第37話 マトイの父からの電話

「ゲホッ、ゲホッ………」

「………? おい、大丈夫か? すげぇ咳き込んでるけど」


 お手洗いから戻って来たマトイは、リビングに入ると同時に、口元を手で覆い被せながら咳をする。


 俺はソファから立ち上がって、すぐにマトイの側へと駆け寄る。そして、マトイの背中を摩る。


「ありがとう………おかしいなぁ、さっきまでは普通だったんだけど………急に体が重くなってきちゃって」


 背中を摩る俺に、マトイは苦笑いする。


 そんなマトイの体を支えながら、寝室のベッドまで連れて行き、マトイを寝かせる。


「まぁ、突然体調悪くなる事もなくはないからな。とりあえず、無理すんな。ゆっくり休んどけ。お粥作って持ってくるから」

「………うん。ありがとう」


 その言葉を後に、俺は寝室から出る。


 そう言えば、俺がマトイの事について考えてる時、あいつはピクリとも動かなかったな。

 意識が向いてなかったから、よくは見てないけれど………その時からすでに体調が悪くなり始めていたのだろうか?


 いや、今はそんな事どうでもいい。


 とりあえず、お粥を作ってマトイに持ってってやらねぇと。


 俺は急いでキッチンへと向かう………その時だった。


 ソファの上に置いてあった俺のスマホから、電話の着信音が流れ出す。


「電話? 誰だよ一体………」


 キッチンからソファへ向かい、着信音が流れるスマホを手に取る。

 そして、着信の相手を見る。


「えっ? マトイのお父さんから?」


 相手を知った俺は、一瞬目を見開く。

 だが、待たせる訳にはいかないから、すぐに電話へ出た。


「もしもし?」

『あぁ、瑞希君。今大丈夫かね?』

「はい、どうされました?」

『実はね………瑞希君にどうしても聞きたい事があってね』

「聞きたい事?」


 耳にスマホの先端を当てたまま、俺は首を傾げて疑問を浮かべる。


『あぁ。正直に答えてくれたまえ。マトイが君に………何か、したのだろうか?』

「えっ?」


 その言葉を聞いたとたん、俺の脳内にある『?』が大量に生成させる。


『実は今さっきの事だが、マトイから電話があってね。と一言だけ言われてな』

「………えっ!?!?」


 あまりにも衝撃的な内容に、俺は思わず大声を出して驚いてしまう。


 聞き間違えじゃない………マトイが俺との許嫁関係を切る?

 なんで急にそんな事を言い出すんだ………?

 

 脳内にある『?』がさらに増えていく。


『その様子だと、心当たりはなさそうだな。私も聞いた時は驚いたよ。なにせ、あの子は瑞希君との結婚が決まった初日から、立派な花嫁になる事を夢見て努力してきたんだ。そんな努力を捨ててまで言ってくると言う事は、瑞希君とよっぽど何か………悪い事があったのだと思っていたんだ』

「いえ、喧嘩とかしてませんし、マトイを怒らせるような事をした記憶もないです」

『ふむ………一体、どうしたと言うのだろうか。マトイには瑞希君に黙っておいてと言われているが、親として見てみぬふりは出来んからなぁ』


 マトイのお父さんの話し方からして、すごく頭を悩ませているのがよく分かる。


 だが、それは俺も同じ事だ。


 マトイのスマホから電話の着信がくる前までは………めちゃくちゃ積極的だったのに、その後からこの短い時間の間で何が起きたと言うのだ。


 さすがに聞き捨てならん。

 マトイに話を聞いてみるしかないようだ。


「すみません。ちょっとマトイに話を聞いてみます」

『あぁ。よろしく頼む。あれ以降電話が繋がらなくてな。私では、どうにも出来なさそうだ。では、失礼するよ』


 そう言った後、マトイのお父さんとの通信が切れる。


 俺はスマホをズボンのポケットに入れ、寝室の前まで移動する。

 そして、扉越しに言う………。


「マトイ、すまんがちょっと入るぞ」


 レバー式のドアノブに手を置いて、ガチャッと扉を押し開く。


「………あっ」


 扉を開いた瞬間、キャリーバッグを開けて物を整理しているマトイと目が合った。


 自分の服を畳んでキャリーバッグの中を綺麗に整頓していたようだ。


「………何、してんだよ。体調悪くて寝てたんじゃねぇの?」

「いや………これはその」


 マトイは俺から視線を逸らす。


 そんなマトイの前に、俺は普通に床へ座る。そして、マトイと視線の高さを同じにする。


「マトイ、聞きたい事があるんだ」

「………やっぱり、聞いたんだね」


 マトイは手に持った畳まれた服をキャリーバッグの中へ入れた後、俺と正面から向き合う。


「単刀直入に聞くけど、許嫁関係をやめたいって………どう言う事だよ?」

「………聞かなくても分かるでしょ。そのままの意味」

「意味とかじゃねぇ。俺は理由を聞いてるんだ」

「……………」


 俺は真剣な眼差しをマトイに向ける。


 それに対し、マトイは未だに視線を逸らしたまま、黙り込む。


 俺とマトイの間に、ほんのりと暗くピリつく空気が漂い始める………。

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