第36話 大賢者
手渡された召還状に目を通していく。
「諸国会議への出席の依頼? しかも開催日は──」
俺は自分の目を疑う。
もしかして、年のせいで少し老眼になったかと一度上を向いて、目尻を軽く揉みほぐす。
そして再び書状に目を向ける。
記載内容に、変化はなかった。
「レーシュ、これ」
かくなるうえはと、レーシュに召還状を手渡す。
「これは──今回の事態を最重要事項としてご認識頂いていると考えても良いでしょうね」
目を通したレーシュの感心した声。どうやら俺が読み取ったものと同じ内容をレーシュも読んだようだ。
「それにしても、僅か数日で諸国会議の開催に漕ぎ着けるなんて……。この国の事務方は相当優秀なんだな……」
「それこそ、死ぬ気でやったのでしょう」
「さもありなん」
俺とレーシュは二人して、ここの国の事務仕事を思って同情に顔を見合せる。どう考えてもこんな短期間で諸国会議など普通では開催できるものではないのだ。
各国の要人のスケジュールの確保から途中の旅程の手配。要人と随行者が滞在中に不足なく過ごすための諸々の準備。それに期間中の安全確保のための警備計画の策定。その他諸々。そのために必要な事務作業は、膨大だ。
「えっ! それって、それほどまでにカイン様の功績が大きい、ということなんじゃないんですかっ?」
セシリーが、俺とレーシュをみて不思議そうにきいてくる。
「あーまあその、なんだ。俺だけの手柄じゃないさ。セシリー、レーシュ、アルマの三人がいてくれたからこそ、だな」
俺の言葉に、三人ともそれぞれ嬉しそうだ。
そのなかでも一見クールな顔を装って、内心一番喜んでそうなアルマがきいてくる。
「そ、(それでその召還状の期日に間に合うには、いつ頃出発でしょう?)」
「うーん。明日の、早朝には出た方がいい」
「えっ!」
俺の言葉に、なぜか受付嬢さんが驚いた顔をしている。まあ、確かに驚くのも無理はない。急すぎて、俺も驚いたぐらいだし。
「明日の朝、ご出発ですか! す、すぐにギルド長のハーリッシュに伝えてきます!」
そういって受付を放りっぱなしで、その場を離れてしまう受付嬢さん。
「──どうする?」
「放っておいて、私たちも準備をした方がいいでしょう。時間がありません。何より私とカイン様は王宮勤めの時の衣服がありますが、二人は……」
「──えっと、僕っ!? そんなところに着てける服は、無いです……」
レーシュの視線に、驚いたように否定するセシリー。アルマも、その横で首を横に振っていた。
「ということで、この際です。既製品で良いでしょう。服屋にいきましょう」
「……あー。じゃあ、それはレーシュに任せて……」
「いきましょう?」
満面の笑みのレーシュ。
アルマとセシリーも、レーシュの左右に並んで無言でこちらを見ている。
「はい……」
そのレーシュの笑みに耐えきれず、俺は肯定の返事をするのだった。
◆◇
翌日。苦難の洋服選びの後、旅の準備をつつがなく終えた俺たちは出発しようとツインリバーから出ようとしたところで、足を止めざるを得なかった。
出口の門のところに、たくさんの人々が集まっているのが見える。
その人々の先頭にいたのはギルド長のハーリッシュだった。その横にはいつもの受付嬢さんの姿も見える。
その周りにいるのは、冒険者ギルドのギルド員や、街の人々のようだ。
「レーシュ、これって?」
「見送りに集まってくださったのでしょう。ありがたいことですね」
「え、わざわざ?」
「魔族を二体も討伐。それも、隣国のみならず、この街に潜伏していた魔族を倒して街を守ったのです。その件で国から召還状を頂き諸国会議へと向けて出立するのですよ。私たちの見送りに参加するのは、皆様にとっては格好の娯楽です。それは、カイン様もお分かりになるでしょう?」
そう軽い口調でいって片目を瞑ってみせるレーシュ。
確かに、貴人の場合のこういうイベントというのは、大衆の娯楽の側面があるというのは否めなかった。
そして王宮で事務仕事をしていたときは、俺もその裏方として働いていたのだ。
なので、レーシュの言うこともわからなくはない。
ただ、こうして主役のように立ち振る舞うのは、これまでは別の人々の役割だったのだ。
否応なしに集まる注目のなか、俺たちはゆっくりとギルド長のハーリッシュのもとへと歩いていく。
そこからはあまり記憶にない。
ただ、演説を求められ、集まってもらったことの感謝は伝えたはずだ。
そして、そのまま出立をした俺たちの背後で、俺やレーシュ、アルマとセシリーの名を称える歓声が上がる。
「英雄カイン様!」「大賢者カイン!」「この国をお願いいたします!」
その歓声の一つがやけに耳に残る。
──大賢者……そうか、俺が大賢者だったのか。
それは気がついてみれば簡単な事だった。理解力スキルの代償で、これまで理解出来なかったそのフレーズが、急にすとんと頭のなかに落ちてくる。
それはまるで一つの呪縛が解けたかのような爽快感だった。
──ああ、そうか。前に王宮で働いているときも、皆が親切だっただけじゃないのか。俺に、頼ってくれいたんだ。そうか、俺は役に立ててたんだな。
これまでの断片的な様々なことが、まるで一つになるかのように綺麗に繋がっていく。
──良かった。前世の知識とこの世界で手にした理解力スキルのおかげだってことは当然だけど、それでも仲間の皆の役に立ててのはうれしい、な。
俺は思わず潤みかけた目尻を素早く拭う。
そんな感慨にふける俺を、心配そうに見つめるのは三人の女性たち。
言うまでもなくレーシュにアルマ、セシリー。
──俺のこの力。そして知識。それをこれからは彼女たちのために使っていこう。大賢者の呼び名に恥じないように。
心配そうな今の仲間である彼女たち三人を安心させるように笑みを返すと、俺はそれ以上、自分の変な顔を見せないように先頭に立って歩きだす。
これが元事務員のおっさんに過ぎなかった大賢者カインとしての、始めての一歩だった。
~fin~
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