第2話 報告を終えて

 別室で行われた、ギルド長による調査依頼を無事に終え、俺たちは大量にあった魔石の精算を待っているところだった。


 急ぎ精算しますので、このままお待ちくださいと言われ、別室で待っているのは、俺とアルマ、そしてレーシュの三人だった。


 依頼の報告の間外で待つというレーシュに同席してもらったのは、俺の判断だった。

 国の中枢での豊富な実務経験を持つレーシュに、今回の異常事態についての見識を聞いてみたかったのだ。


 あと、抱きついていたレーシュが離れながら外で待つと言った時の、少しだけ浮かんだ不安そうな表情。それが気になったのだ。


 実際そのあと、俺から同席を頼んだときに浮かべたレーシュの笑みを見て、俺は自分の判断は間違っていなかったと思っている。


 なぜか背後から感じる背筋の凍るような気配がそのタイミングで少し強くなった気がしたが、たぶん気のせいだ。そうにちがいない。


「カイン様、そちらのお綺麗な方をご紹介いただけますか?」


 長椅子に腰かけた俺のすぐ左から、レーシュが話しかけてくる。

 長椅子が短いのか、下手に身動きすると色々と当たってしまいそうなほど、全てが近い。


 俺は慎重に左を向くと、次に右を向く。


 こちらも同じかそれ以上に近かった。

 服同士は、すでにふれあってしまっていて、俺のこれだけの動きでも衣擦れのことが静かな室内に響く。


「ええっと、こちらはアルマ=カタストロフィ。今回の調査依頼を一時的に手伝ってもらっているんだ」

「ども(どうもはじめまして。アルマ=カタストロフィと申します。カインにとても親切にしていただきまして、恩返しに同じ冒険者パーティーとして微力を尽くしているところです)」


 アルマの発話の省略が、これまでで一番酷い。

 俺がどう通訳したものかと悩んでいると、強めに服の裾が引っ張られる。それも、真横まで接近している姿勢で行われているせいで、僅かに残っていた隙間がすっかり消えてしまう。


 つまり、色々と当たっていた。

 その間にも服の裾を引っ張る力が強くなっていく。

 これは通訳するまで終わらなそうだと、あきらめて告げる。


「アルマは事情があって、話すときこんな感じなんで、通訳するね。どうもはじめまして。アルマ=カタストロフィと申します。カインにとても親切にしていただきまして、恩返しに同じ冒険者パーティーとして微力を尽くしているところです、って言ってる」


 俺は素直にそのまま伝える。


「レーシュ=トリエトです。カインとは長年ともに同じ職場で働いてきまして、お互いに辛いときも嬉しい時も、支え合う仲でした。今回、私も前の職場を辞することになったのですが、カインさえ受け入れてくれたら、これからもお互いの支えになりたいと思ってこちらへと来たところです」


 ──ああ、やっぱり。爵位を剥奪されたんだ、レーシュ。あんなに国のために献身を捧げていたのに。


 俺は名と姓の間に何もつけずに名乗るレーシュを見て、そして彼女のこれまでの国への献身を思って、自分のことのように悔しくなる。

 そのため、気がつくのが遅れる。

 お互いに名乗っただけで、室内には不自然なほどの沈黙が訪れていた。


 ──あー。まあ、あんまり雑談するには適してない座りだよね。横並びだし、真ん中に俺いるし、何より近いし。


 俺がどうするかなーと悩んでいると、そこにちょうどいいタイミングで精算を終えた受付嬢が部屋へ戻ってきたのだった。

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