第32話 炎と幻惑と

「炎舞」


 炎の化身と化した幼女の体が、いくつもの火の玉に別れて宙を舞い始める。揺らめく炎の群れが不思議と幻想的にすら、一瞬だけ感じられてしまう。


 そこに鋭く響く声。


「皆様、離れてください! あと、炎の揺らめきを注視しないように! 魅いられます!」


 ありがたいことに、レーシュが注意喚起してくれた。


 フレイム系のモンスターや魔族の厄介な点はこれだった。

 なぜかやつらはもとの世界でいう、催眠術みたいなことが得意なのだ。しかもこちらの世界だと魔力を使ったゴリ押しの精神汚染ばりの威力がある。


 俺の理解力スキルも相手を見る必要がある。そのため、今のは結構、危なかった。


 多分、身代わりに預言者役をやらせていた男性や取り巻きの何人かも、こうして精神汚染済み、なのだろう。


 ──あの偽物の預言者の頭部が光って見えたのは、精神汚染されたのが俺の理解力スキルで見えたって感じか。セシリーは裏祝詞のスキルの効果だったりするのかね。両方とも、デバフ系と言えばデバフ系だし……と、これほ、あまりのんびりはしてられないな。


 火の玉サイズに別れた炎によって路地裏の建物に次々と火が燃え移っていく。


 その火の玉サイズの炎が俺たちの方へも迫ってくる。精神汚染を諦め、直接燃やしに掛かってきたのだろう。俺はそれを直視しないように気を付けながら安物の指輪を光らせる。


「水滴」「広がれ」


 生み出した水滴たちを、薄く板のように伸ばす。そこへ殺到する火の玉。


「とりあえずは、十分、防げるみたいだけど──」


 細かい調整がいらないように広めに防御範囲をとったが、十分のようだ。


「問題は、敵の本体の位置ですね。あと、炎のため、私とアルマさんはほとんどお役にたてないです。申し訳ありませんが」

「も、(申し訳ないです)」


 そういって、俺の近くにピタリと寄り添って謝るレーシュ。反対からアルマもきて、同じ様に謝ってくる。


 二人が俺にピタリと寄り添っているのは合理的判断ではあった。

 近くにいてくれた方が、俺の水滴の魔法で守りやすいは、守りやすい。それに先程みたいに精神汚染を仕掛けられたときに素早く妨害してくれるつもりなのだろう。

 それは、とてもありがたい。


 ただ、ちょっと近すぎるだけだ。あまりに近くて下手に身動き出来ないぐらい。


 セシリーは、そんなレーシュたちをちょっと羨ましそうにしながらも、手にした杖を振り回しながら裏祝詞を一心に唱え続けていた。


 そして、セシリーの持つ杖の先が火の玉に触れる度に、不思議なことが起きていた。

 それは、裏祝詞の効果なのだろう。


 半眼になりながら一心に裏祝詞を唱えながら、セシリーが俺の展開した水の壁を越え前へと進んでいくのだった。

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