


「原因は、プラント系の繁殖拠点でした」

「なっ! そ、それはっ。繁殖拠点の主は観測できましたかっ!?」


 驚愕の表情を浮かべて椅子から立ち上がる受付嬢。


「エンシェントイビルプラントです」

「ひっ! た、大変……いま、ギルド長を」


 顔を真っ青にした受付嬢を、なだめるように俺は告げる。


「落ち着いてください。討伐済みです。これ、エンシェントイビルプラントの討伐証明の魔石です。あと、他のプラント系のも」


 俺は黒々とした大きな魔石を取り出すと、受付嬢の前のカウンターにごとりと置く。


 なぜか俺の背後でニコニコしていたアルマ。アルマも、俺の動きにあわせて背負っていた袋を下ろすと、今回討伐したプラント系モンスターの魔石を次々取り出してカウンターに積んでいく。


 大量だ。

 さすがに大変そうなので、俺も後ろを向いて魔石を積むアルマの手伝いを始める。


「……ふふ(ふふ。あの受付嬢、びっくりしてますよ)」


 一緒に魔石を積みながら、俺の耳元でアルマがそんなことを呟く。

 吐息がくすぐったい。


 ──そりゃあ、こんだけあるとびっくりもするさ。査定するのも大変だろうし。


 魔石の査定に関する事務作業を思って、俺が他人事ながら同情しているときだった。


 聞きなれた声が、俺の名を呼んでいた。


「カイン様っ! ……カイン様、そちらの美しい女性は、どなたですか?」

「──え、侍従長? どうして、ここにっ?」


 俺はアルマと一緒に覗きこんでいた袋から顔をあげ、驚きの声をもらす。


「もう、侍従長ではありません。ただのレーシュですよ、カイン様」


 笑顔を浮かべたレーシュが俺の目の前、すぐそばまでくると、両手を広げる。

 そのまま、じっとなにかを待っているレーシュ。

 残念ながら理解力スキルは仕事をしてくれない。そのため、俺は一瞬戸惑うも、なんとなく同じようにレーシュに向かって両手を広げてみる。


 レーシュが満面の笑みを浮かべると、俺の腕の中へ飛び込んでくる。そのまま、ぎゅっと抱きつかれてしまう。


 そこでようやく、理解力スキルが働く。


 ──レーシュ、リヒテンシュタイン王に爵位を剥奪されて王宮から追放されてしまったのか。なんて愚かなことを。彼女ほど優秀な人材を……。そうか、それでレーシュは顔見知りの俺を頼ってきたのか。心細かったんだな。


「カイン、その、どな?(カイン、その可愛らしい方は、いったいどなたですか?)」


 抱きついてきたレーシュを安心させるように軽く背中に手を添えた俺の服の裾が、強めに引っ張られる。

 短く告げられたアルマの言葉。そんなはずはないのだが、なぜか聞いていると、背筋が少し寒く感じる気がする。


「あの、調査依頼について詳しくお話を聞きたいとギルド長が……それと精算作業を進めたいのですが」


 そこへさらに、ギルドの受付嬢からの催促の声。


「カイン様?」「カ?(カイン?)」「カイン様……」


 俺は目をつむり、軽く集中する。理解力スキルが何とかしてくれないかという僅かな希望にかける。

 しかし、今のこの状況を無難に切り抜ける良い算段は、残念ながら理解力スキルでも手に余るのか、すっかり沈黙している。まったく、役に立たない。


 ──はあ、仕方ない。何せ、外れスキルだしな


 俺は目を開けると、自力で何とかしようと決意をかためる。転移して以来最大の難関とも言える今の現状へと、気合いをふりしぼり、立ち向かうのだった。

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