第33話 お風呂場での事故

「かぁ~っ!! 冷えた体で入るお風呂………効くぅぅぅ!」


 沸きたてのお風呂に体を沈める。冷えた体の外部がちょうど良い温度のお湯に触れ、絶大な幸福感を得る。


 何も考えられない。心地良さが俺の思考能力を大幅にダウンさせる。


「幸せって、この事を言うんだよなぁ~」


 生きてて良かった。この一言に限る。


 俺は目を閉じて、ただただこの至福の時間を過ごす。体が一気に暖まると、僅かにだが眠気も込み上げてくる。


 あーあ、こんな幸せな時間がずっと続けばいいのに。だが、今はマトイを待たせている状態だから、あまり長風呂は出来ない。


 と言うか、一緒にお風呂入ろうだとか何を考えている事か。

 もうあの頃みたいな子供じゃない。大人になろうとしている段階なのに、男女でお風呂とか結婚している夫婦でも滅多にないぞ。


 そりゃあ、よっぽどラブラブなカップルとか夫婦ならあり得るかもしれないが、俺とマトイはそこまで深い関係じゃない。


 そう、ただの許嫁同士。それも、まだ同棲を始めて3日目だ。マトイの事は嫌いじゃないけど、そこまで深い関係にまではなろうと思っていない。


「………この許嫁同士の関係、本当の事をマトイに言うべきか………黙っておくべきか」


 俺には俺の気持ちがある。それを、マトイとマトイのお父さん達に理解してもらいたい。


 だけど、それを言ってしまうと、育ててくれた恩のある西城一族を裏切ってしまう事になる。一体、どうすれば………。


 湯船に浸かりながら考え込む俺。


 マトイにだけ言っても、俺の知らないところで必ずマトイは親に連絡をするだろう。だがら、判断を間違える訳にはいかない。


 そうして頭を悩ませていると、ガチャッと扉が開く音がした。その音に釣られて視線を向けた俺は、パッと目を見開いた。


「ミッ♡ ズッ♡ キッ♡」

「……………」


 開いた扉から入って来たのは、胸から太ももまでバスタオルを巻いたマトイだった。


「一緒に入ろっ♡」

「はァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?!?」


 俺はとてつもない雄叫びをする。


 その雄叫びに、さすがのマトイも思わずびっくり。胸元のバスタオルを押さえながら、全身をビクッと震わせる。


 そして、雄叫びとほぼ同じタイミングで、俺はバサッと湯船から立ち上がり、マトイに向かって右腕を伸ばし、人差し指を突き差す。


「お、お前っ!? なんで入って来てんだ!? 俺、鍵閉めたのにどうやって入って来やがった!?」


 俺はマトイに問いかける。だが、対するマトイは顔を真っ赤にしながら目をパッチリと見開いたまま、何も喋らない。


「おいっ! 話聞いてんのか! どうやって入って………」


 さらに問い詰めようとする俺だが、そこでマトイの視線が少し下に向いている事に気がついた。そっと下に視線を向けてみると………。


「……………」


 俺の大事なアレが丸出し状態だった。


「!?」


 バシャァンッと俺は、咄嗟に湯船に浸かってアレを隠す。


 まさかマトイが入って来るとは思ってもいなかったから、腰にタオルを巻く事もせず、普通に丸裸の状態だったのをすっかりと忘れていた。


「……………」

「……………」


 マトイは顔を真っ赤にしたままピクリとも動かず、俺は恥ずかしさのあまりマトイに背中を向ける。もちろん、俺の顔も真っ赤に染まっている。


 あぁ、死にたい。そうだ………このままお湯に顔をつけて溺死すれば………。


 俺は自然と体から力が抜けて、徐々に湯船の中へと身を沈める。やがて、ブクブクと口から泡を吹きながら、さらに沈む。


 楽しかった。ありがとう、俺の人生。さようなら。


「………はっ!? み、ミズキ!?!?」


 ブクブクと泡を吹く俺の姿を見たマトイは、何度か瞬きをした後、状況を把握する。そして、即座に俺の腕を掴んで引っ張る。


「ちょっ、ミズキ! 何してるの!? 死んじゃうよ!?」

「うん。死にたい」

「えぇっ!? だ、ダメぇ!! ミズキ死んじゃダメぇ!!!」


 気力を失ってヘロヘロになっている俺の体を必死に揺さぶるマトイだった。

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