第20話 アレス
「あれが、あまねく命の調停を司るとされるアレス神──あ、体が動く」
ピクリとも動かなかった体が、急に動く。俺は確かめるように手を持ち上げる。
「セシリー! それに皆も、大丈夫か」
はっとなって、俺は慌てて振り向く。
俺の方をみて、セシリーが自らの唇に人差し指を当てている。
それを見て、俺はピタリと動きを止めて、口も閉じる。
手を下ろしたセシリーが、そっと両手を打ち合わせる。
二度。
そして間を置いて、次は三度。
静寂に五回のパンパンという音が響き、消えていく。
──これは? ああ。アレス神が本当に去っているかの確認か。
要はドアのノックのようなものなのだろう。まだ近くにアレス神がいるかの確認。
「ふぅ、去られたようですー」
いつも元気なセシリーが、今回ばかりは相当疲れたのだろう。
そのままへたり込むように地面に腰を下ろしてしまう。
「体に、異変はないか?」
俺と、アルマとレーシュも心配そうにセシリーの元へと駆けよる。
「──大丈夫ですっ。えへへ。聖女ですって。僕、そんな柄じゃ無いんだけどな……」
自らの唇に触れて、途中から力なく笑うセシリー。
「──せ、(聖女って、凄いんですよね?)」
「ああ、同時代に数人しか現れないと言われている。魔素の網の管理者の一人に、セシリーはなったってこと、だよな?」
俺は言葉を選びながらアルマの質問に答える。
「管理者だなんてー。とりあえずまだ、魔素の網をお預かりしているだけなのでー」
「神の
レーシュが端的に質問する。真剣な眼差しだ。そしてセシリーへの心配と労りに満ちている。
それは俺たち皆が言葉にするのをためらっていたフレーズ。
それを率先して口に出来るレーシュはぶっちゃけ、かなり格好よかった。
「──大丈夫、大丈夫ですよー。」
目を閉じ、自らの内面を探るように集中していたセシリーが目を開けて元気に告げる。
神の呪というのは、神に接触したものが負う諸々の総称だった。それはさまざまなものがあるそうだが、一概にろくでもない、らしい。
「みなさん、そんな心配そうにしないでくださいよっ! あ、なんかスキルが増えたみたいですっ。聖女になった特典ですかね?」
当然、本人は認識できない神の呪もある。とはいえ、必死に場を盛り上げようとしているセシリーに合わせるように俺たちも笑顔を作って話を合わせる。
「スキルか? どんなものなんだ?」
「うーんと、『
「聞いたこと無いな」
「あー。どうも誰かを呪えるスキル、みたいですね……。えへへ……」
そこで、我慢していたものが決壊するかのように、セシリーの瞳から、涙が溢れる。
ポタポタと、垂れた滴が大地を濡らしていた。
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