第38話 ただのと特別の
「理由って………言う必要あるのかな」
グッと拳を握り締め、ボソッと呟くマトイ。
「当たり前だろ? どうして急に許嫁関係をやめたいとか言い出すんだ」
「………だって、ミズキにもう迷惑かけたくないから」
「………はぁ?」
迷惑をかけたくない?
もしかして、マトイのスマホからお父さんの着信が来る前の話を気にしてるのか?
おかしいな、俺は別に迷惑じゃないって言ったはずなんだがな………。
「いや、だから言ったじゃん。別に迷惑なんて思ってない。ただ、少し積極的過ぎるのと………自分の自由な時間を作らせてもらいたいだけで」
「………それってさ、言葉では迷惑じゃないって言ってるけど………実際は遠回しに迷惑だって言ってるようなもんじゃん」
マトイの握る拳の力がより一層強くなる。
「違うって………!」
「違くないじゃんっ! 私が積極的過ぎるとか、自分の時間を作らせてほしいとか、それってつまりは迷惑してるって事じゃん………!!」
「………!」
突然怒声を上げるマトイに、俺は目を見開き肝を抜かれる。
眉間に眉を寄せ、強く握り締める拳。
初めて聞いたかもしれないし、見たかもしれない。マトイが俺に怒っている姿を………。
「なんでわざわざ遠回しに言うのっ!? 嫌だなって事、やめて欲しいって事、迷惑だって事があるなら、素直にハッキリ言ってよ………!! そしたら私、ちゃんと治す努力するし、気をつける! だってミズキに嫌われたくないから!!!」
「……………」
怒りながらも、ほんのりと涙目になりつつあるマトイに、俺は何も言い返す事が出来ない。
「それにさ、ミズキ言ったよね………私との許嫁関係は、『ただの』許嫁関係だって。ミズキにとってただの許嫁関係って何なの。ただ私と結婚をする約束をしただけ? それ以外何も思ってないの?」
「そんな訳ないだろ! 結婚って言うのは、生涯を共にするパートナーになる大切な儀式だ。当然、パートナーになった相手の事を大切にするさ」
俺は自分の胸に手を当てて、マトイの目を見ながら真剣に話す。
「それが、ミズキにとってただの許嫁関係なの? 違うよね。だって、パートナーの事を大切にするんでしょ? つまり、そのパートナーはミズキにとって普通の存在じゃなくなる。特別な存在になるよね」
「………そう、だな」
確かにそうだ。
結婚をした相手は、少なくとも自分の中では普通の存在じゃなく、特別な存在になる。マトイの言う通りだ。
「なら、ミズキにとって私は………特別な存在じゃないって事でしょ?」
「ち、違う………!」
「何が違うの………? だったらなんで、『ただの』許嫁関係だって言ったの?」
「そ、それは………」
俺は視線を逸らして黙り込んでしまう。
なぜなら、マトイの許嫁関係は本意ではないから。だが、この事を言っていいのか………分からない。
「黙るって事は、何かあるって事だよね。正直に言ってよ………私のどこがダメなのか。積極的過ぎたとこ?」
「………違う」
「じゃあ何?」
「……………」
どうすればいいんだ………言っていいのか?
言うべきじゃないのか………?
いや、マトイは正直に話して欲しいんだ。なら、隠さずに言うべきなのだろうか………。
ここでまた嘘をついたとして、その嘘がバレたらどうなる………?
怒る………どころじゃ済まないだろうな。
きっと、お互いとってより不幸な事になるだけ。ならば、しっかりと正直に話すべきか。
俺はマトイから視線を逸らしたまま、ゆっくりと口を開く。
「正直に言う………本当は、マトイとの許嫁関係は………俺の本意じゃない………んだ」
「………えっ?」
その時、マトイは目を大きく見開いた。
「さっきも言った通り、結婚ってのはその相手とパートナーになるって事。生涯を共に過ごす相手になるなら、ちゃんと心の奥底から好きだって思える相手と結婚したいんだ」
「……………」
俺は正直に思っている事をマトイに話す。
何も隠さない。俺の本当の思いを、ありのままに話す。
「だから………、っ? マトイ?」
視線を上げてマトイを見る。
しかし、俺の視界に映ったのは、目を見開き何も喋る事なく、両面から涙をポロポロと流すマトイの姿。
目から流れ出る涙は、マトイの頬を通って、顎から雫となって足に落ちる。
そんなマトイに、俺は戸惑う。
「マトイ………? どうし………」
「………っ! もう出てって!!!」
「………!?」
すると、涙を流すマトイが今までにないくらいの怒声を放つ。
「ま、マトイ………?」
「早く出てってよ!!!」
「うわっ!?」
俺はマトイに両肩を強く押され、寝室から突き飛ばされる。
マトイは正座状態から即座に立ち上がると、ドアノブに片手を添えて、俺を見下ろしながらさらに怒声を浴びさせてくる。
「この嘘つきッ!!! もう知らないッ!!! ミズキの事なんて………大ッ嫌い!!!!!」
「ちょっ!? マトイ………」
俺はマトイに向かって手を差し伸べようとした時、マトイは勢いよく扉を閉めた。
俺はすぐに立ち上がり、閉められた寝室の扉の前に立つ。
「おいっ!? マトイ? マトイ??」
軽く扉を叩きながらマトイを連呼する。しかし、マトイからは全く反応がなかった。
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